「……今の話を、もう少し詳しく説明してやろう」

まるで、ガラス細工を扱う手付きで龍麻に触れた京一を見て、瑞麗は突然、『カウンセラー』の口調になった。

「ルイちゃん? 何だよ、急に」

「ヒトには、魂魄がある。こんは、人の死後体より抜け出、やがては天へと還るモノ。はくは、人の死後も体に残り、何れは土へと還るモノ。陰陽で言えば、魂は陽氣、魄は陰氣。陽は心を司り、陰は肉体と五感を司る。……黄龍の封印の緩みの所為で、龍脈の乱れに触れる度、龍が目覚め掛けるということは。一つの側面から見れば、緋勇の心が希薄だ、ということだ。即ち、魂──心を司る陽氣の弱まり。だが、緋勇の魂が希薄となっても、魄は消えない。陽氣が受けるダメージに引き摺られ魄も痛みはするが、魄──身体そのものは滅しない。魄が健在のまま魂が希薄になれば、人は、生ける死人に近付く。私の国では、キョンシーと呼ばれている奴だ。君達に馴染みある言葉で言えば、ゾンビ。緋勇の今は、それに似ている」

いきなり何を、と京一が目を瞬いても、彼女は『カウンセラー』口調の語りを止めなかった。

「おい…………?」

「しかし、彼は確かに生きていて、魂が希薄になろうとも、魄の変化は余り見られない。……だから。もう少し現実的に考察するなら、緋勇は今、魄──陰氣に引き擦られ易い状態、と言えるだろう。では、何故そうなるのか。その答えは恐らく、緋勇の心──魂の中に、陰氣があるから、だ。すると、次の疑問は、陽の黄龍の器で、不安定ながら今尚、黄龍を抑え込める程の『心の力』を持った緋勇の中に、何故、陰氣が潜んだのか、だが。……彼の中に陰氣が潜んだ第一の原因は、広州市の一件で掛けられた『呪』だろう。だが、私が聞き及んだ限りでは、それは、所詮中途半端な『呪』だ。解けない代わりに、『呪』が完璧に完成することもない。事実、恒久的な手段ではないにせよ、先程の霊符で、『呪』は抑え込める公算が大だ。…………しかし。『呪』の本来の『範囲』を超えて、緋勇が陰氣に引き擦られているとしたら、どうなるか」

「………………ルイちゃん。……瑞麗。何が言いたい?」

「……その場合は。第一の原因である『呪』以外に、緋勇が、自身の中に陰氣を潜ませることになった理由を疑い、探らなくてはならない。────あくまでも、仮定の話、だが…………蓬莱寺。君には、心当たりがあるんじゃないのか?」

「……だから。何が言いたい」

「何処までも、私の仮定が正しければ、の話でしかないけれども。……一瞬にして、歴史を塗り替え、世界を滅ぼしたくなければ。生涯を賭して、緋勇を護り通したければ。何よりも、緋勇を不幸にしたくなければ。もう少し、己の気持ちと向き合い直すがいいと、私は思うがね」

────今宵の京一と龍麻より、瑞麗は何を汲み取ったのか。

話が進む度、京一がその面より色を失くし、修羅のような氣さえ放ち始めるのを物ともせず、彼女は最後まで『忠告』を言い切った。

「……………………何でだ……? 何で、そんなことが言える?」

そこまでを語られ、すっと、京一が放っていた、冷たい氣が消えた。

「この学園での私の仕事は、カウンセラーだ。君達を見ていれば判る。君達は──

──劉瑞麗。もう……そこまでに」

だから、彼女が軽く溜息を吐いて、京一と龍麻の何やらを言い掛けた時。

京一に凭れて眠っていた筈の龍麻が、それを遮った。

「……龍麻? 起きたのか?」

彼が、疾っくに起きていたことを知って、京一は毛布毎、龍麻を膝に引き摺り上げ、腕の中に収める。

「うん。……御免、心配掛けて。瑞麗女士も。有り難うございました。葉佩君も、皆守君も、心配してくれて有り難う。御免ね? 京一から話聞いたと思うけど……そういう訳で、俺、一寸厄介なことになってるんだ。でも、大丈夫だから」

それに、龍麻は素直に甘えながら、皆へと笑ってみせた。

「龍麻………………。お前──

──その話は、もう終わりだよ、京一」

「……判った」

それは、今はこの話をこれ以上はしたくない、という龍麻の明確な意思だった。

「龍麻さん……」

だが、京一でさえ口を噤んだ中、終わりだ、ときっぱり言い切った龍麻の瞳の中に、二人で愚痴を言い合った夜、彼が垣間見せた憂いを見てしまった九龍は、彼の名を呼び。

「あの………………。…………あ、れ……?」

何やらを訴えようとして、途端、ふらっと体を傾がせ、右手で片目を覆った。

「九ちゃん、どうした?」

「判んない……。急に…………。お……?」

「おい? 九ちゃん? 九ちゃんっ。九龍っ!」

──床に崩れそうになった体を、甲太郎に支えて貰いながら。

九龍はそのまま、意識を失った。

「うわっ! 葉佩君っ?」

「何だ? どうしたんだよ、突然」

「判らない……。……カウンセラーっ! 九龍はっっ!?」

「…………気を失ってしまったようだな……」

ことり、と首を仰け反らせてしまった彼に驚き、皆は、彼の顔を覗き込む。

「気を? どうして?」

「……そうか。もしかしたら、七瀬と入れ替わってしまった体が元に戻るのかも知れない。と言うことは……。──皆守。お前は私と一緒に、『七瀬』を私の自宅に運んで、『葉佩』をここへ連れ帰れ。《ファントム》の言い種からして、学園を覆いつつある混沌は、葉佩『に』異変を齎した、と考えた方が良さそうだからな。恐らく、七瀬はとばっちりを受けただけだろう。二人がぶつかった時のような切っ掛けさえあれば、誰が葉佩と入れ替わってもおかしくなかったんだ」

「だから……ここへ、か?」

「そうだ。ここなら、私が『防呪詛符』の札を貼ったばかりだし、蓬莱寺が敷いた陽氣の結界も生きている。桃板に謹書した符を貼った部屋なら、もっといいんだが……この際、贅沢は言えない。──蓬莱寺も緋勇も、それで構わないかい?」

「ああ。葉佩のことは、俺達が面倒見るぜ」

「葉佩君と七瀬さん、運ぶの手伝おうか?」

「いや、大丈夫だ。……そうだ。すまないが、九ちゃんと一緒に、俺も──

──判ってる。任しとけ」

「よし。行くぞ、皆守」

慌てて彼を取り囲んだ皆は、九龍が元に戻る前兆かも、との瑞麗の言葉に従って段取りを決め、それぞれ立ち上がった。

※ 瑞麗女士=瑞麗さん