とてもチャーミングな外見や性格を裏切る、必殺チョーク投げが得意技な亜柚子の授業が終わり、放課後がやって来た。

「やれやれ……。今日も、やっと終わったな。雨も止んだようだし、とっとと寮に引き揚げるか」

甲太郎のその言葉通り、強かった雨も何時の間にか上がっていて、どやどやと出て行く生徒達で、教室の入口も廊下も、ごった返しており。

「甲ちゃん、帰ろーー」

「おう」

ぼーっと立ち上がった彼と九龍も、その流れに混ざろうとした。

「うーーん……。いっつも不思議なんだけどさ」

部活に出る為、教室を出ようとしていた明日香も、彼等に並び。

「何だよ」

「皆守クンって、毎日こんなに早く寮に帰って何してるの?」

「何って、そりゃあ……。昼寝とか……、後はまあ──昼寝、とか」

「うわ、信じらんないっ。ホンット、不健康なんだから」

「俺が健康だろうが不健康だろうが、お前には関係ないだろ。それに、人にはそれぞれ自分の生活ペースってもんがあるんだ。なあ、九ちゃん?」

「関係ない、は言い過ぎではなかろーかと。俺は、甲ちゃんや明日香ちゃんが不健康よりも健康な方がいいし? ……でも、俺も帰ったら昼寝しよーっと。ふっふっふー」

「あっ。九チャンも昼寝組?」

「……お前、今夜も出掛ける気か…………?」

廊下へ出た三人は、のんびりした足取りで昇降口を目指し、他愛無いことを言い合う。

「皆守クンもさー、寝てばっかりいないで、もっと色んなことにチャレンジしてみれば?」

「チャレンジねえ……。なら今度、試してみるか。一日何時間眠れるか」

「それ……チャレンジって言う……?」

「あはははは。甲ちゃん、そんなの試すまでもないよ。甲ちゃんは多分、その気になれば、二十四時間でも寝るもん。だから、どうせだったら、一寸捻りを加えてチャレンジしたら?」

「捻り?」

「うん。校内で何時間ぶっ続けで眠れるかー、とか」

「ふむ……。……じゃあ、保健室の布団持ち出して、屋上で昼寝でもしてみるか?」

「お、それいいな。さぞかし、気持ちいいだろーねー」

「お前もやるか? 九ちゃん。今度、二人でこっそり運んでみようぜ」

「うむ、乗った! 先ず、ルイ先生の目を掠めて保健室の布団を奪取、って辺りからして、中々スリリングなチャレンジだ!」

「駄目だ、この人達…………」

歩が進むに連れ、他愛無い話は、九龍と甲太郎の馬鹿なやり取りへと移り変わって、明日香が溜息を付いた時。

ターーーーン! と、何処より銃声らしきものが響いた。

「な、何、今の……」

「……銃声、かも」

「そう遠い場所じゃないな……。行ってみるか、九ちゃん」

「うん」

「あ、待って! あたしも!」

校内で聞くには余りにも物騒な音に、ダッと、三人は駆け出した。

「目が……目が……っ! くそっ、執行委員……、生徒会だっ……。俺は唯一寸、文句を言っただけなのに……」

走り抜けた廊下の先の階段を下りようとしたら、三階の踊り場に、両手で目を押さえて踞る少年と、彼を取り囲む数名の生徒の姿があり。

「おい、そこのお前、撃った奴を見たのか?」

呻く少年を気にしつつ、甲太郎は野次馬に声を掛けた。

「お、俺は知らないっ。黒い影みたいなのがちょこっと見えただけで……。何処から何が飛んで来たかも判んねえよっ!」

「うううっ……。俺の……俺の、目が……」

「一寸見せて」

しかし、青褪めた野次馬の彼は、怯えるように後退って、訊くだけ無駄、と九龍は、甲太郎の制服の裾を引きながら、目許を押さえ続ける少年の傍らにしゃがみ込んだ。

「大丈夫だ。こめかみを擦った所為で、血が目に入っているだけだ」

少し強引に少年の手を退けさせ、怪我の具合を彼等が覗き込もうとすれば、すっと近付いて来た影が、九龍や甲太郎よりも早く、程度を確かめ、言った。

「あ、大和」

「おい、何時までもぼうっとしてないで、兎に角保健室へ運んでやれ」

「でも、こいつを助けたら、俺まで生徒会に……」

「そんなこと言ってる場合かっ!? 目の前に傷付いた同級生がいる。助けてやるのが人間ってもんだろ」

九龍達が振り返ったそこにいたのは夕薙で、彼は、怯えるだけの野次馬を一喝し、野次馬達は、少年を連れて保健室へ向かい始めた。

「全く……ここは相変らず賑やかな学園だな」

「夕薙クン、あの子、本当に大丈夫なの……?」

「ああ。大して深い傷じゃなかった。────それにしても、物騒な匂いだな」

去り行く一団の背を見送って、夕薙は呆れたように呟き、心配そうな明日香へそう言ってやってから、又、ぽつりと。

「何だよ。俺は何も匂わないぜ?」

「まあ、甲太郎の鼻は、カレーとラベンダーの違いくらいしか判らないからな」

残り香がある、そう洩らす彼に、甲太郎は首を傾げ、はは、と夕薙は笑った。

「勝手に言ってろ。で、結局何なんだ」

「決まってるだろ。硝煙の匂いだよ。どれだけ腕に自信があるか知らないが、放課後の校内で銃を振り回すような輩が、正常な法の執行者であるとは、俺には到底思えない。……葉佩。お前はどう思う? 今の《生徒会》のやり方に賛同出来るか?」

同級生をからかう為の笑いを引き摺ったまま、残り香の正体を語った彼は、窺うように九龍に問い。

「おい、やま──

──そーさねえ……。これが《生徒会》のやり方だって言うなら、賛同は出来ないなあ、俺も。でーもー? 本当に、《生徒会》のやり方かな?」

間に割って入ろうとした甲太郎を抑え、九龍は答えた。

「……どういう意味だ?」

「深い意味なんか無いよ。……但、さ。執行委員に正面切って文句言ったくらいだもん、さっきの彼も、ファントム同盟かも知れないっしょ? だったら、なーんで亡霊さんは来なかったのかなー、と思っただけ。ファントムって、生徒が執行委員に処罰されそうになると、何時も何時も、影から様子を見てたんじゃないか、ってくらいの早さで駆け付けるんだしょ?」

「………………さあな。俺に、そこまでは判らんよ。……唯、暴走する法の執行者と、幻影の如き謎の救世主、この二つを軸に、この学園の謎が益々深まって来たのは確かなんだろう。だが、葉佩。俺は君ならば、その真実に迫ることも不可能ではないと思っている。どうだい? 自信の程は」

「……大和。余りこいつを焚き付けるのは止せ」

…………持って回った言い回しを、九龍が選んだ所為だろうか。

夕薙の語りは、それまで以上に挑戦的なものとなり。

もう、我慢出来ない、とでも言う風に、苛立ちも露な声を、甲太郎が絞った。