「あ? そうだけど……。それが、どうかしたか?」
「剣介、京一さんのこと知ってるの?」
真里野の勢いに、何だっ? と京一は一歩後退り、知り合い? と九龍は首を傾げた。
「いや、知り合いという訳ではなく……。──こんな所で巡り会えるとは思わなかった。是非、立ち合いをっ!」
しかし、二人の様子を綺麗に無視し、真里野は、ずいっと京一に詰め寄って。
「暫し待たれーーーい。……剣介さーん? どーゆーこと?」
話が見えません、と九龍が彼に待ったを掛けた。
「おお、そうか。相済まなかった。──もう、五年以上も前の話なのだが、当時、真神学園高校剣道部所属の蓬莱寺京一と言えば、高校三年間に出場した全大会で無敗を誇った、高校剣道界随一の有名人だったのだ。拙者はあの頃、未だ小学生であったが、噂を聞いて、秘かに憧れたりもしてな。──そのような御仁が目の前に現れたのに、立ち合いを申し込まずにどうすると言うのだ!」
「や、どうすると言うのだ、と言われてもよ…………」
「…………ほーーー。京一さん、ひょっとしてタイトルホルダーですか?」
「蓬莱寺、あんた本当に、剣道『も』やってたんだな」
「あーー、確かにあの頃、京一は有名人だったよねー、良くも悪くも。歌舞伎町のオネーサマ達の間でも」
「ひーちゃん、人聞きが悪いぜ……」
或る意味、京一以上の剣術馬鹿な真里野に迫られ、面倒臭そー……に京一は顔を顰め、そんな過去があったとは、と九龍と甲太郎は意外な目付きで『愉快なお兄さん』の一人を見上げ、何やら別のことを思い出したらしい龍麻は、チローーー……っと横目で彼を見て。
「異存がなければ、今直ぐにでもっ!」
「はあ? あー、そのー……な。えーーー…………。……そう! そうだ、忘れてたっ! 俺は皆守に用があって来たんだったっ。葉佩、ちょいと皆守借りるぞっ!」
「おいっ。蓬莱寺っ。何なんだっ!」
益々顔を顰めた京一は、嘘か真か、団体席の中に手を突っ込み甲太郎の腕を掴むと、ズルズル引き摺りながら、マミーズを出て行った。
「…………? 龍麻さん? 京一さん、甲ちゃんに何の用が?」
「さー? ああ、そうそう。葉佩君、俺も一寸、君に話が」
ふん? と首を傾げ、連れ去られた甲太郎のことを頻りに気にし出した九龍を、今度は龍麻が引き摺り出して。
「おおおおおっ? ──奈々子ちゃん、御免! 直ぐに、夕飯代払いに戻って来るからー!」
身長は二、三センチ差で龍麻の勝ち、体重は二、三キロ差で九龍の勝ち、華奢さ加減はいい勝負、な微妙な体格差なのに、何故か、龍麻の力に九龍は抗えず、引っ張られるまま、「又ねー」と皆に手を振り。
「あー、九チャンも行っちゃった」
「噂の警備員さん達と、九龍くん達は友達だったんでしゅねー」
「んもうっ。皆守ちゃんってば狡いわっ! 唯でさえダーリンのこと独り占めしてるのに、他の好い男達とも仲がいいなんてっ! 茂美、妬んじゃうっ!」
「仲良いですよー、あの四人。よく、マミーズ
「あーーーっ! 益々悔しいっ! 邪魔してやるぅぅぅぅぅっ! あーん、ダーリンーーーっ!」
納得いかないような顔をしながらも、引き摺られるに任せて去った九龍を、明日香と肥後がのんびり見送る横で、朱堂はハンカチを噛み締めジェラシーを燃やし、奈々子がそこに油を注いだものだから、自称ビューティー・ハンターの嫉妬の炎は、益々燃え上がったが。
その場の誰もが、朱堂のそれを、見て見ぬ振りした。
こういう彼には余り関わりたくない、というのが一同の本音の半分で。
残り半分の本音は、朱堂が憚りもせずに見せる、甲太郎へのジェラシーへの共感、だったから。
……甲太郎は何時だって、気が付けば、九龍の傍らにいて。
自分達は今まで引き合わされたことなかった、自分達以外の九龍の友人とも、充分親しそうで。
………………だから。
朱堂の今は、彼等の中の本音の半分、の代弁で。
足早にマミーズから逃げた京一に引き摺られるまま、態の良い出しに使われたのだろう、と呆れながらも歩道を辿った甲太郎は、何時ぞや、真神学園の旧校舎へ連れて行かれた時のように、又、正門を乗り越えての脱走をさせられた。
「……何処まで行くんだ?」
「別に、当てがある訳じゃねえよ。……その辺の公園でいいだろ」
学園の敷地を出、数百メートル程公道沿いを歩いた処にあった自動販売機でホットの缶コーヒーを買い込んだ彼と共に、甲太郎は、新宿にも意外と幾つもある、街角の小さな小さな公園のベンチに腰掛けた。
「俺に用があるってのは、真里野の立ち合いの申し込みから逃げる為の、言い訳じゃなかったのか?」
「それも、ある。……つーかそもそも、本当に今夜は、たまたまマミーズの前を通り掛っただけで、お前等に声掛けたのも気紛れみたいなもんだったんだけどよ。瓢箪から駒って奴で。上手いこと、お前だけ連れ出せたからな。……あれなら葉佩も、俺が、あの武士から逃げ出す為にお前のこと出しにした、って思うだろ?」
「何だ、本当に話があるのか? 俺だけに? ……《生徒会》、か……?」
「……ああ。そっちの絡み」
ぽん、と京一が放り投げて来た缶コーヒーを受け取りながら、全てが言い訳ではなかったことに苦笑してから、あ、と甲太郎は眉を顰める。
「何の……?」
「皆守、お前、副会長なんだよな? だったら、《生徒会》のことは、一から十まで知ってるか?」
「…………いや。そういう訳でも」
「ならお前、歴代の《生徒会》OBが、今は何処でどうしてる、とかいう話、耳にしたことあるか?」
「いいや。そんなこと、聞いたこともないし、興味も無い」
「………………そうか。……じゃあ、言っとく。この十年間くらいの間に天香を卒業した《生徒会》関係者は、全員、学園の中にいる。素知らぬ顔してセンコーやってる奴も何人もいるし、部活の顧問やってる奴もいれば、事務員やってる奴も、校内施設で職員やってる奴もいる。校長や教頭も、そうみたいだ」
甲太郎は、出来れば《生徒会》の話はしたくないのだろう、と判ってはいたし、少しばかり歪んだ面からも、それは充分汲み取れたが、そういう訳にもいかないと、ベンチの背凭れに両肘を引っ掛けてふんぞり返りつつ、京一は話し出した。
「教師達や職員が? 何で、そんなことに……?」
「何でなのか、理由は判らない。アン子の奴に調べて貰ったんだが、大昔からそうだったって訳でもなくて、《生徒会》関係者だった奴が、卒業後、母校に舞い戻って来るようになったのは、三十年くらい前から徐々に、らしいけど。十年前辺りからは、一〇〇%になったみたいだ。……でな。どうもそいつ等は、未だに若干、そっち方面と関わりみたいなのがあるらしくって。…………葉佩の奴、現役の《生徒会》関係者だけじゃなくて、そいつ等にも目ぇ付けられてんぞ」
「……まあ、あれだけ目立っちまえば、な………………」
学外だと言うのに、語る京一の声は徐々に潜まって行き、成程、だから外へと引き摺り出したのか、と納得しながらも、甲太郎は、考え込む風になった。
「お前はお前なりに、葉佩のこと庇ってやってるんだろ? 惚れた相手だもんな。だから、あいつとお前のこの先をどうするにせよ、気を付けてはやれよ」
「…………ああ。判った」
「お前もだ。お前自身も、気を付けろよ。お前が今の副会長ってことを知ってるのは、極限られた奴だけなんだろ? 元関係者が、今の副会長が誰なのか知らないなら、お前も狙われるかも知れない。そいつ等に、お前が自分で自分の『肩書き』明かしちまえば話は簡単だが、それやっちまうと、葉佩にお前が副会長だって知られっかもだしよ。…………色々と、板挟みで辛ぇだろうが、ま、踏ん張り処だな、皆守。ファントムとかいう、馬鹿げた奴も登場して来やがったし」
「判ってる。すまない、気を遣わせて」
九龍を見張っている相手は、《執行委員》や《生徒会役員》だけではない、と教えられ、九龍のことも、自分のことも、気を付けろ、との忠告もされ、甲太郎は、しっかりと頷いた。
…………が。