彼が告げたことの意味が判らず。
「あ?」
「何がだよ」
「《役員》は、未だ他にもいたと思ったんだが」
九龍と甲太郎が揃って小首を傾げたら、夕薙は、《役員》は他にもいる、と言い出し。
「あー…………、そう言えば、《副会長補佐》なんて、ふざけた役職の奴がいたな。──噂をすれば、何とやら、だ」
阿門達がやって来た方向を、甲太郎は顎で杓った。
「待って下さいってば! 一寸センパイ方! 待って下さいよっ!! 俺の話聞いてんすか!? くそっ……」
「彼が、《副会長補佐》?」
「ああ。確か、二―Aの夷澤凍也、だったかな」
「ふーん」
甲太郎が言う方を見れば、眼鏡を掛けた、何処となく生意気そうな雰囲気の漂う下級生男子が、必死の顔で《役員》達を追い掛けており、ああ、思い出した、と夕薙は、彼の名前を九龍に告げる。
「──ん? ……何見てんすか。俺に何か用でも?」
「やっほーーー。別に、用と言う程のことじゃ」
「はあ……。用がないなら失礼しますよ、《転校生》のセンパイ。あ、言っときますけど、オレは何の得にもならない争いをするつもりはないんで」
同級生に名を教えられた彼のことを、じっと見遣る九龍の視線に気付いたのか、彼──夷澤は急がせていた足をわざわざ止め、挑発的に言い置くと、又、《役員》達を追い掛けるべく、走り去った。
「得にもならない、ねえ…………」
「彼が、二年生で唯一の《生徒会役員》か。確か二年にして既に、ボクシング部では最強を誇っているそうだが。どれ程の実力の持ち主なのか、気になる処だな」
「それより俺は、あいつの性格の悪さの方が気に障るがな」
「ありゃ。甲ちゃんは、ああいうタイプの下級生は嫌い? 結構、可愛いと思うけどな。忠犬ハチ公みたいで」
「忠犬ハチ公……。駄犬の間違いじゃないのか?」
とっとと言ってしまった夷澤のことを、三人は、又、言いたい放題言って。
「ま、どうでもいいか。それよりさっさと着替えに行こうぜ」
「そうだな。急がないとジャージで次の授業を受ける羽目になりそうだ」
「そだね。……あー、お腹空いたー……」
四時限目の為に、揃って更衣室へと向かった。
一足先に着替え終わった九龍は、一階の校舎入口で、甲太郎達を待っていた。
「おっそいなー、甲ちゃんも大和も……。喧嘩しながら着替えてんのかなー」
中々やって来ない二人に焦れて、むうっ、と彼は校舎の壁に凭れ、冬の色を濃くさせ始めた空を見上げる。
「それにしても……《副会長補佐》、かあ……。ちょーっと変わった役職だよなあ。でも……補佐がいるってことは、副会長さんは別にちゃんといる、ってことで。……何処の何方でしょうかねー、《副会長》さん…………」
流れる雲を目で追い、先程の邂逅を思い出し。
彼は一人ぼやいた。
「あーもー、止め止めっ! 考えてなんかやるもんかーーー!」
頭の片隅で始まってしまった想像は、どんどんと、九龍にとっては望ましくない方へ流れ、考えたくもない、と彼は強く頭を振った。
「アノ……葉佩サン?」
と、一人悶えていた彼に、片言の日本語が掛けられた。
「お? うん、葉佩だけど?」
「ヤパーリ! ボク、アナタ知ッテマス。葉佩九龍サン……。ボクハ、トト、イイマス。ドウゾ、ヨロシク」
「おう! こっちこそ宜しく!」
声掛けて来たのは、アラブ人らしき少年で、宜しくと言われたからには! と九龍は、何時もの溢れる親愛を返し。
「ハ、ハイ。アリガト、ゴザイマス。アノ、アナタ、海外カラ来タ、聞キマシタ。エジプト行ッタコト、アリマスカ?」
ホッとしたように、トトと名乗った彼は話を続けた。
「行ったことがある処か。俺、カイロに住んでたんだ」
「ワラッヒー!? エジプト、ボクノ故郷! トテモトテモ、イイトコ。ボクノ名前、エジプトノ神様ト同ジ。父サン、ツケテクレマシタ。トテモ賢イ、時ノ神様。コノ名前、ボクノ誇リデス……」
「時の神様……。……あ、ジェフティメス?」
「ソウデス、ソウデス。葉佩サン、判ッテル。……デモ、古代エジプトノ神々ハ、モウ忘レ去ラレテシマイマシタ……。エジプトハ、カツテ、幾度モ他民族ニ占領サレテキマシタカラ……。……人ハ自分ト異ナル者ヲ怖レ、憎ミ、ソシテ争ウ……」
「そうかも知れないけど……でも、人はそれだけが全てじゃないよ。エジプトの神々だって、完全に忘れ去られた訳じゃない。今でも、ちゃんと生きてるじゃんか。な?」
「……人ハ誰モソノ業カラ逃レルコトハ出来ナイ……。例エ貴方ガ、ドレ程慈悲深イトシテモ、人デアル以上ハ」
「………………トト?」
「《墓守》トシテ、アナタニ、ヒトツ──言葉ヲ送マリス。王ノ眠リヲ妨ゲル者ニ、死ノ翼触レルベシ……」
「……は? 《墓守》? ちょ……一寸待て、トトっ。何でしょうか、その唐突な展開っっ」
恐らく留学生なのだろうトトが自分に話し掛けて来たのは、転校生は帰国子女と聞いたからだろう、と思っていたのに、段々、彼の話も口調も、徒ならぬ雰囲気を帯び始め、挙げ句の果てに、《墓守》として、と告げられ、九龍は、いきなり過ぎた話と告白に慌てた。
「悪い、九ちゃん、待たせたな」
「ア……。ソレジャ、ボク、失礼シマス。アナタガ、『三人目』ニナラズニ済ムコトヲ、アラーニ祈ッテマス。デハ、マタ、今夜──」
しかし、そこへ甲太郎がやって来た為、そそくさとトトは去り、九龍はそれ以上彼に言い募る機会を逸してしまった。
「『三人目』って、何だー……?」
「今の……、A組の留学生か? お前はホント、直ぐ誰でも知り合いになるな」
「いやー、そんな暢気な話じゃ……」
慌てている足取りのトトを視界の端に見て、甲太郎は呆れ顔を作ったが、そんなんじゃない、と九龍は事情を語る。
「はあ? あの留学生も、《墓守》だってのか?」
「うん。《墓守》として、俺に一つ言葉を送るって、はっきり言ったんだ、トト。王の眠りを妨げる者に、死の翼触れるべし、って。俺が、『三人目』にならずに済むことを、アラーの神に祈ってる、なんてことも言ってたっけ。……何なんだろ、三人目、って」
「…………九ちゃん。お前、今夜の夜会に行くの、止めろ」
訳を聞き、甲太郎は似非パイプを銜えつつ、だと言うならと、夜会行きを止めに掛かった。
「でも、帝等も絶対来いって言ってたし。行ってみたら、何か判ることもあるのかなー、って気がするんだよねー」
「だからって、わざわざ飛び込んでやる必要は無いだろ。何か判る『かも知れない』と、お前自身と、秤に掛ける必要なんてない」
「………………ま、ね。……ま、もう一寸考える。午後九時は、何時間も後だしさ」
──でも。行くな、と真剣に止めて来る彼へ、九龍は、曖昧な答えしか返せなかった。