「…………っとに。お前等も頑固だなー……」
自分達がそうだったように、『この年齢』というのは、怖いモノ知らずなのかも知れない、と京一は、頭を掻きながら苦笑いを浮かべ。
「だが……まあ、いいか。それだけの覚悟があるんなら。洗い浚い教えてやる。その代わり、絶対に他言すんじゃねえぞ。俺だって、お前等を斬りたくはねえからな」
仕方無い、という風に瑞麗が肩を竦めるのを横目で眺めてから、重かった口を開いた。
「……龍麻が産まれて直ぐの頃に。中国の福建省の山奥にある、龍脈や龍穴を代々護ってた、封龍の一族って連中の里で、龍脈の『力』を巡る、陰陽の戦いがあった。……この間お前等も会った、雛乃ちゃんの受け売りだけど、龍脈ってのは、天の四方を治める、玄武、朱雀、青龍、白虎の四聖獣の長で、大地の化身でもある黄龍の力そのもの、なんだと。で、江戸時代から生きてた、柳生宗崇ってバケモンみてぇな奴が、その黄龍の力をてめぇのモノにする為に、当時、一番龍脈が活性化してた、その里で暴れてな。龍麻の親父さんや、宿星って呼ばれてる『力持つ者』達が柳生と戦った。でも、その時の戦いでは、こいつの親父さんの命と引き換えに、柳生の奴を、封印することだけしか出来なかった」
「あれ……? 封龍の里って……。ルイ先生の故郷じゃ……?」
「…………ああ、私の故郷だ」
「やっぱり……」
「…………で、だ。それから十七年が経って。『蚩尤旗
「ルイ先生の故郷を滅ぼしただけじゃなくて……龍麻さんまで……?」
「化け物、か……。確かにな…………」
二十数年前の、中国にての出来事から始まった京一の話が、一九九八年の冬の出来事にまで辿り着いた時、只でさえ、話が進むに連れ沈痛となっていった少年達の面は、より暗くなった。
「でも……何で龍麻さんが?」
「……まあ、龍麻だけが狙われたって訳じゃあねえんだが。あいつが誰よりも殺したがったのは、龍麻だった。…………楢崎道心って、生臭坊主が話してくれた。蚩尤旗が司る歴史の変革の『刻』、龍命の塔って言う『鍵』を復活させれば、江戸の昔から封印されて来た、『黄龍の龍穴』と呼ばれるこの国最大の龍穴から龍脈の力は溢れ出て、何時の世も、宿星に定められた、歴史の変革を齎す者に、その『力』は宿る、とな。……龍麻は…………その、歴史の変革を齎す宿星持つ者として──『黄龍の器』として、この世に産まれて来たんだ。……でも、柳生の望みは、黄龍の力を手に入れることだったから、そのまま誰も何もしなけりゃ、黙ってても龍麻に黄龍の力が宿るのを阻止しようとして、外法っていう力を使って、自分の手でもう一人、黄龍の器を創り上げた。だから、本来、一つの時代に一人の筈の黄龍の器が二つになっちまって、龍麻は、陽の器になって、柳生が創った奴は、陰の器になって……器を手に入れた柳生は、龍麻を殺そうとして……。……けど、何とか彼んとか、龍麻は助かってさ。俺達は、あの糞っ垂れ野郎と戦った。あいつを倒して、自我も失くしちまってた陰の器に宿って暴走始めた黄龍とも戦って、だけど…………だけど、結局。陽の器だった龍麻に、黄龍は宿っちまった。……あの時は、大騒ぎでさ。黄龍の奴に体乗っ取られちまった龍麻のこと叩き起こすのに、難儀したっけ……」
俯き加減になって話に聞き入る少年達のように、京一も又、頬に暗い影を落とした。
「今……も? 今も、龍麻さんには、その……黄龍が……?」
「…………ああ。……この世の始まりから、決まってたことなんだと。黄龍の言い分では、だけどな。黄龍は龍麻で龍麻は黄龍。それは、もう、二度と、絶対に覆しようがないんだと。だから……今でも龍麻の中には、龍脈の力の化身の、黄龍が眠ってる。龍麻が黄龍で黄龍が龍麻である限り、この世から去るまで、龍麻には、一瞬にして、この世も、歴史も塗り替えちまう『力』が宿り続ける。…………でもな。きちんと、封印は出来ててさ。これまでは、どうってことなかったんだが……一年半前に、ちょいと、な。中国の広州市で、黄龍の力を欲しがった馬鹿に、下手なちょっかい掛けられちまって。その所為で、黄龍の封印が緩んじまってよ。何の手も打てないままなんだ……。封印が緩んだ所為で、切っ掛けさえあれば『龍麻』は眠って、入れ替わりに黄龍は目覚めちまう。目覚めた黄龍が暴走始めたら、この世は終わっちまうから、龍麻は、半寝惚けの黄龍を、常に抑え込んでなくちゃならなくて、でも、やっぱり封印の緩みの所為で、龍脈が乱れたり、乱れた場所に行くと、過敏に反応しちまうんだ」
「さっきみたいに、ですか?」
「そうだ。こいつの馬鹿な説明では、黄龍の『本宅』の龍脈が汚れたり荒れてたりする場所に行くと、『別宅』の自分はアレルギー反応起こす、ってことだったな。…………ま、そういう訳だ。……このことが洩れたら最後、お前等の首でも容赦無く刎ね飛ばすって言った理由、納得出来たか?」
「…………ええ。凄く……。もしも、『馬鹿』に龍麻さんの力のこと知れたら……」
「……あんたは? ……蓬莱寺、あんたは……そんな状態の緋勇を、護り通そうとしてるのか……?」
京一の頬に浮かんだ暗い影は、やがて、自嘲のような笑いに変わって。
九龍は、ぎゅっと両手を握り締め、甲太郎は、僅か瞳を細めた。
「俺、は…………。……龍麻に、『黄龍の器』って宿星があったみたいに、俺には、『剣聖』って宿星があってよ。それは、黄龍の器を──器が真実黄龍となった後も、生涯護り続ける、護人の宿星らしくてな。……まあ、そんな宿星があろうとなかろうと、こいつは俺にとって、唯一絶対の存在だから、生涯処か、命懸けたって護り通してみせるし、それが俺の一生だって思ってる。俺の氣は、龍麻には『薬代わり』にもなるみたいだから、さっきみたいに黄龍が起き掛けても、何とか治められるし、例え黄龍の奴が起きちまっても、こいつの叩き起こし方のコツは掴んでるしよ。ちったあ、役に立つかな、ってな」
「……………………京一さんがいてくれたことが……本当に、龍麻さんの『幸せ』なんですね……」
遣る瀬無さの交じった、自身を嘲笑う如くの笑みを消さない京一の話は続いて、九龍は、思わず言った。
「そう……だといいんだがな……」
「あんたが、緋勇の支えの一つなのは間違いないんだ。それは…………『幸せ』なことだと、俺も思う……」
九龍が真実を訴えても京一の暗い笑みは消えず、だから、甲太郎も語り掛けて。
「…………蓬莱寺」
彼の話を聞きながら為したのだろう、八卦鏡の上で、少々複雑な符を記し終えた瑞麗は、京一を呼び、それを手渡す。
「何だ?」
「黄龍の封印が緩んだ話は、弦月から聞いていた。だが…………それを目の当たりにしても、私にしてやれることは、これくらいだ」
「これくらい? この、符のことか?」
「そうさ。それには、人体に於ける氣の流れ──経絡を整える力がある。弦月から聞いた、広州市で緋勇を襲った愚か者共が仕掛けたことは、魂魄
「ルイちゃん…………。ありがとよ」
渡された符を、大事そうに、丁寧に折り畳むと、京一は、そっと、龍麻の懐に仕舞い込んだ。