黄昏色も消えそうな放課後の歩道を一人行きながら、九龍は、甲太郎のことを考えていた。

四時限目の授業に出席しようと、二人廊下を歩いている時、ジャージから制服へ着替え終わった途端いなくなってしまった夕薙への文句を吐いた直後、甲太郎が、

「なあ……九ちゃん。人を信じるってのはどういうことだ? 例えばお前は、俺のことを──信用してるのか?」

と尋ねて来た時のこととか。

三年C組の教室を目前にした時、たまたま行き会って、授業に出ようとしている甲太郎に仰天し、「サボりの代名詞、屋上の支配者とまで言われた君が、自主的に授業に……」と言って退けた黒塚に、追い打ちを掛けるように、彼が説教をされた時のこととかを。

────信用しているのか? と彼が問うから。

「決まってるじゃん。俺は、甲ちゃんのこと信じてる。甲ちゃんのことも、甲ちゃんが言ってくれた、守ってやるって言葉も、信じてるよ」

と、九龍は答えた。満面の笑みを湛えて。

……すれば。

「……………………馬鹿だ馬鹿だと思ってたが、お前、ほんっとに馬鹿だな。そんなお前に訊いた俺も馬鹿だった。あー、くそっ……」

何故か甲太郎は、苛立たし気に、ぐしゃぐしゃと自身の髪を掻き乱した。

隕鉄を拾ったのだと、ご機嫌な様子で、隕鉄や、隕鉄が帯びる磁力の話を語った黒塚へ、甲太郎が鬱陶しそうに適当なことを言ったら、

「皆守君だって、カレーには詳しいじゃない。いいんじゃないの? 好きなことの一つや二つ、誰にだってあるでしょ? その好きなことに対して誰にも負けないくらいの知識持ってるって言うのは、誇っていいことだと思うよ」

と、返されて。

「カレーのことを引き合いに出すな」

そこでもやはり、何故か甲太郎は、酷く苛立たし気に、黒塚の説教に耳を塞いだ。

「何でなんだろう…………」

……だから。

甲ちゃんが抱えてることは、《生徒会》関係者なのに俺の傍にいる、ってことだけじゃないのかな……? と九龍は物思いに耽っていた。

だけれども、考えてみた処で答えなど見付からず。

「はあ…………。取り敢えず、宇宙刑事んトコでも行こ……」

何とか、甲太郎のことを頭から追い出した彼は、鴉室から届いた、『手伝って欲しいことがあるから、放課後、学生寮前で待ってる』とのメールに応えるべく、足取りを早めつつ、今度は夜会のことを考え始めた。

昼食後、甲太郎が何処へと姿を消してしまったので、校内を巡ってみたら、リカや墨木や肥後と言った、元《執行委員》達に口を揃えて、夜会へは行かない方が……、と心配され、幽花にも、夜会に行くなら気を付けた方がいい、と言われたけれど、九龍の意思は、八割方、夜会へ参加する方へと傾いていた。

午後一杯を掛け、皆を訪ね歩いてみた結果、生徒ではない奈々子を除いたバディ全員に招待状が届いていると判ったし、トトや阿門の口振りから、行ったら最後、間違いなく碌でもないことしか起こらないだろう、との予測は立ったが、それでも、己は夜会に行くべき気がして仕方無く、又、明日香と阿門邸前で午後九時五分前に待ち合わせたことだし、と九龍は、鴉室曰くの『手伝い』とやらを、とっとと片付けようと気を持ち直し。

「葉佩君、こっちこっち!」

「おっ待たせしましたー!」

学生寮の正面入口付近の物陰に隠れていた、鴉室と合流した。

「いやー、待ち草臥れたよ。メール、見てくれただろ?」

「勿論。見たから来たんですよ。でも、何で俺なんです?」

「決まってる。俺が見込んだからさ。──君に協力して貰いたいんだ。あの墓地のことは、君の方が詳しい筈だからな」

「あーー……、あそこ絡みの話ですか。で? 墓地で何するんです?」

「葉佩君は、今夜が何の日か知ってるかい?」

非常に明るく軽く、やって来た九龍を出迎え、早々に墓地の森へと踵を返した鴉室は、歩きながら、九龍を呼び出した理由を語り始める。

「今夜?」

「ああ。明日、十一月二十三日は、古来より新嘗祭が執り行われて来た日で、その前夜である今日は、霊を鎮める儀式を行うのに最適な夜なんだ。そんな夜に、この学園では『夜会』が開かれる。……まあ、『夜会』が真実意味する処は兎も角、件の『夜会』とやらがこの学園の大切な祭事なら、《生徒会》の目もそちらに集中してる筈で、何か探るとしたら絶好のチャンスってことさ」

「お、成程。納得。でも、何を調べるんです?」

「立ち入りが厳重に禁じられているあの墓地。そこに埋められているモノは本当は何なのか、を調べるんだ。本当に、行方不明になった生徒や教職員の所持品が埋められているのかどうか、をな」

「…………墓、を?」

「そう、墓を」

「掘り返す?」

「that's right」

「……いいですよ。挑みましょう! 祟られる時は、一緒に祟られましょーねー、宇宙刑事ー」

「その時になったら考えるよ」

連れ立って向かった墓地へ到着する前に鴉室の話は終わり、生憎と一本しか見付からなかったスコップで、二人は交代しながら、墓の一つを掘り返し始めた。

「はー……。もう、腰が痛いの何のって……。俺も歳かねえ……」

「歳と言うより、運動不足なんじゃないんですかねー」

「あー、それはあるかもなあ……。…………なあ、葉佩君。俺さ、実の処、結構君に興味津々なんだぜ。君は一体何者なのか、とかさ。……葉佩君は? 俺に興味とかないの? 貧乏探偵っていうのは世を忍ぶ仮の姿で、実は……、とか」

「宇宙刑事は宇宙刑事っしょ? 遥か遠い彼方の銀河で組織された、銀河連邦警察の宇宙刑事で、悪の異星人と日夜戦い続けてるんですよね?」

「……君、未だその話、信じてたりする…………?」

「さーー、どうでしょー?」

「食えないねえ…………。──おっと。漸く、目的のもんが出たようだぜ」

何やらを探るように話し掛けて来る鴉室を、適当に笑いながらいなしつつ、九龍が墓の下を掘り進めれば、スコップの先が、カチっと何かに当って、音を聞き付けた鴉室は、掘った穴の中に飛び込み、残りの土を手で退け、現れた棺の蓋を慎重にずらした。

「……あれ………………」

──ッ! おいおいおい……。こいつは、聞いてた話と随分違うんじゃないか?」

二人揃って頭を突っ込むように覗いてみたそこに安置されていたのは、行方不明者の所持品などではなく、一体のミイラだった。

「何が所持品を埋めてるだよ……。死体じゃないか。しかも、選りに選ってミイラにされた……」

「………………宇宙刑事。これ……本当に死体だと思います?」

「あ?」

「だって……ほら」

「お、おいっ!」

ひょっとしたら、骸骨くらいは出て来るかも知れない、とは思っていたが、その予想を遥かに上回るモノの出現に、二人は一様に驚き、が、おや……? とミイラの感触を確かめていた九龍は、ガシッ! と鴉室の手を掴んで、ミイラに触れさせた。

「……ん? 何か、感触が…………」

「でしょ? 目一杯押してみると判るんですけど、服の上から人間に触ってるのと大差ないと思いません? パッと見た限りでは、古代エジプトのミイラと同じように見えますけど……ホントにミイラなら、こんなに、柔っこいって言うか、瑞々しいって言うか……兎に角、そーゆー感触は、ないんじゃないかなー、と」

「…………言えてるかも……」

布越しに触れた『死体』の感触は、どうにもおかしく。

んーーーー……? と顔を見合わせた二人は、暫くの間、狐に摘まれたように、棺の中のミイラを見下ろし続けた。