「我の正体を知りたいか? ……我が名は《ファントム》。預かっていたものは確かに返したと、それを伝えに来た。お前と真里野を戦わせ、お前の実力を見極める為だけに攫わせて貰ったあの女をな。────葉佩九龍。お前の身体に起きた異変は、この学園を覆いつつある混沌が齎した結果だ。……この学園は呪われている。見るがいい。《墓》を彷徨い、地上へ這い出んと苦悶の叫びを上げる魂達の姿を。……《生徒会》を倒せ。《生徒会》を。お前には、《生徒会》を相手に、もっと働いて貰う必要がある。同じ目的を持つ仲間として、な。…………では、又会おう」
彼等の前に姿見せた、白い仮面の男は、自らを《ファントム》と名乗り、九龍唯一人を見詰めている風に語って、現れた時同様、ふわり、と何処へ消えた。
「…………ファントム?」
「最近、生徒達が噂している者だろう。この学園に伝わる怪談の一つに、『四番目のファントム』というものがあるらしい。学園を救う、正義の味方、とか何とか」
「正義の味方……。そーゆーのは、特撮の戦隊物か何かの中だけにして貰いたいんだけどなー。戦隊物、好きだけどさー。コスモレンジャーは憧れだけどさー。…………大体、たいぞーちゃんのこと誑かしたのはあいつじゃないのか?」
「『四番目のファントム』、ね。……馬鹿馬鹿しい」
掻き消えた幻影に九龍は首を捻り、《ファントム》の噂なら知っている、と瑞麗は言い出し、甲太郎は、ふん、と幻影を鼻で笑った。
「あ、でも。これで葉佩君の担任は、無事、ってことかな?」
「確かめてみなきゃ、何とも言えねえけどな」
三者三様の反応が飛び交う傍らで、龍麻と京一は、やれやれ、肩の荷が下りそうだ、と、のほほん雰囲気を漂わせ始めたが。
「……っ…………」
「ん? ひーちゃん?」
「う、そ……。…………ど、しよ……きょうい……ち……っっ。京一……京一っ!」
「おい? ひーちゃん? 龍麻? 龍麻っ!」
唐突に龍麻は、ガッと京一の腕に縋り、苦悶の声を上げた。
「……っ! ヤベぇ…………っ」
ぐらりと倒れ掛かって来た彼を抱き留め、京一は酷く顔を歪める。
…………風もなく、月もないのに。
龍麻の髪が、ふわ……と靡き、毛先からは、とても細かい金色をした粒子の如き光が零れ始めていた。
「え? た、龍麻さんっ?」
「おい、どうしたんだっ?」
「龍麻っ。しっかりねえか、龍麻っ!」
「ごめ……。……きょう……いち……。駄目、かも…………」
「馬鹿野郎! 下らねえこと言うんじゃねえっ! 俺の声、聞こえてんだろうがっ!! ────瑞麗! 手ぇ貸せっ!」
駆け寄った九龍や甲太郎や、彼を抱き続ける京一の目の前で、ゆっくり、浅く瞬きを繰り返す龍麻の瞳の色は、漆黒から黄金へと移り変わりつつあり、顔色を変えた京一は、龍麻を叱り飛ばすと、瑞麗を振り返った。
「無論だ。急いで、彼を部屋に運ぶんだ。ここでは、遺跡の氣が邪魔をする」
「判ってるっ」
彼女へも、怒鳴り声を飛ばすと京一は、瑞麗が言い切らぬ内に、龍麻を抱き抱えて走り出し。
「な、何だか判んないけど……京一さん、手伝います! 甲太郎っ!」
「あ、ああ」
事情はさっぱり飲み込めないが、手伝えることが一つでもあるならと、九龍と甲太郎も、瑞麗と共に彼の後を追った。
瑞麗の言葉に従って、寝室ではなく、三LDKの中心となるリビングの片隅に龍麻を寝かせ、彼女が、白衣の懐から取り出した黄色の紙四枚に、朱で四方位の符を手早く記し、部屋の東西南北へ正しく貼り巡らせて行く間に、少年達を下がらせ、瞑目する風になった京一は、抜き去った刀を床に突き立てるようにすると、何やらを唱えた。
詠唱が終わるや否や、ウォ……と白刃は低い唸りを上げて揺れ始め、ちっ、と一度舌打ちをした彼は、瞳を閉ざし直し、両手で愛刀の柄を逆手に掴むと、一声気合いを上げて、一層氣を膨れ上がらせた。
すれば、白刃からも、彼自身からも、少年達にすら見えた、透明な青い光が見る間に滲み出して、光は、九龍や甲太郎が慌てて飛び退いてしまった程の熱さと共に、室内の全てを覆い、透明な青色で塗り潰し。
やがて、辺りに溶け込むように消えた。
「……龍麻? 俺が判るか? 龍麻?」
光が消えるのを待って、京一は、刀を掴んだまま龍麻の枕辺に片膝を付き、顔を覗き込む。
「………………判る……。ありがと、京一……。御免…………」
気を失ってしまっているのでは、と少年達は疑った龍麻から、京一へと応えが返された。
「謝んなっての。お前が無事なら、それでいい。未だ、辛いか……?」
「さっきよりは、マシ、かな……。でも、体重たい……」
「それだけか? 気持ち悪りぃとか、どっか痛いとか……」
「大丈夫。『あれ』も、寝直したみたいだから」
「お前の『大丈夫』は、あんま当てになんねえけどな。……でも、そっか。じゃあ、眠っちまえよ。眠れるんなら」
「…………うん」
常よりも大分弱々しい声で京一に応える龍麻の瞳は、何時の間にか漆黒に戻り、一度、肩で息をした京一は、彼の頭に、自身の足を宛てがってやった。
「どうだ?」
「何とかなったみたいだ。……手間掛けさせたな」
「気にしなくていい。私達一族の、役目の一つだ」
龍麻に膝枕をしてやりつつも、剥き身の刀だけは傍らより手放さぬ彼に声掛けながら、瑞麗は、二人の脇で八卦鏡を取り出し、占いらしきことを始める。
「えっと…………」
そんな彼等へ、目の前で起こっているこれは、一体何だ? と九龍は恐る恐る話し掛けた。
「……ああ。すまねえんだけどよ。毛布持って来てくれるか?」
「判った」
「あ、じゃあ、俺、お茶でも淹れます……?」
「そうだな。……お前等も疲れたろ? 何か……悪りぃな。付き合わせる格好になっちまって」
「え? いいえ、俺達は、別に…………」
が、話を逸らす風に、京一は苦笑し気楽な声を出して、すっと立ち上がった甲太郎は、毛布を取りに和室へと消え、モジモジとしながらも九龍は、キッチンで茶を淹れた。
「……………………あの、その……。えっと、ですね…………」
──淹れられた茶がすっかり冷めて、毛布に包まれた龍麻が京一に縋りつつ眠りに落ちて暫し。
ひたすらに続く沈黙を、九龍が破った。
「……何だ?」
「龍麻さんは、その…………。何で……?」
「……只の病気じゃ、ないんだな?」
辿々しい声に返されたのは、京一の軽い声と、裏腹な鋭い瞳で、気圧された彼の問いを、甲太郎が継いだ。
「…………まあ、な。────『これ』を見ちまったお前達が、気にする気持ちは判る。こいつのこと、心配してくれてるってのも。……だがな、こればっかりは、お前等にも話せない」
何が起きたのか、そして何が起こっているのか、知りたい、と如実に瞳で物語る少年二人に、京一は、はっきり言わなければ、二人は引き下がらないだろう、ときっぱり告げた。
「どうしてですか?」
「『これ』はな。知ったら最後、の話だからだ。到底、迂闊にゃ言えねえんだよ。……別に、お前等を疑ってる訳じゃない。龍麻だって俺だって、信じちゃいるが。少なくとも俺は未だ、ロゼッタ協会ってトコは信じちゃいねえから」
「ロゼッタ…………? ロゼッタに知られたら、マズいことなんですか?」
「事と次第によっては、な。────あのな、葉佩。皆守。もしも、『これ』を知ったお前等から話が洩れるようなことがあって、結果、龍麻にちょっかい出す馬鹿が出たら。馬鹿は当然、お前等が相手だろうと、俺は躊躇いなく斬るぜ? 顔色一つ変えず、その首刎ね飛ばす。……それでも、知りたいと思うのか? それだけの覚悟があるのか?」
……打ち明けることは出来ないと京一が言っても、少年達の面から、知りたい、との色が消える気配はなかった。
故に京一は、その覚悟があるなら、と本当の殺気を込めて二人を見据えて。
「……………………あります」
「他言しなければいいんだろう?」
こくり、と頷きながら、少年達は改めて、怯むことなく京一へと向き直った。