「顔を隠して、こそこそしながらでなければ何も出来ないような奴に、指図される覚えはないと思うがな」
「あ、馬鹿、甲ちゃんっ! どーしてそーゆー、挑発的なことをー!」
明らかな『揺れ』が、墨木の声に滲んだのに気付きながらも、甲太郎が彼を鼻で笑ったので、九龍は青褪めた。
「ウッ……クッ……。見ルナ……」
「何だ……?」
「……地雷踏んじゃったのかもよー…………?」
と、九龍にしてみれば案の定、墨木は身を折り苦しみ出して、チャキ……と銃を構えた。
「そんな目で!! そんな目で!! 見るナァァァァァァッ!!」
「うっ、やっぱり地雷っ!」
絶叫と共にトリガーに掛かった指先が、引き絞られつつあるのを見て、ヤバい! と九龍が焦り、銃声が鳴り響いた瞬間。
「危ないっ、九ちゃんっ!!」
九龍は甲太郎に突き飛ばされ。
校庭の地面に倒れ込んで行く、己の不安定な視界の中で、甲太郎の体が、ふいっとぶれた……ような気が、九龍はした。
「……甲ちゃん…………?」
「全く、所構わず撃ちやがって。……悪かったな、九ちゃん。鉛弾喰らうよりはマシだろ?」
「き……さまッ。何故、当たらンッ!!」
「さあな。お前の腕が悪いんだろ」
ドサリと倒れた地面と友達になりながら、今のは何だ……? と九龍が戸惑う間にも、甲太郎は墨木へと、ゆらり近付き。
「おい、お前等っ。何やってるっ!?」
「警備員室まで来て貰うよっ!!」
「ムムムッ……。葉佩、次に会うことがあれば、その時は容赦無く──撃つ」
「今だって撃ってただろ……」
「うるさいッ。部外者は黙ってイロ!! 自分の銃は……正義の、タメニ……ッ」
『不穏』過ぎる空気が場を満たした刹那、警備員のものらしき声がして、墨木は走り去って行った。
「あいつ…………っ」
「葉佩っ! 皆守っ!」
「二人共、大丈夫っ!?」
廃屋街の方へと消えて行った彼へ、甲太郎が唸れば、私服姿の警備員──京一と龍麻が、血相変えて、九龍と甲太郎の傍らへと駆け付けて来た。
「あんた等か……」
「部屋の方まで、パンパンパンパン、妙な音が聞こえたんでな。様子見に来たんだ。来てみて良かったぜ……」
「……あっ。葉佩君、血が出てるっ」
「大丈夫ですよ、これくらい。ペロって舐めとけば治りますって。……やー、お二人が来てくれたお陰で、助かりましたー……」
勤務中ではないらしいにしろ、確かに警備員ではある彼等の登場に、ほっと甲太郎は肩で息をし、銃声が聞こえたから来てみた、と言った青年達へ、立ち上がった九龍は、ぺこり頭を下げた。
「腕は兎も角、太腿なんかどうやって舐めるんだが。第一、そういう問題じゃないし」
「いいから見せてみろよ」
「すいませんー…………」
「皆守君は? 怪我ない?」
「俺は、全然問題無い」
「なら、良かった。……処で、一体何が?」
「それがですね……──」
そのまま、校庭の片隅で、龍麻と京一は九龍の上衣を毟り取り、ポッ、と京一が活剄の為の氣を灯す間に、九龍は二人へ、起きた出来事を語った。
「それは、又…………災難だったねえ……」
「災難、と言うか何と言うかー……。……ま、今日も怒濤の一日だった、って奴ですね。《生徒会長》さんにも、『ご挨拶』されちゃいましたし」
「へぇ……。《生徒会長》に、な」
事情を聞き、しみじみ龍麻は腕を組み、活剄を使い終わった京一は、竹刀袋で肩を叩いた。
「……九ちゃん。《生徒会長》は、何て…………?」
京一や龍麻の態度を気にしつつ、そろっと甲太郎は、九龍と《生徒会長》との邂逅を問い。
「…………まあ、大した話じゃ──」
「──ひーちゃん。こいつ等、頼むわ」
「……ん」
阿門が告げたことを誤摩化そうとした九龍の声を遮って、京一は、竹刀袋の中から『阿修羅』を抜き構え、龍麻は手甲を取り出しつつ、少年二人の肩を、纏めて強く押した。
「やはり生き残ったか、《転校生》よ──」
何故、彼等は急に、と蹌踉けた体を踏ん張りつつ、京一が阿修羅を構えた先を見遣った甲太郎と九龍の前に、何処よりファントムが現れた。
「思っていた通りだ。呪われし学園に裁きを下す者──葉佩九龍。我が求めていたのは、お前のような純然たる強さと欲の持ち主だ。《力》を持つとは言え、所詮墨木も《生徒会》に属する者。あの肥後と言い真里野と言い、《魂》なき者は、肝心な所で役に立たぬ」
バサリと、黒いマントを翻し、耳障りな声で高らかに幻影は言う。
「……やはり、お前が《執行委員》達を唆してたという訳か」
告白をする幻影を、甲太郎は見据えて。
「クククッ……。忌々しい《墓守》共──。その《墓守》共が我の意のままに動く様は、さながら地の誘惑に負けた天岩日子のようではないか。やがては自らの信じた天に裁かれ、五匹の鳥に葬送される哀れな者よ。だが、それでいい。天の意を汲む者など全て滅びればいいのだ」
九龍でなく、彼へと向き直りながら、再び、ファントムは高らかに言った。
「訳判んねえこと言ってんじゃねえよ。……おい、お前。そろそろ、その馬鹿みたいな仮装、止めろや」
語られた科白、耳障り過ぎる声、何よりも、『存在』から漂う陰の氣、それに京一は酷く不機嫌そうに顔を顰め、阿修羅に陽氣を乗せると、地を蹴り、幻影へと斬り掛かった。
「我は、お前達に用はない。お前達二人は、真実、招かれざる者だ」
「てめぇになくても、こっちにはあんだよ。……少なくともお前が消えれば、色々都合がいいんでなっ!」
ガン、と振り下ろされた阿修羅と、ファントムが両手に嵌めた長いかぎ爪がぶつかり、数瞬の押し合いは続き。
「消える……? 我は《ファントム》。この地の解放を、遥か太古より待ち望む者。決して、消えたりはせぬ。──又会おう、闇に魅入られし人の子、葉佩九龍よ」
「ああ、そうかよっ! ──天地無…………。……ちっ。逃げやがった」
パッと身を引き、問答無用で最大奥義をぶちかまそうとした京一の目の前で、フッ……と《幻影》は掻き消えた。
「……大丈夫か? ひーちゃん。お前等も」
仕留め損なった、と口惜しそうに京一は舌打ちし、三人を振り返る。
「俺達は問題無い」
「龍麻さんこそ、平気ですか?」
「うん、大丈夫だよ。この間程じゃない。立ってられるし。瑞麗女士に貰った符、効果絶大」
「そっか。……ならいい。…………それにしても……」
──それぞれが、それぞれを気遣いながらも。
彼等はどうしても、ファントムが掻き消えて行った方角へ、視線を送らずにはいられなかった。