ちょっぴり青褪めた顔で、口直しにコーヒーをがぶ飲みしつつ、京一と龍麻は、自分達のテーブルへ席を移して来た甲太郎と九龍を軽く睨んだ。
「葉佩……てめえ…………」
「皆守君も、正直に教えてくれなくてもいいじゃん……」
「でも……食材は食材ですよ?」
「俺は言った。この馬鹿が拵えた物を安請け合いして食った挙げ句、食材の出所を知りたがったのはあんた等だって」
だが、睨め付けられても、九龍も甲太郎も、せーのでそっぽを向き。
「あのバケモンの、何処が食材なんだよ。食いモンとして見るんじゃねえ、化け物をっ! カタカタ動く骸骨から出汁取るか? 普通は取らねえだろっ!?」
「あーー……。どーしよ、思い出しちゃったよ、カサカサ言う昆虫みたいな奴の顔……。あれの卵のう…………。美味かったから、余計腹立つー……」
ダンッ! とコーヒーカップをテーブルに叩き付けて、青年達は怒鳴る。
「やだなー、三人共。そんなんじゃ、何時かやって来るかも知れない食糧危機の時代も、サバイバルも、生き残れないっ!」
「食糧危機時代やサバイバルを生き抜くのと、化人を食材と看做すか否かは、全く別次元だ、馬鹿九龍」
「そんなことないー! お腹を満たせる物に、分け隔てはないっ!」
「……もういい、黙れ、お前等…………」
「頼むから、試食会のことは忘れさせてくれない……?」
けれども、九龍は決して持論を曲げず、先程の口先バトル時のエキサイト具合を引き摺っていた甲太郎は声高になって、げんなりと、青年達は項垂れた。
「悪い……」
「……えーーと。一応『は』、反省してます」
彼等の様子に、九龍は固より、甲太郎までが、シュン……となり。
「で、でもヨーグルトパフェは。あれは、素直に美味しかったんじゃないかなー、と。ねえ? 京一」
「……ま、まあな……」
「あっ! あれは自信作なんですよっ! 初恋パフェって名付けようかと!」
余り言っても可哀想だから、と青年達が仏心を出せば、あっという間に九龍は立ち直った。
「ホントーーーーーーー……に、お前のネーミングセンスは……」
「可愛いっしょ? 可愛いっしょ? たいぞーちゃんと奈々子ちゃんには受けが良かったんだ、『初恋パフェ』って名前。店長がホントにメニューに載せてくれたら、『意中の人と一緒に食べれば恋が叶う!』ってデマ流そうかと思ってるんだー。……売れそうじゃん?」
「……何処まで馬鹿なんだ、お前は」
「いや、実はさー。剣介、マジで月魅ちゃんのこと好きみたいだからさ。こーゆー、細やかなお膳立てはどうでしょうか、と思ってみたり」
一応殊勝そうにしてみせた態度も、ケロッと元に戻し、甲太郎の突っ込みも何のその、えへへー、と初恋パフェを眺めながら、九龍は微笑む。
「………………他人のことより、自分のことが先なんじゃ?」
その、能天気過ぎる笑いから視線を逸らせて泳がせて、ボソボソっと龍麻は言った。
「はい? 何ですか? 龍麻さん」
「何でもない。あの、剣術だけに生きてるような武士殿も、健全な少年だったんだな、と思っただけ。…………処でさ、葉佩君」
「はい?」
そうして、人様の恋愛より、自分の恋愛を先に何とかしたらどうだ? と、思いっっ切り己を棚に上げての呟きには気付かず、ひたすらニコニコと笑む九龍を、京一と甲太郎が、目の前に置いておくのも嫌だったらしい試食品を、呼んだ奈々子に片付けて貰っている隙に、ちょいちょい、と彼は素早く手招き。
「葉佩君の方は、どうなってるの?」
顔近付けて来た九龍へ、ボソボソボソボソ、奈々子と何やら喋っている二人には聞こえぬように囁いた。
「……えっ? あーーー、そーーれはーーーーーー…………。……ま、まあ、それなりにはいい雰囲気ですよー? 友人として、ですけどー……」
「ふうん……。どういう風に?」
「えっと……。口ではあんな風に言いながらも、何だ彼
「…………ふぅぅぅぅぅぅん…………。な・る・ほ・ど。────葉佩君。俺の、心底からの忠告。ぜっっっ……たいに、何が遭っても、雰囲気に流されたら駄目だよ。何が何でも『順番』は守った方がいい。徹底死守。それだけは勧める」
「……? どういう意味ですか? 龍麻さん。今イチ、龍麻さんの言いたいことが……?」
「大丈夫。永遠に判らないままでも構わないし、判る日が来たら、まあ、それはそれで」
「うーーーむ……。益々判りません……」
隣を目一杯気にしながら、龍麻にも聞き取り辛かった程のトーンで九龍が答えれば、龍麻は何やら会得したように頷きつつ、不必要なまでに熱を込めて『忠告』をし始め。
言ってることが『忠告』なのは解るし、ここまで熱込めるってことは、京一さんとのあれやこれやに基づく龍麻さんの実感って奴なんだろうけど、肝心の、『順番』は守れの意味が謎だ、と九龍は小首を傾げて腕を組んだ。
「九ちゃん? 何の話をしてるんだ?」
「……え? えっと……剣介と月魅ちゃんの話の続き」
と、隣席から漂い始めた悩む風情を察知した甲太郎が、京一や奈々子としていた話を止めて振り返ったので、訳は判らぬまま、取り敢えず、と九龍は彼を誤摩化し。
「物好きと言うか、世話好きと言うか…………」
言い訳を素直に信じた甲太郎は、渋い顔をした。
「甲ちゃんには言われたくないなー……。……って、それよりも。少なくとも初恋パフェは受けが良かったから、校舎戻ってたいぞーちゃん捕まえて、レシピを纏めるっ。行くぞ、甲ちゃん! ──京一さんも龍麻さんも、ご協力どうもですっ!」
「はあ? 何で、俺がそんなことに付き合わなきゃならないんだよ。そんなかったるいことするくらいなら、寮に戻って俺は寝る」
「まーまーまー。カレーのレシピも練るから、付き合ってよ、甲ちゃん。ほらほらっ!」
「…………っとに……」
「頑張れよー。たまには授業にも出ろ?」
「じゃあね、又ね、二人共」
そう簡単に、甲太郎が拵えた渋い表情は消えなかったけれど、これっぽっちも気にせず九龍は彼を引き摺るようにマミーズを出て行き、青年達は、校舎へと駆けて行く二人を見送る。
「俺達が直接関われる戦いだってなら、又、話は別なんだろうけどな……」
「そうだね……」
もう直ぐ、黄昏色に染まるだろう学内の向こうに、少年達が消えた直後。
何時までもその背を見遣っていた京一は、ぽつりと呟き。
洩らされた呟きに、龍麻もぽつりと返した。