食事が終わっても、昼休みが終わっても、九龍も甲太郎も、マミーズの一席より立たなかった。

腰の上がらない二人を眺め、サボる気かと明日香は言ったが、「一寸」と九龍に笑って誤摩化され、渋々彼女は、偶然店内で行き会った同級生の女子達と共に、一足先に教室へと戻って行った。

「ねえ、甲ちゃん」

「何だ?」

「さっきの、幽花ちゃんの独り言、聞いてた?」

「……羊の群れが……、って奴か?」

「うん、それそれ」

明日香や同級生達の背が、店の入口より消えて、大分、店内が閑散となった頃、右手にコーヒーカップを持ったまま、九龍は頬杖を付きつつ話し出し、甲太郎は似非パイプを銜えて応えた。

「それがどうした?」

「ツチノコ騒動の時に、廊下でばったり大和と幽花ちゃんに会って、食事の約束したって、俺、言ったっしょ?」

「……あ。さっき、足を踏まれた礼を未だしてなかった」

「…………う。御免って。今はそれ、忘れてくれよー。──最初、大和と行き会ったんだ。で、相変らずの、徹底した超常現象否定派な大和君と、MUAの話なんかちょろっとして、大和の体調の話なんかにもなって、そしたら、窓から何か見てた幽花ちゃんのこと、大和が見付けてさ。……そこまでは、まあどうってことなかったんだけど……」

「そっから、何か遭ったのか?」

「何か、さ。大和、執拗に、幽花ちゃんが何時も窓辺で何を見てるのか、問い質したんだよ。温室を見てたのか、とか、それとも、『温室の方角』を見てたのか、とか。幽花ちゃんも幽花ちゃんで、俺に向かって、この学園の闇がどーたらとか、俺が犯してる禁忌の重要さがどーの、とか言うし。……そんなこんなで、何となく大和と幽花ちゃんがちょっぴり険悪チックになっちゃって、なのに大和は、彼女のこと食事に誘ったから、三人でなら、みたいな流れになって、幽花ちゃん、どっか行っちゃったんだけど、彼女が行ったら行ったで、大和、彼女はこの学園に隠された何かを知っている、とか言い出してさ……」

「成程…………」

「さっきはさっきで、幽花ちゃん、ファントム同盟眺めながら、あんな独り言言ったろう? だから、大和の言う通り、彼女は何か知ってるんだと俺も思うけど、俺に言わせれば、大和、お前も何か知ってるだろ! な感じでさー。何なのかなー…………」

ずぴっと、カップの中のコーヒーを啜りながら、先日の出来事を語った九龍は、ぶにっと顔が潰れる程頬杖を深くして、うーむ、と唸った。

「白岐と大和、な……。……ま、謎が多い二人だってのは、俺も認める」

手を上げて奈々子を呼び、コーヒーのお代わりを貰いながら、それ以外は何とも、と甲太郎は肩を竦めた。

「………………あの二人も、《生徒会》関係者だったりするかな?」

「それはないだろ。大和は転校生だし、もしも白岐が《執行委員》だったら、お前は、疾っくの昔に《墓》に誘い出されててもおかしくない」

「……ふむ。確かに。と、なると。何なんだろ? あの二人」

「俺が知るか」

「まーねー……。──それにしても、よく降るなー。俺も、傘買おっかな」

《生徒会》関係者とは余り思えない同級生二人に関する想像が、様々湧かないこともないけれど、今それを考えてみても、答えは出ないか、と九龍は、窓の外に目をやった。

「何だ。お前、一本も傘持ってないのか?」

「うん。カイロって、滅多に雨なんか降らないからさ。つい、買い忘れちゃってた」

「……ああ、そうか。お前はアフリカ育ちか。カイロ以外で暮したことないって言ってたっけな。……ガキの頃から、あっちなのか? お前、生粋の日本人だよな?」

ふいっと、九龍の視線が流れた先を追って、ああ、と甲太郎は頷く。

「あー……。うん、まあ。そんなようなもん、と言うか……」

「どうした。歯切れが悪いな」

と、途端、九龍はあやふやな言い方になって、おや、と甲太郎は瞳を細めた。

「いやー、その。そんな話、したって詰まんないよなー、と思ったから」

「そうでもない……と思うが? 少なくとも、俺は」

「そお? ……でも、それは又今度。六時限目、ひな先生の授業だから、出ないと叱られるー」

「……そう言えば、そうだった。…………ちっ、面倒だな……」

「ぼやかない、ぼやかない。行くぞ、甲ちゃん!」

だが、するりと話を躱して九龍は立ち上がり。

きっと九龍は、昔の話はしたくもないし、されたくもないのだろう、と見当を付けた甲太郎は、己も同じ身の上だ、と、それ以上多くを問わずに席を立った。

────十一月の雨は、未だしとしとと降り続いており、又、二人は相合い傘で校舎へと戻った。

小さな傘の下を分け合う彼等の後ろ姿は、先程よりは、遥かに自然だった。

早出勤務を終えて、雨の中、京一と龍麻がマミーズへやって来たのは、甲太郎と九龍が校舎に戻って程無くだった。

「いらっしゃいませ、マミーズへようこそ!」

「お。奈々子ちゃん。日替わり定食二つなー」

「未だ、ランチのドリンクサービス、付く?」

トレーとメニュー片手に出て来た、すっかり顔馴染みの奈々子へ、にこっと笑みながら京一も龍麻も言って、案内された席へ着き。

「はーい、日替わり定食ですねー。ドリンクサービスも、未だ大丈夫ですよー。………………あの、処で」

ピッと、手許の機械にオーダーを入力してから、奈々子はきょろっと辺りを窺い、前屈みになる。

「何だ?」

「蓬莱寺さんと緋勇さんは、皆守君と九龍君と、仲良しさんですよね?」

「え? ……うん、そうだけど。それが、どうかした?」

「実は……最近、あの二人は妖しい仲なんじゃないか、なーーーんて噂があるんですけど…………本当ですか……?」

身を乗り出した青年二人へ、そそそそ、っと奈々子は顔を近付け、好奇心旺盛そうに、聞き及んだ噂の真偽を尋ねた。

「……あ……あはははははははははは!! 葉佩君と、皆守君が?」

「あの二人がぁ? ねえよ。そんなことある訳ねえって」

問いを受けるや否や、龍麻も京一も、揃って爆笑し始めた。

「……あれ? 違うんですか?」

「違うって。そんなことある訳ない。俺達が保証してあげるよ。……ねえ? 京一」

「おう。あの二人は、猛烈仲がいいだけだっての。他人が勝手に立てる噂ってのは、ホントーに下らねえなあ」

「………………そっか。そうですよねー! そんなこと、ある訳ないですよねーっ。九龍君も皆守君も、ちょーっと格好良いなー、なーんて思ってたんで、本当にそうだったら勿体無いー、とか思ったんですよー。あははー」

青年達に、爆笑で噂を否定された奈々子は、一緒になって笑い出し、それもそうかー、と厨房へ引っ込んで行き。

「……………………噂は嘘だって、言い触らしてくれっかな、奈々子ちゃん」

「さーーーて。……ま、あれだけ笑っとけば大丈夫のような」

「だな。……俺達、嘘は言ってねえしよ」

「うん。未だ、くっ付いてないし、あの二人」

「ったく……。何処の馬鹿だ、んな噂流しやがったの。上手くいくモンも行かなくなるだろうが」

「たーーしかに。葉佩君は兎も角、皆守君、あーだからなー、性格……」

突然聞かされた、当たらずとも遠からずな噂を、内心では、うっ、と思いながら否定し、一応二人を庇ってみた京一と龍麻は、『若人の恋愛相談窓口』も、結構大変なんだなー、と溜息を零した。