あちらこちらを探しつつ、時折九龍へメールを打ち、としていた甲太郎が、京一と龍麻の部屋の前に立ったのは、九龍達が遺跡へと続く穴を下りた頃だった。

甲太郎はその事実を知らないが、又、入れ違いとなってしまった彼は、ここになら、いてもおかしくないと思ったのに、と今日の夕刻からだけで、何本も灰としてしまったアロマを再び灯し、苛々と、寮へ戻り始める。

校舎にはいなかった。

寮にもいなかった。

マミーズにも、バーにも、その他の施設にも、何処にも。

《墓》にもおらず、最後の頼みの綱だった大人達の部屋は、九龍処か、当人達も不在で。

「っとに、何処行っちまったんだ……。九ちゃんも、あいつ等も……っ」

歩きながら携帯を取り出した彼は、幾度か送ったメールにその都度九龍が返して来た、『大丈夫ー!』の文面のみが記されたメール達を、忌々しそうに見遣った。

「能天気な返事寄越しやがって……。本当に、お前と七瀬の体が入れ替わっちまってたら、大丈夫な訳ないだろうがっ。第一、《生徒会》にこのことが知られたら………………。………………まさか……」

『何処にいるんだ?』と尋ねても、『大丈夫ー!』。

『何処で何してるんだか答えろ!』と問い詰めても、『大丈夫ー!』。

……のやり取りしか出来なかった、腹立たしいメール達を視界から追い出し、怒りも露に甲太郎は歩道を歩き続けて、はっ、と。

『それ』に思い当たった。

──鴉室を追い詰めたあの小部屋では、『彼女』はあんなに必死に、自分は九龍だ、と訴えて、事情も詳細に語ったのに、以降はピタリと、大丈夫、しか言って来なくなった。

九龍のことだ、一度では駄目でも、信じて貰えるまで諦めず、二度、三度と訴えて来てもおかしくはないのに、訴えを繰り返すチャンスだったメールを、意図的に流した。

…………可能性は、二つ。

体が入れ替わってしまった、という訴えそのものが大ボラだったか、然もなくば、訴えられなくなったか。

その、何方かだ。

……大ボラならいい。

が、例えば、《生徒会》に体が入れ替わってしまったことを掴まれたとか、そこを付け込まれ、《執行委員》に遺跡におびき出されたとか、そんな理由で、事情を訴えることすら出来ぬ程、九龍が切羽詰まっていたら…………、と。

甲太郎は、決して有り得ぬとは言えないストーリーを、脳裏に描いた。

己だってそうだったのだ、九龍達の体が入れ替わってしまった、などと言う話は、誰にだって──他のバディ達だって、俄には信じられぬ筈だ。

信じたとしても、彼等は、九龍の身を案じるばかりに、うっかり騒ぎ立ててしまわないとも限らない。

そうなったら、『彼本体』と同時に、体の方も狙われるかも知れぬから、もしかしたら九龍は、自分にも、バディにも何も言わず、一人で遺跡へ…………──

「くそっ! 《墓》で待ってりゃ良かったのかよっ!」

──彼の脳裏を走った筋書きは、現実の事情とは相違があったが、九龍は、《執行委員》と対峙する為に墓に潜ったかも、の部分は正解だったから、歩道より外れ、体育館や部室棟の間をすり抜けるようにし、最短ルートで学内を縦断した彼は、再び、辿り着いた遺跡への穴へ、一人飛び込んだ。

九龍を追って、甲太郎が遺跡に踏み込んだ頃。

放課後、保健室にやって来た、九龍の姿の月魅を自宅に保護した瑞麗は、何が遭ってもこの家から出るな、と月魅に言い含め、墓地に向かった。

彼女は、校医兼カウンセラーとしてだけこの学園にいる訳ではなく、又、先日の、実弟との再会を謀られた宴会の翌日、その実弟から、京一や龍麻が何故この学園に潜り込んだのかの事情等を打ち明けられ、出来れば手を貸して欲しい、と頼まれもしたので、九龍と月魅の中味が入れ替わる、という、興味深過ぎる出来事が起こった今宵は、何か事態に『進展』があるかも知れぬと、遺跡の様子を確かめに行った。

そうしてみれば、遺跡へと続く墓地の穴には混鋼ロープが下りており、明らかに誰かが中へ潜っていると知れ、彼女の中で、遺跡に潜る人物の心当たりの筆頭は九龍だから、やはり、今日の出来事には意味がある、と彼女は、九龍だけでなく、京一や龍麻や、甲太郎までもが中にいるのを知らぬまま、念の為、のつもりで、遺跡内へと踏み込んだ。

『化人創成の間』の扉の向こうに九龍が消えてから、数十分が経った。

そこより目と鼻の先にあった魂の井戸の隅に腰下ろして、九龍が戻って来るのを待っていた龍麻は、そろそろ、九龍が《執行委員》に挑みに向かってより小一時間は経つ、と体感で知り、身構え、息を詰めた。

並び座っていた京一も、部屋の壁と井戸の縁が作る角に背中を預け直し、龍麻の腰に腕を廻して引き寄せ、膝上に抱え、彼を抱く腕に、己の陽の氣を乗せ始めた。

「もう、来てもいい頃……」

「……だな。大丈夫そうか、ひーちゃん?」

「うん。この部屋にいられるし、始まる前から、『京一結界』あるしね。……全く……」

「ぼやくな、ぼやくな。仕方ねえって。葉佩が《執行委員》共とやり合う度、例の波みたいなのが来るってのが判っただけ、ラッキーなんだからよ」

「そりゃ、まあね。こうやって、構えられる分マシだけど。……葉佩君、大丈夫かな?」

「さーてな……。ま、あいつのこった。女の体になっちまってたって、何とかするだろ。何とかするしかねえって、あいつだって判ってるだろうし。『この事情』がなくったって、どの道俺達には、あそこから先の手伝いは出来ないしよ」

「……確かに。葉佩君が、《執行委員》の子達やデカいのとやり合って、その子の宝物を取り戻す、ってことそのものに、意味あるっぽいもんなあ……」

「それに何の意味があんのかは判んねえし、あいつはあいつで、救われた、って感謝されることに、何でか引け目を感じてるようだけど、それが、今のあいつの進んでる路なんだから、頑張るしかねえ、って奴だ」

「葉佩君も、一寸色々、難儀なのかな。皆守君のこともあるし。………………あーー……。京一、来た」

「ん。良くねえ兆候だけど、段々俺にも、お前の言ってる『波』ってのが判って来たぜ。来るとか、来たってのも。俺はお前よりゃ、龍脈そのものを感じる力は弱い筈なんだけどな。……ホント、良くねえな……」

予測通り『何時もの波』が来て、きつく目を閉じた龍麻は京一の腕を掴み、京一は一層、氣を膨れ上がらせた。

…………もう、疑いようはなかった。

九龍が遺跡の区画を『解く』度、寄せる波のように龍脈が乱れるのを龍麻が感じるのも、『解き放ち』が進めば進む程、乱れが強くなるのも、蓄積していくのも。

……それは、『答え』だった。

九龍がしようとしていることと、新宿の龍脈に異変が起こっていることに、関わりがあるのか否かの。

だが、それは、二人にとっても、九龍にとっても、暗い影を投げ掛ける答えでしかなく、この『答え』が、九龍の憂いになるということは、彼に想いを傾ける甲太郎にとっても同じ意味を持ち。

………………『答え』は。

唯でさえ波乱な彼等に、もう一つの波乱を。