「今日もマミーズのカレー? それとも、売店のカレーパン? ……カレーが悪いとか、嫌いとか、そういうこと言ってるんじゃないけど、甲ちゃん、もーちょーーーっとだけ、違う物も食べない?」
「……いいだろ、俺が何食おうと。カレーはそれなりに栄養バランスがいいんだ」
「そりゃ、そうかも知れないけどさー。毎日毎日、カレー三昧って言うのもー……」
「お前、インド人に謝れ。今直ぐ謝れ」
「だぁかぁらぁ……。……っとにー。京一さんと龍麻さんに説教して貰おっかなー。…………大体さ、甲ちゃんは何で、カレーばっか食べるんだよ。何か、そういう風になった切っ掛けでもある訳?」
九龍が追い掛けて来るだろうことを見越し、過ぎる程のんびり歩を進めていた甲太郎と、トタタタタ……と彼に追い付き、肩を並べて歩き出した九龍は、昼食のメニューに関することから、甲太郎が、カレーを最愛の食物とするに至った経緯へと、話題をシフトさせた。
「………………それ、は……」
すれば途端、甲太郎の歯切れは悪くなり。
「あ! 何か、誤摩化したいことがあるなー? 白状しろ、甲ちゃん! さっきも言った通り、甲ちゃんは、嘘吐かない代わりに、言葉が足りない戦法に出るの、俺はお見通しだっ!」
隠し事があるなら教えろー! と九龍は、ほんの少しだけ足早になった甲太郎へ追い縋り、制服の裾を引っ掴む。
「やあ、丁度いい所で会ったよ」
だが、九龍が甲太郎の口を割らせるより先に、廊下の曲がり角の向こうから、黒塚が姿を現した。
「もう一人、大衆に迎合出来ない奴のご登場だ」
「大衆? 大衆になんか興味無いよ。そんなことより、僕の心を占めている関心は一つ。最近……石達が騒いでるんだ」
変わり者がやって来た、と、己も変わり者であるのを棚に上げ、チロリ、甲太郎が黒塚を見遣れば、横目で見遣られた彼は、肩を竦めた。
「お前な、アニメの見過ぎじゃないのか?」
「………………皆守甲太郎、想像力が著しく欠如、と」
最愛の、ケース入り水晶を愛でつつ、石達が、と言い出した黒塚を、甲太郎は、先程よりの表情を変えず切って捨て、黒塚は、何処より取り出したメモにて、そんな彼に対抗する。
「変なメモ取るなっ!」
「甲ちゃん、結構詩人だよー?」
「…………皆守甲太郎、時に詩人。葉佩九龍の証言より、と」
「お前等な…………」
「九龍博士は? 君は信じてくれるよね?」
「お、応! 信じるぞ、至人博士!」
「ああ、君にも聞こえるんだね、石達の声が!」
「……で、結局何が言いたいんだよ……」
黒塚の予想外の『武器』、メモをひょいっと覗き見しながら九龍は口を挟み、彼の証言を素直に黒塚は書き留め、お前達と話してると疲れる……、と甲太郎は肩を落として。
「ああ、そうだったね」
パタン、と黒塚はメモを閉じた。
「この学園の、『時の人』の話さ。──僕は探偵じゃないけどね、一連の事象には、何らかの関連性があると見てる。そもそも、生徒会が腐敗し始めたからファントムが現れたのか、それともその逆なのか……。結果的にはファントムが現れ、学園は混沌の様を呈し、石達は囁き始めた。石が、大地がざわめいている。それが何を意味するのか──。この学園で、石が沢山ある場所と言ったら、あそこしかないよねえ?」
「墓地か……? 仮に、もしそうだとして、だが何故…………」
「さあねえ……。僕は生徒会の人間じゃないから、そこまでは判らない。だけど、九龍博士にも無関係な話じゃなさそうだから、まあ、一応伝えておいた方がいいかなと思って。それだけ。それじゃ」
「判った、有り難う! それじゃ又なー!」
メモ帳を、又何処かへと仕舞い込みつつ、ファントム騒動に関する自身の考察を語り、スキップをしながら去って行った黒塚を、九龍は手を振って見送った。
「さーて、甲ちゃん、昼め──」
「──ファントムが現れたから、《生徒会》が腐敗し始めたんだとする。だが、亡霊は《生徒会》に反目してる。…………何故だ? そして何故、その理由が、あの《墓》にある……?」
「…………そりゃ、《生徒会》が守ってるのが、あの《遺跡》だからじゃないのかな」
「しかし……」
「甲ちゃん。この間も訊いたけどさ。甲ちゃんが、あの《遺跡》を、《墓》って頭から信じる理由って何? それに。今の甲ちゃんの口振りだと、幽霊さんと生徒会さん達が、反目し合うのはおかしいって聞こえるよ? ……何で?」
くるん、と振り返って黒塚を見送った体を、又、くるん、と戻し、己よりも一拍早く歩き出していた甲太郎へ、九龍は、昼飯、と言い掛けたが。
ブツブツと呟きながら、《ファントム》と《生徒会》に関する物思いに耽り始めていた甲太郎に、彼のその声は届いていなかったようで、仕方無し九龍は、考えを巡らす甲太郎に付き合いつつ、そろっと、突っ込みを入れてみた。
「…………あ? 九ちゃん、何か言ったか?」
「だから。甲ちゃんが、遺跡を《墓》だと思い込む理由と、ファントムと生徒会が反目するのはおかしいって思ってるっぽい理由を教えて、って言った」
「俺は…………そんなことを言ったか?」
「言った。そう受け取れること、甲ちゃん、たった今言った。で以て、甲ちゃんは、大分前から、あの遺跡のことを、《墓》って言う。誰が、あそこを指して遺跡って言っても、執行委員だった皆以外では、甲ちゃんだけが《墓》って言う。…………何で?」
少々不機嫌そうに、そして不安そうに九龍に突っ突かれて漸く、甲太郎は我に返り、不思議そうに彼を見詰め。
九龍は溜息付き付き、質問を繰り返した。
「……前にも言った。俺があそこを《墓》と言う理由は、《墓》だと言われたからだ。それ以上でもそれ以下でもない。ファントムと生徒会のことに関しては、その…………一寸、思うことがあって」
言い訳は聞きたくない、とでも言う風なトーンでの九龍の問いに、甲太郎は目線を漂わせる。
「思うこと、って?」
「…………肥後が、《隣人倶楽部》を始めた切っ掛けは、『白い仮面の男』──ファントムに誑かされたからだと知った時に、ふと思ったんだ」
「うん、何を?」
「ファントムの奴は、肥後が《執行委員》だと知っていて近付いた節がある。真里野の時もそうだ。真里野は、ファントムに焚き付けられて、お前と死合いをしようと考えたと言っていたし、ファントムは、お前に、雛川を人質に取ったことを、真里野の名を騙ったメールで知らせてる。真里野の正体を知らなきゃ、そんなこと出来ないだろう? ……だが、《執行委員》は一般生徒の中に紛れ込んでいて、誰がそうなのかは判らないようになってる。学園の公式資料を開いたって、執行委員の名簿は載ってない。一般生徒や教職員に、それを知るのは無理だ。じゃあ、ファントムの奴はどうやって、《執行委員》が誰なのかを知ったのか、ってことになって」
「うんうんうん。同感。それで?」
「ファントムが、真実亡霊でなく、人間ならば、の話だが。……もしも、だ。もしも、ファントムも《生徒会関係者》だったとしたら、どうだ? 現役の《生徒会役員》なら、何年何組の誰が《執行委員》なのか、知っててもおかしくないと俺は思う。だから、そうだとしたら、何故……亡霊と生徒会が反目し合うのかと、そう思って、な。況してや、その理由があの墓──遺跡にあるのは、何故なんだろうな、と……」
「な・る・ほ・ど…………」
決して九龍とは視線を合わせず、追求されたから仕方無く、と言わんばかりに、甲太郎は『持論』を語り、ふむ……と九龍も、腕を組み悩み始めた。
「それだけなんだ。……悪い、喋り過ぎたな」
「そんなことないって。大いに結構! だけど……確かにその線はあるよね。何でなんだろうなあ……」
「さあな。そんなこと、俺には判らない」
だから二人は、悩み抜いているように口を閉ざしたまま昇降口へ向かった。
…………結局。
甲太郎がカレーを最愛の食物とするに至った経緯は、《ファントム》と《生徒会》の関係の謎で、流されてしまった。