「この学園の禁忌に近付けば、待っているのは《生徒会》による処罰だけだ。学園の真実なんて、命を賭ける程のもんじゃない」

九龍を庇うように一歩進み出た甲太郎は、何処か必死で。

「それは、葉佩が決めることであって、甲太郎には関係ないことだろう? そもそも、お前こそ何でそんなにムキになる?」

愉快そうに、夕薙はそこを突いた。

「それこそ、お前には関係ないことだろ」

故に二人は、はっきりと睨み合い。

「まあまあまあ。甲ちゃんも、大和も」

「一寸、どうしちゃったの、二人共。何だか変だよ?」

放っておいたら殴り合いに発展するんじゃないかと、九龍と明日香は、双方を宥めに掛かった。

「……確かに、葉佩のことで俺達が口論するのもおかしな話だな。──さて、と。俺は行くか。……ああ、甲太郎」

「……何だよ」

「たまには、カレー以外も食えよ?」

「余計なお世話だっ!」

彼と彼女に止められた、それを理由とした訳でもなさそうだったが、それでも、夕薙はそこで引き下がり、最後に甲太郎をからかう一言を吐いて、何処へと去る。

「大和の奴…………」

「何か、一寸おかしかったね、夕薙クン。皆守クンの言う通り、九チャンのこと煽ってるっぽくて……。……っととと。部活に遅れちゃう! じゃあ、あたしは行くけど、二人共、危ないことに首突っ込んじゃ駄目だよ。相手は銃持ってるんだからね! それじゃ、又明日!」

飄々と彼が消えれば、収まらぬ苛立ちを紛らわすように甲太郎は似非パイプを銜え、うーん、と唸りながらも明日香は、部活に行くと走って行った。

「………………ありがと、甲ちゃん」

野次馬も、同級生達も、喧噪も去った階段の踊り場の直中で、九龍は甲太郎を見上げる。

「……? 何がだ?」

「大和にあんな風に言ったのは、俺のこと心配してくれてるからっしょ?」

「……………………これ以上《生徒会》に目を付けられたら、厄介だろ。それにこの間、ちらりと、《生徒会》OBがどうのと、蓬莱寺が言ってたし……」

にっこりと笑う彼から、甲太郎は視線を外した。

「あ、あの話。うんうん。俺もちらりと龍麻さんに聞いた。まーでも、その辺は今更っぽいし、来るなら来い! って感じ?」

「開き直るな、馬鹿。……兎に角。何処に誰の目があるか判らないんだ、気を付けるに越したことは…………。──ん? ああ、メールか……」

九龍の方を見ようとせず、ボソボソと言った甲太郎は、不意に鳴り出したポケットの中の携帯を取り出し、パカリと開けた画面を覗き、内容を確認するや否や、表情を曇らせた。

「甲ちゃん? どったの?」

「……一寸、用事が出来た。──九ちゃん。もう下校の鐘が鳴ってる。俺に構わず校舎を出ろ。いいな?」

「用事? 何なら付き合おうか?」

「いや、いい。俺も用が済み次第直ぐ行く。お前が校舎を出る頃には追い付くさ」

「むう。……じゃあ、昇降口出た処で待ってるからな、甲ちゃん!」

「いいからとっとと、寮に戻れ。あんな騒ぎが遭ったばかりなんだから」

「だーいじょぶだって。じゃ、待ってるからなー、甲ちゃんっ」

「あ、おいっ。九ちゃんっ! 先帰れって!」

メールを受け取った途端、酷く暗い面になった甲太郎が気になって、どうにも一足先に帰らせようとする彼の意に反し、待ってる、と告げると九龍は、彼の制止も聞かず、階段を駆け下りた。

階段の上から甲太郎が何やら言う声は、一階に辿り着いても聞こえたが、しーらない、とさっくり無視し、昇降口で靴を履き替え外へ出て、一歩だけ、ポン、と校庭に踏み込み。

「これで一応、『校舎』は出てるもんねー。甲ちゃんの言う通り、校舎『は』出たもんねー、だ」

誰もいないそこで九龍は、一人威張った。

「校則で定められた下校の時刻は疾うに過ぎているぞ、《転校生》」

────と。

今まで、何者の気配もなかった背後から、少々威圧的な声が掛かり、こうやって、気配も悟らせない相手に背後取られるのは、さて何人目で何度目? と苦笑しながら彼が振り返れば。

そこには、そこそこの長さがあるらしい黒髪をぴっちりと纏め上げた、精悍な顔付きの、それなりに胸板のある体に黒いコートを羽織った男が立っていた。

「えーーーと……?」

「こうして顔を合わせるのは初めてだな、葉佩九龍。俺の名は、阿門帝等。この天香学園の《生徒会長》を務めている」

人物に見覚えがなく、ん? と不思議そうに見上げるだけの九龍に、男──阿門は、名と『肩書き』を告げる。

「おーー……、《生徒会長》さん。──初めまして。三年だよね? ってことは、同い年? じゃあ、帝等だな! 宜しく、帝等!」

《生徒会》のドンですか、と思わなくはなかったものの。

九龍は毎度の如く、彼へも、暑苦しい親愛を返した。

「…………それが、お前流の挨拶か? ……まあ、いい。──葉佩九龍。お前に、訊いておかなければならないことがある」

「何を?」

「教えて貰おう。あの《墓》の中で、何を見たのかを」

一瞬のみ、奇異なモノを見る色を阿門は瞳に浮かべたが、直ぐさま無表情を取り戻し、ストレートに九龍へ問うて。

「んー……。……ま、隠した処で無意味だろうから、正直に白状すると致しましょうかね。……俺が、あの《墓》の中で見たのは、遺跡。とーっても不思議な遺跡」

にぱらっと笑い、九龍は正直に答えた。

「そうか……。やはり見たのだな。あの広大なる《遺跡》に広がる闇を──。もしも、これ以上《墓》に足を踏み入れるつもりならば、《生徒会》は、葉佩九龍、お前を不穏分子と看做し、相対せねばならない」

「これ以上、だと。不穏分子と看做し、ですか」

「そうだ。…………俺の忠告に従うも従わざるも、お前の自由だ。さあ、どうする? 《転校生》」

「忠告に従うか否か、お答えする前に。……帝等、すこーーしだけ、質問に答えてくんない?」

「…………何だ」

「今までの俺も、《生徒会》から見れば不穏分子だったと思うんだけど? 実際、あの遺跡に入って《執行委員》の皆と戦ったし? なのに何で、そんな言い回し? それとも今までは、俺のことなんか、歯牙にも掛けてなかった、ってことかな?」

「どうとでも、お前の好きに受け取れ」

「ふーん。……後、もう一つ。あそこは、《遺跡》? 《墓》? それとも、《遺跡》の中に《墓》? さもなきゃ、《墓》の中に《遺跡》?」

「……それを、お前に教える必要などない。──忘れるな。もし、今度、《墓》に入るようなことがあれば、その時は、お前の身の安全は保証出来ない。残り少ない学園生活を有意義に楽しめ。……では、又会おう」

────九龍は、にっこり、と親愛の笑みを浮かべたまま。

阿門は何処までも、無表情で。

昇降口前で、二人は暫し『やり合い』、が、それは、一方的に言い切った阿門が歩き去り、終わった。