──2004年 11月──

又、月替わりのカレンダーが一枚捲られ、暦は、十一月になった。

大半の生徒にとっては『恐怖の週間』だった中間テスト期間が終わり、学内にはテスト前通りの賑やかさが戻って、一週間、食事時以外はひっそりとしていたマミーズにも以前の活気が戻った、十一月二日 火曜日。

夕飯時を疾うに過ぎた午後九時近く、生徒達の姿が消える時間になっても、九龍達は、そのマミーズの一角で喧噪を振り撒いていた。

──九龍と甲太郎が、店の一番奥のコーナー席に陣取ったのが午後六時少し前。

先週の中間テストの話をつらつらしながら、二人が『何時もの』で夕飯にしていた処に、明日香と、先日の入れ替わり事件を切っ掛けに、なんんだで九龍のバディになった月魅がやって来て相席し、暫くしたら、先だって、とうとう九龍の『素敵な秘密の石スポット』巡りを嗅ぎ付け、石スポットの為だけに、「バディになる!」と言って聞かなかった黒塚が現れ、例によって例の如く、ケース入りの水晶を抱き抱えながらスルッとそこに混ざって、彼等の席と隣の席を、ガタガタと奈々子がくっ付けている最中、夕食を摂りにマミーズを訪れた真里野と朱堂も相席する、と言い出し、終いには、マミーズの『お料理レビュー』をインターネットで公開している肥後や、取手やリカもやって来たものだから、九龍達の席は、都合十名の団体さんへと膨れ上がって。

他の客の姿も余り見られなかった為、人目を気にせず話し出した彼等の話題は、『この面子』ということもあり、遺跡絡みの話が中心になって、知ってることや、気付いたことがあるなら教えて欲しい、との九龍の乞いに応えようと、皆揃って、頭を捻ったり、記憶を辿ったり、とした果て、区画と区画を繋げている『化人創成の間』以外にも、別の区画と繋がっている場所がある、との話が出て、寮にも帰らず、マミーズに居座り続けていた九龍は、鞄の中からノートを引き摺り出し、記憶を頼りに、遺跡内の地図を書き始めた。

「九チャン、そういうのって、あの機械が勝手にやってくれたりしないの? 万能そうじゃない、あの機械」

「『H.A.N.T』は、その辺のパソコンよりも遥かに優秀だけどねー。所詮機械だからねー。誰かがデータ打ち込んでやらないと、只の機械の塊でしかない訳だ、これが。……今までは、記憶に頼って探索してたからさー……」

「人の手に勝るものは、早々ないということですよ、八千穂さん。……古人曰く──

──今は、古人なんてどうでもいいわっ! ダーリンの、真剣な眼差しが素敵……──ぐぼおっっ!!」

「皆守君、そんなに容赦無く蹴ったら、幾ら朱堂君でも可哀想なんじゃ……」

「気にするな、取手。こいつには、一度でも甘い顔をしたら終わりだ」

「ううむ……。しかし、何処がどう繋がっているか、という話になると、拙者にはとんと……。己の区画以外、立ち入ったことはござらぬし……」

「ボクもでしゅ。ボクの所は、知らない扉が沢山あったでしゅけど、入ってみたことは一度もないでしゅねー」

「リカはぁ、お隣と繋がってる所、一つだけ知ってますのー」

「石達の囁きに耳を貸せば、直ぐに判ることさ、九龍博士!」

「皆さーん、コーヒーのお代わりは如何ですかー?」

面子が増える度、ズルズルと適当に移動していた為か、気付いたら、九龍と甲太郎は皆の中心辺りに並び座る格好になっていて。

あっちからもこっちからも声が飛び交うは、皆、代わる代わる身を乗り出して九龍の手許を覗くは、好物のカニすきの差し入れを貰ったお礼にと、九龍にプリクラを渡したらしい奈々子もコーヒーサーバー片手に話に混ざるは、な事態が暫し続き、頭上で繰り広げられるそんな騒ぎに最初から苛々していたのに、記憶を頼りに地図を書く作業は今一つ不得手らしい九龍が、中々目的を完成させられないのを見て、プチっ、と。

「ああ、もうっ! 貸してみろっ!」

とうとう、甲太郎がキレた。

「うおっ!?」

存分にキレた彼は、九龍からペンとノートと定規を取り上げ、驚きに目を丸くした九龍や一同が注視する中、誠、ご丁寧なことに、ノートの上隅に方位を書くことから始め。

「飽きる程潜ってるってのに、何でお前はそんなに物覚えが悪いんだよっ!」

「やーーー……。俺、ビミョーーーに、地図見たり書いたりするの、下手クソなんだよねー……。でもそれって、物覚えの問題じゃないよーな」

「いいや、そういう問題だ。……ほら。いいか? ここが取手が受け持ってた区画のこの部屋な? で、ここと、椎名が受け持ってた区画のここが繋がってて。真里野の所の水路の先で、取手の所のここと、肥後の所のここが、こう繋がって。そうすると、ここからここへの移動は下りだから、右よりも左が下層ってことになるだろ?」

「……ふんふんふん」

「ふんふんふん、じゃないっ。お前も少しは頭を使えっ。ったく……。で、残りの扉は、多分、未だ知らない場所に繋がってるんだろうから。……あー、だから、こっちがこうで……。ここが…………。──ああ、こんなもんだな」

九龍に小言を垂れながら、彼は、瞬く間に、遺跡の地図を書き上げてみせた。

「…………わーお。甲ちゃん、ブラボー……。すごーーーーい……。これ、このまま『H.A.N.T』に入力出来る」

さらさらっと、精密な地図が描かれたノートをしみじみ眺め、九龍は感嘆する。

「当たり前だ。『H.A.N.T』に写せるように作らなきゃ、意味無いだろうが」

しかし、甲太郎にしてみれば、この程度、当たり前以下の芸当だったらしく。

「皆守サン……意外に、出来の宜しい頭ですのね。普段もそうですし、あそこに行かれた時も、ぼーーー……っと、九サマの為さること眺めてるだけなんですもの、リカ、頭の芯から寝てる方だとばかり思ってましたの」

三年寝太郎なのに、この瞬間は一番九龍の役に立って、なのにその言い種、と彼の態度が気に入らなかったリカは、嫌味を込めて言った。

「……椎名、お前はどういう目で──

──甲ちゃん、甲ちゃん」

「何だよっ」

「……あのさ。申し訳ないんだけどさ。序でにさ。憶えてたら、でいいんだけど……例えば、俺が未だぶっ壊せてない壷が何処に残ってたー、とか、ここに隠し部屋がありましたー、とか……追加して貰えるとー……。…………駄目……?」

誰の耳にも、嫌味だ、と聞こえた通り、リカのそれは甲太郎にも嫌味と届いたようで、リカを見遣る焦げ茶色の瞳に剣呑が宿ったのを見て、にぱら、と笑いながら、九龍は彼の制服の袖を引っ張った。

「………………もう一遍、ノート貸せ……。……本当に、世話の焼けるっ!!」

そうすれば、まーーた、盛大な溜息と小言を降らせながらも、甲太郎は、再びノートと向き合い始め。

「だってさ、甲ちゃん、記憶力いいんだもん」

「……普通だろ」

「普通な訳ないだろ。甲ちゃんが普通なら、俺の記憶力は猿以下だっ!」

「自分で判ってりゃ上等だ」

「…………うわーーーん、鎌治ー! 甲ちゃんが苛めるーーー!」

「えっ? えっと……。……皆守君、あのー。はっちゃんが可哀想かなー、って……」

「人聞きの悪いことを言うな、九ちゃんっ。ノート破り捨てるぞっ。取手、お前も真に受けるなっ」

頬杖を付きながら、にこにこーっと甲太郎の手許を眺めたり、わざとらしく取手に泣き付いたりとしながら、九龍は騒ぎ続けて。

「よう。賑やかだな、若人達よ。外からでも騒いでんの判るぞ」

「こんばんは。何の騒ぎ?」

そんな彼等の許に、通りすがり、マミーズの片隅で一団が何やらをしているのを見掛けたらしい、京一と龍麻がやって来た。

「あっ。こんばんはー、京一さんに龍麻さん」

「……よう。そんなに目立ったか……?」

「目立ってる。そりゃーあ力一杯」

「お揃いのようだけど……皆、葉佩君と皆守君の友達?」

掛かった声に、九龍も甲太郎も揃って顔を上げ、知らない顔が結構いる、と青年達は、一同を見回す。

「お。そうか。皆も二人のこと知らないし。お二人も、皆のこと殆ど話でしか知らないんですよね。皆、バディやってくれてる友達なんですよ。──という訳で、今度は皆にご紹介。友達のアルバイト警備員さんの、蓬莱寺京一さんと緋勇龍麻さん」

団体席の傍らに立ったまま、忙しなく視線を動かす二人へ、九龍は簡単に皆のことを告げて、皆には、二人のことを紹介した。

「…………蓬莱寺京一………………? まさか、新宿の真神学園の剣道部だったっ!?」

と、途端。

まじまじ、京一の顔を覗き込むや否や、激しく椅子を鳴らせて、真里野が立ち上がった。