「龍麻さん……。何か、ミョーー……に、実感籠ってません? 実感通り越して、鬼気迫る何かまで感じますよー? ……まあ、それは兎も角。龍麻さんの言う通り、かも知れませんよね。甲ちゃんが《生徒会》関係者で、何時の日か、俺のこと止めようと向かって来ても、覚悟決めて戦っちゃえば……。……うん。そうやって出来たらいいなあ……、とは思うんです、け、ど…………」

「………………葉佩君。……未だ、皆守君の『本当』を知るのが怖い? 彼と戦うのは、嫌なんだ?」

九龍の言う通り、鬼気迫る勢いさえ込め、握り拳固めて告げたことは、龍麻自身、やりたくても出来ない叶わぬ願望だったのは認めるが、己には出来ないそれでも、九龍になら出来る、と思ったから告げたのは本当のことで。

何故、彼はこんなにも『それ』を躊躇うのだろう、と龍麻は内心、とても不思議だった。

皆守甲太郎の『本当』を知るのは、九龍にとって、恐ろしいことなのは理解出来る。

想いを寄せた相手とは戦いたくない、という気持ちも。

だが、遺跡の奥を目指す為に彼が戦って来た《執行委員》達は、彼と戦い、破れ、取り戻された『宝』に涙し、彼との戦いは、救われる為の道だったのだと、彼に感謝を捧げ、《生徒会》とも手を切ったのだ。

だから、同じことを繰り返せば、甲太郎とて《生徒会》と手が切れてもおかしくはない、と龍麻には思えた。

────墓を侵す者と、墓を守る者、との立場を彼等は互い捨てられない。

初めから、彼等は『裏切り合う者同士』だった。

それと知りながら、甲太郎は九龍に想いを寄せて、薄々それに気付きながら、九龍は甲太郎を想い続けている。

己の立場故、倒さなくてはならない相手を。

その所為で、彼等は悩み、苦しんでいる。

けれども。

恐らくは死に繋がる排除が使命の甲太郎と、命を賭した戦いに九龍が挑むことになろうとも、そうすることで、何の躊躇いもなく彼等が想い合えるなら、寄り添い合えるなら、そうするべきだ、と龍麻は考える。

況してや、《生徒会》関係者は、《黒い砂》をその身より吐き出すまで、撃たれても斬られても死なない体なのだ、その部分に関する遠慮は要らない。

戦いに挑んだとて、九龍が勝てると決まった訳ではないが、負けると決まった訳でもないのだから。

……勝てばいいのだ。

勝てると決まってはいないが、勝てばいい。想いの為に。想い人と自らの為に。

…………九龍なら出来る。九龍になら出来る。

──と、龍麻は思うのだけれども。

九龍の性格を考えれば、一も二もなく、大好きで、どうしても欲しい甲太郎の為に、その道を選んで突き進む、とも思えたのだけれども…………。

どうにも、九龍の歯切れは悪く。

「そりゃ、まあ……。未だ、甲ちゃんの『本当』を知るのは怖いです。甲ちゃんとは戦いたくないです…………」

「あの、さ。葉佩君。君は本当は、別のことが怖いんじゃないかな。…………怒らないで聞いてくれる? ひょっとして、執行委員の皆から、救われた、って言われたり思われたりすることに、何か、こだわりでもあったりしない?」

龍麻はふと、以前、京一に、「椎名はお前に救われたと感謝していたんだろう?」と言われた刹那に九龍が見せた、不自然な間と不自然な眼差しを思い出した。

「…………………………こだわりって言うか……。……俺は、あの遺跡の奥にある《秘宝》を奪取するのが仕事で、その為に遺跡の奥へ進まなきゃならなくて、だから、皆の『宝物』を取り戻そうとか、皆のこと救おうとか思って、皆と戦った訳じゃないんで…………」

まさかな、と感じながら、龍麻がそれを口にすれば、あの時のように、九龍の視線は激しく泳いだ。

「それだけ? 『救おうと思ってそうしたんじゃない』、それがこだわり? ……でも、結果として、君のしたことはそうなった。最初の内は兎も角、今はもう君だって、遺跡の奥に進むことは、区画を守る《生徒会》の皆の『宝』を取り戻して、救うことに繋がるって、判ってるだろう? なのにどうして、そんな風に、負い目を感じてるみたいな口調で君は言うんだ?」

ふらりと流れて行った視線を追った龍麻は、「ああ、『ここ』にも問題があるんだ」と、確信し。

「…………あ、あのっ! あの………………っ。その…………。……誰にも、言わないで貰えますかっ? 甲ちゃんにも、京一さんにも、他の誰にもっ! 絶対、絶対っ!」

「……うん。判った。俺の胸の中だけに納めとく。京一にも白状しない。だから、葉佩君が何か吐き出しちゃいたいなら、言って。俺で良ければ、聞くからさ」

「龍麻さんに、聞いて欲しいんです……。………………あのですね。あの……俺…………執行委員だった皆に、救われたって言われるのが、物凄く、物凄く、負い目なんです。そう言われるのが、辛いんです……。感謝されるのが、申し訳ないんです……っ。だって……だって、俺は………………っ────

痛い所を言葉にして突いて来た龍麻に、突かれたからこそ、九龍は、ぽつぽつと、目尻に涙さえ浮かべながら、告白をした。

少しばかり、長い時を掛けて。

後三十分程で寮の消灯時間になる、という頃まで、時折ほろりと涙を流しながらの九龍の告白は続いた。

「…………そうなんだ……」

告白に、どんな言葉を返したらいいのか判らず、龍麻は、唯それだけを呟いた。

「はい…………。……他人から見たら、俺がこんな風に思うのは、大袈裟なのかもって思わなくもないです。ちっぽけなことかも知れないって。でも、俺にとっては……。況してや、相手が甲ちゃんだったりしたら…………。でもでもでも、だから俺は、甲ちゃんが…………」

そうしたら、又、ぽろっと九龍の眦から雫が一粒落ちて。

「ああ、もう、止まんない……っ。……すいません……ホントもー、龍麻さんにはみっともない処ばっかり見せちゃって……っ」

「おあいこ。俺だって、君にはみっともない処見せたし、みっともない話も聞かせちゃったし。……気にしない、気にしない」

ぽんぽんと、幼い弟を慰めるように、龍麻は九龍の髪を撫でた。

「お。いたいた、ひーちゃ……。……って、おい、どーした……?」

「九ちゃん……? 何か遭ったのかっ?」

九龍が泣き止んで、少しでも元気を出してくれればと、龍麻が彼を慰め続ければ、そこへ、京一と甲太郎がやって来て、二人は、ぐしっと目許を擦り上げる、どう見ても泣いている九龍と、そんな彼を宥めているとしか思えぬ龍麻の今にぎょっとする。

「何でもないよ。葉佩君の目に、ゴミが入っちゃっただけ」

「ゴミ、って……。ひーちゃん、言うならもっとマシなこと──

──ゴミったらゴミ。以上。もう、この話するのは禁止」

すれば、何事が、と焦った風な二人の前に、九龍を庇うが如くパッと龍麻が立ちはだかって、にっこり、極上の笑みを浮かべながら、大嘘を言って退けた。

暗に、追求するなと言う彼の、見事な笑みの中にある双眸の光は、かなり鋭かった。

「暴君か、お前は。……まあ、いいか。判ったよ。ゴミな。了解」

「…………ゴミ、な。……デカい目だからな」

龍麻のそれが大ボラであることなど百も承知だったけれど、誰の目にも、事情があったのだろうと取れる雰囲気と、龍麻の瞳の怖さに、京一と甲太郎は揃ってホラを受け入れた。

「何時も半寝惚けの甲ちゃんに比べれば、誰の目だってデカいやい」

「九ちゃん、何処を蹴られたい?」

「何処も遠慮しまーす。──じゃ、そろそろ寮の消灯時間なんで! お休みなさい、龍麻さん、京一さん。又! 甲ちゃん、行こうっ」

庇ってくれた龍麻の後ろで、グイっと強く両の瞳を拭って、ダッと、九龍は踵を返した。

「あ、おいっ。待ちやがれっ!」

その後を、甲太郎もダッシュで追い掛け。

「…………ゴミ、ねえ……」

「……ゴミ」

チロっと、互いを見遣った京一と龍麻は、それぞれ違う意味で、揃って肩を竦めた。