唯一絶対の存在である彼を、唯一絶対の存在だからこそ『ここ』だけは折れない、と見据える京一と、京一がそうであるように、やはり、唯一絶対の存在である彼を、今だけは見遣れない龍麻の間には、嫌な沈黙が降った。

「……御免、京一。理由は、どうしても言えない。今は、言えない。…………約束したんだ、葉佩君と。京一にも、皆守君にも、他の誰にも絶対に言わないって。だから、その約束をどうしても破らなきゃならなくなるまで、俺には理由が言えない」

昼下がりのマミーズの片隅で、長らく続いたその沈黙を破ったのは、龍麻の方だった。

「…………判った。そういうことなら、それはそれでいい。今は、理由は聞かねえ。だが、本当にどうしようもなくなったら、お前も腹括れよ。……俺だって、あいつ等の邪魔なんかしたくもねえさ。葉佩が信念持って宝探し屋やってるってんなら、その結果がどうなろうと俺が口挟むこっちゃねえし、皆守とのことだって、上手くいけばいいと思ってるし、どーーにも後ろ向きで、未だに葉佩に好きも言わねえ皆守のケツ引っ叩きてぇし、多少なりとも、あのネガティブ無気力小僧が変われるんなら、兄貴風吹かせてやりてぇとも思うけど。何よりも俺が優先すんのは、たった一つだからな」

俯き加減で、少なくともそれまでよりは頷けることを言った彼に、コーヒーカップを取り上げながら、京一は溜息を返した。

「……うん。御免…………」

「いい。謝んな」

「…………うん」

だが……互い、言葉に出来る限界までを告げてしまったら、又、沈黙が下りて。

「だから何で俺が、そんな物試食しなきゃならないんだよっ!」

「言ってるじゃんっ! たいぞーちゃんと奈々子ちゃんと、マミーズの新メニュー開発に燃えてる最中なんだって! 試食の協力くらい、してくれたっていいだろ! どーしてそんなに心が狭いんだよ、甲ちゃんはっ!」

「そういうことは、今、目の前に並んでる料理の食材の出所を明らかにしてからほざけ、馬鹿九龍っ! 俺が気付いてないとでも思ってやがるのか? 食材を、お前が何処から調達して来たのか、俺が知らないとでもっ!? 俺は絶対、あれを食材とは認めないっ!」

「……何だよ、甲ちゃんだってこの間、背中にラフレシアみたいな花咲かせてる、てんとう虫体型の、潰れて歪んだ大福押し付けたっぽい顔してる『アレ』見て、『玉葱……』って言ったくせにーー!」

「似てるな、と思っただけで、食いたいと思った訳じゃないっ! 誰が思うかっ! あんなのが玉葱の代用品になれたらこの世は終わりだ、この味覚音痴っ!」

「何をーーー!! 俺の料理の腕前は、たいぞーちゃんだって奈々子ちゃんだってリカちゃんだって千貫さんだってここの店長だって認めてくれてるんだぞっ! 他の皆だって! 甲ちゃんだけじゃんか、俺の作る物に文句言うのっっ」

「不味い物を不味いと言って何が悪いっっ。悔しかったら、俺が唸るようなカレーを作ってみせろっ」

「むっきーーーーーー! 憶えてろよ! 忘れんなよ、その科白ーっ!」

生徒達は授業中である筈の今、ちらほらとしか客のいない店内の片隅で始まった、少年達の馬鹿騒ぎが、揃って複雑な顔して黙り込んだ青年達の耳に届いた。

「あいつ等、一体何時授業受けてんだ?」

「…………それは、京一が言っちゃいけない科白なんじゃ?」

「う……。そりゃ俺も、授業サボりまくりの『ふりょお』だったけどよ……。少なくとも俺は、出席日数数えてサボってたぜ?」

「そういう要領はいいもんね、京一。……ま、あの二人だって考えてるとは思うよ。葉佩君は似非生徒だから、授業なんて受けても無意味なんだろうし、サボりの常習犯らしい皆守君だって、留年も退学もさせられずに三年生やってるんだから」

「あー……。オツムの出来はいいしな、皆守の奴。葉佩から、あいつの中間テスト結果聞いた時、引っ繰り返るかと思ったぜ、俺は」

「驚いたよねえ……。無茶苦茶良かったもんなあ……。当人曰く、葉佩君のテスト勉強に付き合わされたから、何時もよりもずっと良かった、ってことだったけど。何処までホントなんだか」

二人、頬杖を付きながら、喧噪の元へと目をやって、どう聞いても馬鹿馬鹿しいとしか思えない口先バトルを展開中の甲太郎と九龍を眺め、それまでの会話と雰囲気を封印した彼等は、生ぬるー……い眼差しを湛えた。

「あっ! 龍麻さんに京一さん発見っ! 聞いて下さいよーーっ! 甲ちゃんが意地悪言うんですよーーっ!!」

少年達へ注ぐ、青年達の眼差しが余りにも生温かった所為か、ヒートアップする一方だった口先バトルの最中、九龍が彼等が店内にいるのに気付き、ダダっと駆け寄って来た。

「聞こえた。……皆守君は、絶対に食材と認めないモノ使って作った料理の試食がどうの、って」

「あんま、具体的に想像したくねえし、考えたくもねえが……所謂、ゲテモノ料理って奴か?」

「え? 違いますよ? ゲテモノなんかじゃないです、真っ当な料理ですって! ……あ、そうだ!」

激しく様子がおかしかったのはあの日だけで、それ以降は全く何時も通りに接して来る九龍が、みーみー泣き真似しつつ、盛大に訴えながら近付いて来たので、苦笑しつつ、ひらひらっと片手を振って応え、二人が遠回しに、甲太郎のあれは、意地悪じゃないと思う、と言えば。

又、ダダっと自分達の席に戻った九龍は、試食品を幾つかトレーに乗せて持って来た。

「ほらほら。これです。別に、試食すら嫌がられなきゃならないモノじゃないと思いませんかー?」

「………………あ、ホントだ」

「何だ、一応真っ当そうじゃねえか」

ポン、とテーブルに置かれたトレーの上の料理達は、イクラ丼と、少々濃厚そうな具沢山スープと、ヨーグルトと柑橘系果物がメインのパフェで、どれもこれも皆、酷く食欲をそそる香りを立てており、成程、これが試食品だと言うなら、九龍の言い分も尤もだ、何故、甲太郎はああも嫌がる? と二人は首を捻った。

「ですよねー? 全く、甲ちゃんは…………。──処で、良かったらお二人も試食してみてくれません?」

「……別に構わねえけど…………さっき皆守が叫んでた、食材がどうの、ってのは?」

「…………食材は食材です」

「何か、怪しいけど……まあ、一口くらいなら……」

…………だから。

京一も龍麻も、試食品の見てくれに騙されて、恐る恐る、箸だのスプーンだのを付けてみた。

「…………!! 馬鹿っ! 止めとけ、二人共っ!」

九龍に勧められるまま、料理を口に運んだ彼等に気付き、駆け付けた甲太郎は二人を留めるべく叫んだが、タッチの差で間に合わず。

「……俺は知らないからな…………」

「何が? 結構イケるぜ? 皆守、お前も食ってみろよ」

「ホントにホントに。美味いよ、これ。葉佩君、料理上手なんだねー」

「だから…………」

「何だよ、何がそんなに気に入らねえんだよ。お前は絶対に食材として認めねえブツってのは、お前の嫌いな食いモンってだけじゃねえのか?」

「…………嫌いなんじゃない。文字通り、俺は、その料理の食材を、食材と認めないだけだ」

「だから、何でだよ?」

「知らない方が、あんた等の為だ」

「あ、あれ? 葉佩君が例の活動で、Get treasure! ってして歩いた盗品だからとか?」

「そうじゃない。…………本当に、俺は知らないからな。安請け合いして食って、挙げ句食材の出所を知りたがったのは、あんた等だからな」

二口、三口、と箸を進める二人へ、俺は悪くない、と主張しつつ、深い憐れみの表情を拵え、甲太郎は耳許で、食材の正体を明かした。

…………途端。

京一と龍麻の手から、カラカラ……っと、箸が零れ落ちた。