恐怖の試食会から十日程が過ぎた、十一月二十二日、火曜。

学園は朝から、浮ついた賑やかさに包まれていた。

天香学園では毎年この日に、生徒会長の主催で、午後九時頃から午前零時頃までの、『夜会』と銘打たれた生徒だけのパーティーが開かれる。

だが夜会は、誰もが好き勝手に参加出来るというものではなく、招待状を受け取った生徒だけが参加資格を有する形式で、どういう基準で招待状を送る生徒を選んでいるのか知る由もない一般生徒達の中には、《生徒会》にも教師達にも公認で夜更かしが出来る招待状が自身に舞い込むのを、秘かに期待している者も少なくはなく。

持たぬ者は皆無に等しい携帯に、メールでの招待状が届いたの届かないのと、少年少女は皆、朝のホールムール前から夜会の話ばかりをしていた。

そんな、一日中生徒達の話題の種だろう夜会の招待状は、九龍や甲太郎や明日香にも届いており。

「皆守クン、本当に行かないの?」

「夜会なんて面倒臭いものに参加するくらいなら、部屋で寝る」

「まーた、そういう無気力なことを……。折角の招待状なのに。選ばれた人の所にしか来ないんだよ? 招待状」

これ以上遅刻したら亜柚子に呼び出しを喰らうと、九龍に引き摺られるまま渋々、ホームルームに間に合うように登校して来た甲太郎が、寝不足から来る不機嫌さも隠さず、朝、明日香が招待状の話を始めるや否や、夜会になんか興味無い、ときっぱり言い切ったものだから、ご多分に漏れず、今宵のことで盛り上がっていた明日香は、三時限目の体育の授業中である今も、グランドの片隅で甲太郎を捕まえ、九龍も巻き添えに、行こうよ、と説得していた。

「関係ないね。そもそも、その選ばれる基準ってのは何なんだよ」

「それは……判んないけど。でも、九チャンは行こうかなー、って言ってるんだし、あたしも行ってみたいもん。皆で行こうよ! きっと楽しいよ? ねえ? 九チャン」

「あー……。うん、まあ、皆で行った方が楽しいは楽しい、かな?」

「俺は楽しくない。行きたきゃ勝手に行け。……大体、《生徒会長》主催の夜会が、只の夜会の訳ないだろ……」

「え? 何? 皆守クン、今何て言った? 御免、聞こえなかった」

「何でもない。……兎に角、俺は行かない」

しかし甲太郎は、鬱陶しそうにガリガリと髪を掻き乱して、再度、きっぱり宣言し。

「そりゃそうと、八千穂。何でお前がこっち来てんだよ。女子はあっちで陸上だろうが」

シッシッ、と朝からしつこい明日香を追い払いに掛かったが。

「残念でしたー。今、順番待ちなんだ。皆のシュート練習見て、時間潰そうかと思ってさ。頑張れー、二人共」

ベーー、と舌を出して彼女は笑った。

「うん、頑張って来るねー、明日香ちゃん」

「……ふん、シュート練習なんかやりたくもない。大体、サッカーのシュート練習なんて、何の役に立つって言うんだ。反射神経を養うのか? それとも将来Jリーガーでも目指すのか? 不毛だ…………。音楽より地学より物理より体育のシュート練習は確実に致命的に不毛だ。あー、怠い……」

「あ、甲ちゃんは、音楽よりシュート練習の方が嫌なんだ。この間先生に、どストレートに、『皆守君は、歌うことが苦手なのね』って言い切られちゃった音楽よりも嫌なんだ。ほうほう」

「……………………九ちゃん……? お前、何が言いたい……?」

「別にー。唯、甲ちゃんは、低めの甘い系なとってもいい声してるのに、音痴だなんて勿体無いなー、と思っ……。──御免っ! 御免ーーー、だから蹴るなーーー!」

「蹴り飛ばされるようなことを言ったのはお前だっ! 人が気にしてることを、ずけずけ言いやがってっ!」

折角明日香が応援してくれているのに、ブツブツと文句ばかり言い出した甲太郎を叱る代わりに九龍はからかって、序でに彼の地雷を踏み抜き、ジャージの背中に足跡が付く程、音痴な彼に蹴り上げられた。

「一寸したお茶目だったんだよぅ……。……でも……そっか。甲ちゃんは甲ちゃんなりに、歌が下手なのを気にしてたんだな」

「……そーかそーか。もう一発喰らいたいか」

「葉佩ー、皆守ー。お前達の番だぞー。何やってる? 早く準備しろー」

「…………あっ! 甲ちゃん、ほらセンセーが呼んでる!」

おーーーー……、と同級生の男子達が思わず感嘆の声を上げたくらい、見事に蹴り飛ばされ吹っ飛んでも、九龍は懲りなかった。

故に、甲太郎のこめかみにははっきりと青筋が浮かんで、からかい過ぎたっ! と九龍は、掛けられた体育教師の呼ぶ声を、盾にして逃げた。

「ちっ……。後で覚えてろよ」

「判ったから、ほら、甲ちゃん早く!」

「うるさい、判ってる。──……究極に無駄な時間だが、お前相手にやる以上は手なんか抜かないからな」

『制裁』を一旦お預けにするしかなくなって、舌打ちしたものの甲太郎は、直ぐさまニヤリと笑み。

「ふっふっふっ。俺も抜かないー。勝負だ、甲ちゃんっ!」

九龍はふんぞり返って、この勝負、受けて立つ! と宣言した。

「お前から蹴りな」

「おうっ。絶対決めてやるからなーっ」

そうして、甲太郎はゴールポスト前に、九龍はシュート位置にそれぞれ着き。

「甲ちゃん。ドライブシュートとタイガーショット、どっちがお好み?」

「……何だ、それは。何かのアニメか? 何でもいいから、とっとと蹴れ」

「ノリが悪いなあ……。……ま、いいや。じゃ、必殺ドライブシュートということで! 行っくぞーーー!」

真剣に、本気で、甲太郎の立ち位置から最も遠い角目掛けて、九龍はシュートを放った。

器用に、そこそこの回転がボールに加わるように、『小細工』までして。

「甘いな」

が、彼の中では、弧を描き、華麗にゴールポストに吸い込まれる筈だったボールを、甲太郎は事も無げに捕ってみせ。

「そんなヘナチョコ球で、俺から点を奪おうなんて百億万年早い」

「嘘っ! サッカー部の奴と遊んでた時だって捕られなかったのにーーー!」

信じらんない! と九龍は仰け反った。

「ま、相手が俺じゃなきゃ決まってたかもな。それじゃあ、次は俺の──

──皆守クンっ! 危ないっ!」

悔しがる彼を、ふふん、と鼻で笑い、無意識にサッカー部所属の同級生達を落ち込ませてから、交代しようと甲太郎は動き出し、彼の死角から、何処より飛んで来たボールが迫っているのに気付いた明日香は、叫びを上げた。

「ん? ──ぐはっ!」

「みっ、皆守クン! 大丈夫……?」

「わっ! 甲ちゃん!」

「痛ててて……。誰の蹴ったボールだ! この野郎っ!」

ボールの直撃を受けて倒れ込んだ甲太郎に、明日香や九龍が駆け寄れば、転けた当人は、頭を押さえて立ち上がり、盛大に怒鳴った。

「あ、大丈夫そう……?」

「…………うん。甲ちゃんだし」

「……? 皆守クンだから、って? 皆守クン、そんなに頭固いの?」

「悪い悪い。まさか当たるとは思ってなかったんでな」

逸早く、飛んで来るボールを見付けて明日香が叫んだ時、甲太郎が確かに一瞬だけ、死角からのそれを避けるべく体を動かし掛けたのが九龍には判って、でも、直撃を受けたのも確かで、良かった、と胸を撫で下ろした明日香の傍らで、わざと避けるの止めたのかなあ……、と『余計なこと』を彼が考えていたら、悪びれた風もなく、ボールの蹴り主──夕薙がやって来た。

「大和ー……。てめぇのゴールはこっちじゃないだろっ」

「ちょいと脚が滑ってな。お前なら避けるだろうと思ってたんだが。……考え事でもしてたのか?」

しれっとしている夕薙に、甲太郎は目一杯低い声で噛み付くように言ったが、欠片も反省している様子を見せず、夕薙は、甲太郎なら避けて当然の筈だ、と言わんばかりに、なあ? と九龍を見た。