「甲ちゃんだって、背中に目が付いてる訳じゃないしなあ……。いきなりは無理なんでない?」
「何だ、甲太郎は、ボールが飛んで来たのに気付いてなかったのか?」
「気付く訳ないだろっ! 全くふざけやがって……」
求められた同意に、少々力込めて九龍は否定を返し。
ふうん……、と夕薙は、九龍と甲太郎を見比べ。
ムッとしている風に、甲太郎は有らぬ方を見た。
「…………? え、えっと……。そう言えば、夕薙クンは夜会の招待状、来たの?」
そんな三人の間に、何処となく『不必要』な雰囲気が流れ始めたように明日香は感じて、何だろう? と思いつつ話を変える。
「ん? ああ、まあ……。来たには来たが……」
「あれ? 夕薙クンも行かないとか?」
「…………君達はどうするんだ? 招待状は来てるんだろう? 甲太郎が、そんなものに行くとは思えないが……葉佩、君は?」
すれば夕薙は、あー、と少々歯切れ悪くなって、自分のことはどうでもいいと、九龍に話題を振った。
「んー、行こうかなー、とは思ってるけど」
「そうか。まあ、気を付けて行って来るといい。折角選ばれたんだ、行かない手はないと思うぞ」
「夕薙クン、気を付けろ、ってどういうことなの……?」
多分行くとは思う、と曖昧な答えを九龍が返せば、夕薙は引っ掛かる言い回しをし、明日香は首を傾げ。
「俺も、正確な所は知らないんだがな、唯、この学園の支配者が選ばれた者だけを集め何をするつもりなのか、気に掛かる」
「成程ねぇ……。夕薙クンも、色々難しいこと考えてるんだね」
「お前が何も考えてなさ過ぎなんだよ」
続く話題が気に入らないのか、甲太郎は相変わらずムッとしたまま言った。
「うー、そんなことないもんーっ」
「処で明日香ちゃん。幽花ちゃんは? 最近、二人でいること増えたっぽいのに」
「あ、あんまり調子が良くないみたいで、体育始まる前に保健室に行ったの。未だ保健室で寝てると思うんだけど……。大丈夫かな…………」
「じゃあ、チャイムも鳴ったから、お見舞い行って来たら?」
「うんっ! 今度はあたしがお見舞い行く番だもんっ!」
「幽花ちゃんに宜しくねー、具合悪いとこに、あんまり大勢で行っても悪いからさ」
「判ってる、白岐サンにはちゃんと伝えとくから! じゃ、行って来るね!」
唯でさえ甲太郎は、夕薙に対して何か構えている節があるのに、お好みではないらしい夜会の話がこれ以上続いたら、甲太郎の機嫌は益々下降線を辿る、とガラっと九龍が話を変えたら、丁度そこで、体育の授業終了を告げるチャイムが鳴って、明日香は駆け去って行き。
「無駄に元気だな、あいつは」
「そこが、八千穂のいい所だろ」
「それしか取り柄がないだけだろ。あいつがいると、うるさくて敵わない」
「……本当に素直じゃないなあ、お前は」
「どういう意味だ……」
「甲ちゃんが素直じゃないのは、デフォルト」
「九ちゃん、お前は本当に凝りないな。……さっきの分と纏めて、蹴り飛ばしてくれる」
残った三人は、同級生らしい話題に興じ掛けたけれども。
「噂の《転校生》も、こうして見る分には普通の学生さんですね」
「ふふっ。でも、いい男は何を着てても様になるわ。……いい男って言うよりは、可愛い、って言った方が正解かも知れないけど」
明日香を見送っていた彼等の背後から、九龍は聞き慣れぬ男女の声が掛けられた。
「えーーと、何方様で?」
「お前等は……」
ん? と振り返った先にいたのは、長い黒髪をした、物静かそうな男子生徒と、赤い髪をした派手な感じの、美人でナイスバディな女生徒と、阿門の三人で、《生徒会長》とその取り巻きという図式か? と九龍は目を丸くし、甲太郎は然りげ無く一団から目を逸らした。
「……あ。帝等もいる」
「《転校生》。どうやら俺の忠告は、お前にとっては意味が無かったようだな。あの時、俺が言ったことを忘れた訳ではあるまい?」
「忘れてないよ。但、素直に従う訳にはいかないかなー、ってだけで。……御免ね? 折角の忠告だったのに。いやー、帝等の『厚意』は無碍にしたくなかったんだけどー」
九龍と、甲太郎と、夕薙を順番に一瞥した阿門は、一歩だけ九龍へと踏み出し、何処か威圧するように言ったけれど、プレッシャーを掛けられた当人は、へらっと笑ってそれを流した。
「厚意……? どういう意味だ、それは」
「……予想以上に天然な《転校生》ですねえ……」
「何だっていいわよ。可愛い子だってことには代わりないわ」
彼の笑みと言い回しに、阿門は僅かばかり不思議そうに目を見開き、取り巻きの二人は、それぞれ彼への感想を洩らして。
「……今日の夜会は、お前にとっても特別なものになるだろう。必ず参加することだ。では又、今夜」
これ以上話しても無意味だと思ったのか、九龍の反応が理解出来なかったのか、阿門は、夜会への参加を念押しすると、二人と共に去った。
「あれが《生徒会役員》か。流石に《執行委員》とは貫禄が違うな」
「貫禄ねえ……。まあ、確かにあれが三人揃ってると、圧倒的に傍に寄りたくないがな」
「だが、普段廊下で見掛けることの出来る顔触れじゃない。葉佩、君は彼等に興味があるんじゃないのか?」
「そりゃ、まあ。興味はあるよ。でも、或る意味では興味無い。……でも、そうかあ。あれが、《生徒会役員》かあ……。ふーん……」
グラウンドを横切り、校舎の方へと行く役員達を目で追い、夕薙も甲太郎も九龍も、言いたいことを言い。
「興味があって、興味が無い?」
「うん。あるけどない。……そりゃそうと。甲ちゃーん。こーたろさーん?」
「…………判ったよ。教えろって言うんだろ? っとに……。────《生徒会長》の阿門は判るな? この間会ったんだろう?」
えへーー、と期待に満ちた眼差しで九龍は甲太郎を見て、仕方無い、と頭を掻きながら甲太郎は、九龍のリクエストに応えた。
「うん。帝等はバッチリ! ……で?」
「《阿門》と名が付く奴は、何時の時代にも必ずこの学園に存在するらしい。まあ、敷地内に屋敷があるくらいだし、学園の創立者一族だから、それも当たり前か」
「ふんふん」
「髪の長い男が、《会計》の神鳳充。弓道部の部長をやってて、碌に授業に出ない割には、学年一の秀才って話だ。ド派手な女の方は、《書記》の双樹咲重。あれで水泳部だって言うんだから、或る意味驚きだな。あの見た目に骨抜きにされる奴も多いが、今も昔も阿門しか見えてない、厄介な女さ」
「ほっほう。神鳳充に双樹咲重、ね。……充に咲重ちゃんだな。うむ!」
「…………お前はどうして、誰彼構わず、そうもフレンドリーなんだ?」
「いいじゃん。友達は多い方が」
「《生徒会役員》が、友達、なあ…………」
乞われるまま、ざっと甲太郎が役員達のことを説明すれば、ふむふむ、と九龍は頷き、当人達はいないにも拘らず、何時もの親愛を迸らせ、故に甲太郎は項垂れ。
「……それで終わりか?」
終わり掛けた話に、夕薙が待ったを掛けた。