「……むう。そりゃ、カイロにいた頃は、アニメのビデオとか、たーーーくさん観たけどさー」
自身的には、良く出来た推論! と思っていたのに、甲太郎が盛大に呆れたので、九龍は唇を尖らせた。
「頭っから否定するんなら、異議を唱えてみせろ、甲ちゃんの馬鹿ー!」
「…………判った。じゃあ、異議申し立てタイムな」
「応!」
ぶーぶーと拗ねながら、文句があるなら言ってみろ! と挑んで来た彼を、ちょっぴりだけ憐れみ目線で見遣った甲太郎は似非パイプを銜え直し、九龍は『勝負』を受けて立った。
「あの《墓》は、お前の推定で、何年前のものだ?」
「んーー……。かなり古いと思うよ。《超古代文明》の絡み、ってロゼッタのお墨付きもあるし。でも、伝説のムー大陸がー! って程は古くない。古代神代文字が使われてるから、少なくとも、漢字が日本に伝来する前だとは思うけど。……だから多分……二千年くらいは前、かな?」
「あそこが、お前の言う通りラボで、システムは、ラボの区画の鍵だったら。その頃から、あそこのシステムは変わってないことになるよな?」
「……た、ぶん」
「九ちゃん。ここで一つ、いいことを教えてやる。《生徒会》に《執行委員》という機関が出来たのは、昨年度だ。区画を解放する為のあの一連の流れが、二千年の昔から、解錠や施錠システムそのものの訳がない。辻褄が合わなくなる」
「……………………甲ちゃん。そういうことは、先に言ってくんない?」
「俺だってな、《執行委員》が去年に出来たって事実が、何かの立証に必要になる日が来るなんて、思ったことなかったんだよっ」
受けて立った『勝負』の行方は、あっという間に先が見えて、九龍は、卑怯者、と甲太郎を上目遣いで睨んだ。
が、甲太郎は、お前が悪い、と彼を睨み返して。
「《墓》も化人も、超古代文明とやらの産物だってなら、化人は、誰かが創り出した人工的なキメラかも知れない、そこは認めてやってもいいさ。でも、なら、あの《黒い砂》みたいな物は何なんだ? 細胞レベルから創り上げたにしても、移植技術で創り上げたにしても、古代の文明──科学が生み出したモノなら、化人は歪な生物ってことになる。正体は何だか知らないが、砂みたいなモノが乗り移らなきゃ出現もしない生物なんて、科学の範疇で有り得るか?」
「ん、む…………」
「百歩譲って、全てお前の説通りだったとする。そうするとあの《墓》は、二千年前に封鎖された時からずっと、各区画毎に、人の《墓守》と化人の《墓守》の二重ロックが掛かってたってことになるが。……人には、寿命ってもんがある。《執行委員》だったあいつ等は、《黒い砂》が体から出るまで、斬っても撃っても傷付かない体だったが、不老不死になってた訳じゃない。二千年の間、一体何人、《墓守》が必要だった計算になる? そんなシステム効率が悪過ぎないか? 《生徒会》が、墓を侵す者を排除してまで守ってるんだ、あの《墓》は、存在すら一般には知られない方がいいに決まってる代物なのに、『鍵』が必要だからって、何人もに、わざわざ《墓》のことを教えて、《墓守》に仕立てたら本末転倒だろ。カウンセラー達のように、一族だけで代々、一つのことを守り通す鉄の掟があって、とか何とか言うんなら、又話は別だがな」
「…………あ、何か、負けたよーな気がする…………。えーーーー……。筋が通ると思ったんだけどなー。化人キメラ説と、遺跡ラボ説。くーーー……」
ジトっ、と九龍を見据えたまま甲太郎が続けた『異議申し立てタイム』は、少々長めに続いて、負けたっぽい? と九龍の上半身は、ダイニングテーブルに沈んだ。
「思い知ったか? 《墓》は《墓》なんだから、《墓》として考えを進めろよ」
へこんだ九龍の姿を横目に眺め、一体何本持ち歩いているのやら、ふん、と彼を鼻で笑った甲太郎は、似非パイプに、新しいスティックを詰め、火を点けた。
「……何で?」
「あ?」
「何で甲ちゃんは、あそこが《墓》だって、確信持ってる風に言うんだよ。あそこが、絶対に《墓》だって思うようになった理由、何かあるの?」
「それは…………《墓》だ、と言われたから」
「何だ、《執行委員》だった皆の証言が根拠か。俺が気付いてないことでもあるのかと思った」
「…………しっかし、二人共、難しいこと、よく考えるねえ……」
「俺、途中で寝ちまった。付いてけねえ、そんな話」
九龍とのやり合いに勝利し、優雅にアロマを香らせていたら、遺跡を《墓》と言い切る理由を問われてしまい、甲太郎は、あ、と息を詰めながら、言葉少なに、『誰に』そう言われたかを省いてそろっと答え、「おや、これは……」と、龍麻と京一は、九龍の注意を自分達へ向けた。
「まー、俺は、こういうこと考えるのも仕事ですんで。甲ちゃんは、巻き込まれ組ですし」
「……ホントにな」
「…………甲ちゃん。たまには、そんなことないさ、くらい言わない? 寧ろ、言え?」
「本当のことを言ってやらなきゃ、お前の為にならないだろ」
「俺だってたまには、愛故の鞭だけじゃなくて、愛の労りが欲しいぞー? 辛いもんばっか食べてると、甘いもん食べたくなるのと一緒で」
「残念だったな。俺の愛は、辛いんだ」
「愛まで、成分はカレーの辛味か、こんにゃろ。カレーレンジャーめーー!」
青年達のそれに、本当に誤摩化されたかどうかは謎だったけれど、九龍はすんなり矛先を変え、甲太郎とやり合い始め。
「今更だけどよ。お前等、授業はいいのか?」
「……へ?」
「何だ、九ちゃん気付いてなかったのか? もう直ぐ十一時だ」
「え……。えええええ! 来週から、テストなのにーーーー!」
「あ。教えてあげた方が、親切だった?」
そこでやっと、現在時刻に気付かされた彼は、ひな先生に叱られる……、と泣き濡れた。
「諦めるんだな。今更、どうしようもない」
「ううううう……。でも、行くだけ行く……。月魅ちゃんのこと気になるし、ルイ先生にお礼言わなきゃだし……」
「そうか。じゃあ、行って来い。俺は、寮に帰ってる」
「……こーちゃぁぁぁぁん…………」
「…………判ったよ、付き合えばいいんだろ……」
「うん! ──じゃ、そういう訳でっ。俺達、校舎行って来ます。朝飯、御馳走様でしたー。お騒がせしましたー!」
「本当に、すまない。何時も何時も、この馬鹿の所為で」
べそべそ泣き真似をしつつも、登校する、と立ち上がった九龍は、甲太郎を泣き落とし、付き合うことを承諾させると、何杯目になるのやら、なコーヒーを啜り続けている京一と龍麻に威勢良く礼を告げ、心底申し訳なさそうに二人へと頭を下げた甲太郎を軽く蹴っ飛ばすと、連れ立って出て行った。
「じゃ、又ねーー」
「ルイちゃんに宜しくなー」
パタパタ、慌ただしい足音を立てて去って行った少年達を、ひらひら、手を振りながら見送り。
「さーて、俺等も支度すっか。仕事する振りして、ちょいと調べたいことが出来たしな」
「え、何を?」
カタカタ、椅子を鳴らして立ち上がった青年達は、寝室に戻り、警備員の制服に腕を通し始めた。
「俺達にゃ、直接は関係ねえこと、って奴だけどな。さっき、葉佩と皆守がしてた、頭痛くなるような話聞き齧ってて、ふ……っとな」
「あの話の、どの辺?」
「人間には、寿命がある、ってトコだよ。皆守が言った通り、人には寿命がある。それと一緒で、ここの学生でいられる時間も、《生徒会》関係者でいられる時間も、限りがある。……普通、高校は三年で卒業するだろ? 一年坊の頃から《生徒会》関係者だったとしたって、三年経ちゃお役御免だ。《生徒会》が、何時からあそこを守って来てるのかは判んねえけど、この学園が出来た頃からだとしたら、結構な人数だぜ。あいつ等に《力》を与えてる奴は記憶も弄れるみたいだから、関係者が卒業する時に、《墓守》だった記憶を消しちまってるかもだけど、委員だった奴等は、生徒会と手を切っても《力》だけは残ってるから、その部分だけは誤摩化しが効かないって可能性もあって、だとすると……」
「……もしかして京一、如月のトコで、遠野さんが言ってたこと考えてる? ここの学生の何%かは、卒業しても、ここに戻って来る……、って、あれ」
「お。判ってんな、ひーちゃん。そーゆーこと。卒業しても、ここに戻って来る何%かが、元《生徒会関係者》だったとしたら──」
「──葉佩君達の周りは、彼が思ってる以上に敵だらけかも知れない、ってことになるね」
「ああ。……ま、皆守は承知してることかも知んねえけどな。どうせ、俺達は未だもう少し、暇だしよ」
「そうだね。…………じゃ、働き行こっか、京一」
「マミーズで、飯食ったらな」
────出勤の支度を整えながら、彼等は、『今日の仕事』を決めると、先ずは第一の目的地、マミーズを目指した。