《生徒会》の絶対の掟は、《墓》を侵す者を排除せよ、であり、それに例外は無く。
侵す者だけでなく、《墓》の存在を知ってしまった者も、墓荒らしと同等に扱い、排除しなくてはならない。
だから、改めて考えるまでもなく、九龍がそうと定められたように、京一や龍麻達とて排除の対象で、剰え、勢い余り、《生徒会副会長》との肩書きまでバラしてしまったのだから、尚のこと、なのに。
その事実を碌に考えもせず、京一がくれた忠告に大人しく耳を貸している自分が、何となく可笑しい……、と。
深く確かに頷いてから、甲太郎は軽く笑った。
自分達も排除の対象となることくらい判っている筈なのに、『肩書き』持ちに、こんな風に接するのを止めない『馬鹿な大人達』も、可笑しかった。
尤も、異形のモノ達と戦い続けて来た宿星持ちの彼等のこと、《墓守》に総掛かりで挑まれようと、勝てる自信があるのかも知れないし、実際問題、幾ら《力》があろうとも、頻繁には訪れない墓荒らしだけが相手の《墓守》では、戦い慣れしている彼等と対峙した処で、勝つことは難しいのだろうから、京一や龍麻が、自分達とて狙われる、との事実をコロっと忘れても、致し方ないのかも知れない。
だが、彼等の態度は、そう言った計算めいた物に基づいているとは到底思えず、又、各人の立場も、理解しているような、理解していないような、で。
「俺も馬鹿だと思うが、あんた達も充分馬鹿だな……」
知れば知る程、不思議な連中だ、と甲太郎は洩らした。
「年下にそう言われちまうと、立つ瀬がねえが……まあ、少なくとも俺は馬鹿だな。自分で言うのも切ないが、俺のオツムの出来は良くねえ」
彼の率直な感想に、京一は、笑いで応えた。
「あんた達は、俺の『肩書き』のことも、九ちゃんが宝探し屋だってことも、俺達の立場が相容れないってことも、俺が九ちゃんを裏切り続けてるってことも、あんた達とだって俺達は対立してるってことも、承知してるんだろうに。何で、そんな風なんだか…………。……揉め事が好きなのか? 進んで貧乏くじを引くのが好きなのか? ……何処までも、馬鹿だ」
「しょうがねえだろ、馬鹿なんだから。……この間も言ったろ? 葉佩は宝探し屋、それが何だ? お前は生徒会副会長、それがどうした? お前等がそんな風なことと、俺等とお前等の仲に、何か関係があんのか? 宝探し屋ってのは、葉佩九龍って奴の一部分でしかないし、生徒会副会長ってのは、皆守甲太郎って奴の一部分でしかない」
「そりゃ、まあ…………。だが……俺には、そんな風には…………。……俺は、自分の肩書きだとか、九ちゃんが好きなことだとか、他にも色々、翻弄されっ放しなんだと思う。自分が何をどうしたらいいのか、未だよく判らない。俺の過去とか今とかがどうだろうと、九ちゃんのことを想ってる、それだけしか判らない……」
「……何か、さ。今のお前見てっと、自分が黄龍の器だって知っちまった頃のひーちゃん思い出すよ。一生懸命耐えて、立ち向かいながらも、黄龍の器っていう部分に振り回されちまってた、あの頃のひーちゃん。……所詮、一部分でしかないモノに、振り回されんなよ、皆守。一番の望みだけを見てろよ。そうすりゃ、てめぇの中の路は間違わねえよ。……多分、な」
「一部分……。……所詮、一部分……」
──俺は馬鹿だから。
……そう笑いながらの京一の科白は、浮かべる笑いをも裏切っているように甲太郎には思えて、じっ……と彼の顔を見詰めながら、甲太郎は伝えられた言葉を繰り返してみた。
どういう訳か、彼等の言葉の一つ一つは、九龍のそれとは又別の意味と次元で、己の中に降り積もって行くと感じられるから。
だから、伝えられたそれを、何とかでも己自身のモノにしようと、甲太郎は努力して。
やっと、どうにか納得出来た時、不意に、別のことを思った。
「なあ。訊いていいか?」
「何をだよ」
「あんたは、全部がそうなのか?」
「全部がそう、って……どういう意味だ?」
「だから、その……何と言えばいいか……。敢えて言うなら、そうだな……。あんたのことが好きな緋勇も、緋勇の一部分、なのか?」
刹那、甲太郎の頭を掠めたこと──京一は、相手が龍麻であろうとも、彼を織り成す『一つ』を、『一つ』以上と受け取らないのだろうか、との思いは、彼に、そんな問いを吐かせ。
「ああ? ……お前が何を訊きたいのか、今イチよく判んねえけど……そう、だな。多分、そうなんだと思う。俺のことを好きでいてくれるひーちゃんも、ひーちゃんの一部分、だな」
京一は、首を捻りながらも、多分と答えた。
「ふーーーん……。そうか…………」
「何だよ、その、意味深な言い方は」
「いや、別に。唯、緋勇が、少しだけ不憫だな、と思ったたけだ」
「…………どうして」
「さあ?」
「……おい、皆守」
「俺は、あんたみたいに、こういうことに言葉を尽せるタイプじゃないし、あんたの想い人は緋勇で、緋勇の想い人はあんただから、唯、緋勇が少しだけ不憫だと、それだけを言っとく」
意味が解らないながらの彼の答えに、この男はやっぱり馬鹿だ、と甲太郎は断定し、意地の悪い科白を告げた。
京一に連れ去られた甲太郎のことを思いながら、九龍はほてほて、龍麻と共に歩き、歩道の片隅の、ベンチの一つを占めた。
「──そういう訳だからさ。今まで以上に、気を遣った方がいいと思うんだよね」
「この学園を卒業した、元《生徒会》関係者も、ですか。うひー! これからは、何処にいても気を付けるようにしないと…………」
ここなら大丈夫だろうと、龍麻が、京一が甲太郎にした話と似たり寄ったりのことを語ったら、九龍は仰け反るようにして、遠い目をした。
「でも、まあ………………。何て言うか、今更って言うか……。もう、来るなら来いって言うか……。それに…………」
けれど、彼は何とか笑みを浮かべて、が、直ぐに、別の意味を込めた遠い目になった。
「……それに、皆守君が傍にいるから?」
彼の眼差しの意味に気付いて、ぽそっと、龍麻は代弁する。
「…………そんなトコです。どうしても、疑いが消えないんです。今の俺には、少しでも遺跡の奥へ進む為に必要なことや思いや、甲ちゃんが好きだってことだけがあればいいのに……やっぱり、どうしてもそれを考えないでいられないんですよね…………。……大分、吹っ切れましたよ。苦しみながらでも、悩みながらでも、甲ちゃんのこと想い続ける、って、決めました。どうしたって、甲ちゃんが欲しいのは変わらないから。でも…………やっぱり、気になっちゃって。考えないようにしてても、《生徒会》の人かも知れない甲ちゃんは…………って」
「そっか……。……そうだね。………………でも、さ。葉佩君。もしも、皆守君とのことが上手くいったら、例え彼が《生徒会》関係者で、葉佩君の立場と皆守君の立場がぶつかるようなことがあったとしても、そんなに気にする事態にはならないんじゃないかな。《執行委員》の皆みたいに、皆守君の大切なモノを取り戻せれば、きっと、何かは変わるよ」
「だけど…………そうなったら、甲ちゃんと戦うってことになっちゃいません……?」
「いいじゃないか、戦ったって。葉佩君が、大好きな皆守君と添い続ける為にはそうするのが避けられないなら、戦ったっていいと思う。彼と戦って、勝てばいい。それで、一緒にいられるなら。葉佩君にはそれだけの勇気があるし。それにさ。《執行委員》の皆は、斬っても撃っても平気だったんだろう? なら、彼が《生徒会》関係者なら、その部分は一緒だよ。だったら、ぶん殴ってでも蹴っ飛ばしてでも! お互いの相互理解を深めた方がっ!」
どうしても、甲太郎の立場を疑い、気にすること止められない九龍の思いを察し、説得する風に龍麻は言って、力強く、握り拳を固めた。