ぽろっと、甲ちゃんの親御さんはお医者さん、と九龍が洩らした時、甲太郎は一瞬のみ嫌そうな色を頬に掠めさせ、京一と龍麻は、忘れることにはしたけれど、どうしたって記憶から消せない、杏子の話を思い出した。
「九ちゃん、心当たりって?」
「や、それがさー……」
だが、何事もなかったようにやり取りを流した甲太郎に促されるまま、九龍は『心当たり』を話し出す。
「鎌治と遺跡で戦った時から、ずーーーっと思ってたんだよ。《執行委員》の皆を倒すと出て来るでっかい化人って、何かに似てる、って」
「あんなのに似てるモノなんかあるか? 第一、あそこのデカブツ達だって、同じような見た目してるのはいないだろう?」
「あ、瓜二つの奴が、って意味じゃなくて、カテゴリーとして、って意味。でさ、この間、たいぞーちゃんの区画のデカイの見た時、やっと、何に似てるか思い当たったんだよ。……あいつ等って、キメラに似てるんだ」
「キメラ……? 神話に出て来る化け物の? ライオンの頭に、蛇の尾に、ヤギの胴……、だったか」
「そーそー。キマイラとも言うあれ。でも、ギリシャ神話、みたいな狭義の方じゃなくって、ぶっちゃけ、映画とか小説とかに出て来る、もっと広義な方。何かの生物と何かの生物が合体してます、的な。…………化人って、あれに似てない?」
「………………言われてみれば。だが、あいつ等は一言で言えば化け物なんだから、キメラに似てた処で、大した意味は無いんじゃないか?」
「まあまあ、黙って話を聞きねえ。──遺跡に出る化人が、キメラだったとするじゃん?」
「…………仮定の話、な」
「うん。仮定の話。でも、それは一寸こっち置いといて」
「置くのかよ……。──それで?」
現在時刻は午前八時過ぎ、とか、今日は未だ土曜、とか、授業が、とかいうことをすっかり忘れて、九龍が長話モードに入ったのを察し。
好きになれない授業を受けるのを、諸手を挙げて放棄し、ぶちぶち言いながらも甲太郎は腰据える構えを取って、今日は遅出の京一と龍麻は、静観してもちょっかいを出しても、漫才の如くになるだろう、少年達の『オンステージ』を続けさせることにした。
「俺、昨日の放課後、暫く廃屋街に隠れて時間潰しててさ。暇だったから、トイレの我慢が限界になるまで、ずーーっと考てたんだ。『議題』は、『何故、天香遺跡は、ああもRPGチックなのか』」
「お前は、あそことゲームを同列に扱うのか? 本当に、どうしてお前は、そんなに馬鹿なんだ? それとも、『ロックフォード・アドベンチャー』とかいうアレの、やり過ぎか?」
「そんなにやってないじゃんか、『ロックフォード・アドベンチャー ―失われた黄金の港―』! それにあれは、スフィンクスの碑文のことで詰まったから、今度一緒に攻略してくれるって、甲ちゃんが言い出し……って、そうじゃない。しっかりしろ、俺。──だからー、RPGチックって言うのは物の例えで、内容はシリアスなんだよ!」
「ほう? じゃあ、講釈を垂れてみせろ?」
「応! 垂れたるわい! ──あのさ。遺跡の奥へ進む為に必要なステップって、改めて考えてみると、おかしくない? あそこって、A区画を解放しないとB区画に行けません、な構造だよね? んで、A区画を解放する為には、巨大化人を倒さなくちゃならないよね? で以て、巨大化人を倒す為には、《執行委員》を倒して、黒い砂を出させないと駄目だよね?」
「そうだな。そこまでに関しては、異議申し立てはない。おかしいかどうかは兎も角」
「……どーして、甲ちゃんはそういう言い方をするかなー……。……ま、いいや。──でさ、俺達が初めてここにお邪魔した時、話したこと憶えてる? あそこを《墓》って考えると、一寸構造的に首捻りたくなる、って俺が言ってた奴」
「『あそこの碑文には、奥へと進む為のヒントが書かれてる』、だろう? 不届き者を徹底的に排除しながらも、『誰か』を迎え入れるように出来てるとしか思えない、って言ってたよな、お前」
「そーそーそー! ……ホントに記憶力いいね、甲ちゃん」
京一も龍麻も止めないし嫌がらないので、存分にアロマを香らせつつ、テーブルに頬杖付きながら、甲太郎は九龍の話を聞き、九龍は、時折話を脱線させつつも、あーだこーだを続け。
「そんなことはどうでもいいから。続きを話せ」
「あ、そうだ。……あそこは、《生徒会関係者》──《墓守》の人間バージョンを倒すと、《黒い砂》──《墓守》の化人バージョンが現れて、それも倒すと区画が解除になる。そういうRPGチックな一連の流れは、俺達から見ると、不届き者排除の為の厳重なセキュリティだけど、あそこに迎えて貰える資格を持った誰か、から見れば、一寸『手続き』が面倒な、鍵、ってことにならない? 奥に進む為の鍵。出掛ける時に、家に鍵掛けるのと同じノリの」
「…………言いたいことは解るが……。それと、キメラやお前が見た変な夢と、どんな関係があるんだよ」
「そこで、議題・『何故、天香遺跡は、ああもRPGチックなのか』に戻る訳さね。あそこのシステムって、段階踏まないとラスボスと戦えないRPGチックで、何でだろう、って頭捻ったんだけど、それこそゲームじゃないんだから、困難乗り越えて、経験値積んで、ってしなきゃならないストーリーとか場所って、現実的には一寸、な感じっしょ? じゃあ、充分現実的に有り得る、あの手のシステムが必要な場所って何があるだろう、って考えてみたらさ、一つ、思い当たったんだよ。……ラボなら有り得る、って」
「ラボ……? ………………お前まさか、あそこは化人っていうキメラを創る為の研究所だった、なんて、飛躍し過ぎてること言い出す気か?」
「ピンポーン! 大正解! いやー、多分、そういうこと考えてたから、あんな変な夢見たんじゃないかとー」
やがて九龍は、突拍子もないことを言い出した。
「…………九ちゃん……。ホントーーーーーー……に、頭大丈夫か? キメラなんか創れる訳がないだろう? 変な夢見るまでそんなこと考えたって、時間の無駄だ」
「何でさ。あそこは、《超古代文明》にまつわる遺跡だって、ロゼッタのお墨付きがあるし、実際、其処彼処がオーバーテクノロジーチックだし、ステージボスがいる部屋だって、『化人創成の間』って名前じゃん。それに、現代科学でだって、キメラ細胞を融合させる所までは出来るよ」
彼が言い出したことに、甲太郎は、顎が外れる程、唖然……、と馬鹿面を晒して、頭から彼の説を否定しに掛かったが。
九龍は、粘り腰を見せた。
「だが、《執行委員》だったあいつ等は、口を揃えて《墓》だと言ってる。ヒントめいたことが書かれてる碑文だって、奥へと進めるようなシステムだって、古代の権力者の墓によくあるように、葬られたモノが、死後の世界へ向かう為の道として、とか、魂が再生する為に必要な過程として置いた、とかかも知れないだろ?」
「皆が、あそこのことを《墓》だって言うのは、そうやって教えられたからだと思うよ。そもそも皆、自分が《執行委員》になった時のこととか、殆ど憶えてないんだし。それに、あのシステムが、埋葬者の死後の為のシステムだって言うんなら、方向が逆じゃなきゃおかしいよ。埋葬者が眠る玄室から地上に向かってルートが開かれてるんなら、それで納得するけど、あそこは、地上から最下層へ向かってるじゃん」
「…………じゃあ、この間の話は? あそこには呪術が施されてる、とお前の得意先達は断言してた。ラボの何処に、呪術を施す必要がある?」
「『野生の勘のお告げ』にあった、そうまでしても始末出来なかった、若しくは始末したくなかったモノの為。…………ふっふっふっ。ぐうの音も出まい!」
「……………………お前、絶対、変なアニメか何かの見過ぎだ……」
甲太郎の唱える異議に、悉く異議をし返して、どうだ! と九龍は胸を張り。
先程から感じ始めていた『げんなり』が、益々膨れ上がった甲太郎は、頭が痛くなって来た……、と大仰に、片手で額を押さえた。