穴が空く程、棺の中のミイラを凝視して。
「確か……俺の前にやって来た《転校生》は、初夏の頃に行方不明になったって、明日香ちゃんや甲ちゃんが言ってたからー。……ってことは、学内で行方不明になった人達全員がここに眠らされてるんだとして、の話だけど、一番新しいのでも、五ヶ月は前ってことで……」
「死体を布で包んだだけだったら、疾っくに腐ってるな。幾ら、日陰ばかりの墓地の土中と言ったって、その《転校生》が行方不明になってから暫くは、真夏だったんだ」
「……ですな。東京の気候じゃ、天然のミイラが出来る確率はかなり低いし、死蝋化……とも思えないし、感触はどう考えてもミイラじゃないし、でも腐敗臭は一つもないし……。……まさかと思うけど、このミイラ、実は生きてるんじゃ…………」
「……有り得るかも知れない。常識じゃ考えられないことばかりが起こるこの学園でなら、何が起こったって不思議じゃない。……と、すると、だ。何の為に《生徒会》は、ここに『生けるミイラ』を埋めてるのか、ってことになるが……。まさか、今夜の『鎮魂祭』と、何か関係でもあるのか……?」
「さーーーて……。何がどうなってるやら……」
棺を挟んで見詰め合ったまま、九龍と鴉室は、訳が判らない、と頭を捻り。
「そこにいるのは誰だ……? 何をしておるっ!」
予想外過ぎるモノの出現に、辺りに気を配ることをすっかり忘れていた彼等は、墓守の老人に発見された。
「ヤバいっ! 墓守の爺さんだっ! じゃあな、葉佩君、又会おうっ」
老人の鋭い声に、焦った鴉室は、全てをそのままに走り去ったが。
「こんばんは」
九龍は、近付いて来た墓守を振り返った。
「葉佩九龍……。それを見たのか……」
「ええ。見ちゃいました」
「それが、この学園で《生徒会》に背いた者達の末路よ。どうだ? 恐ろしくて逃げ帰りたくなったか?」
「そうでもないですよー。不思議だな、とは思いますけどね」
「ふん…………。威勢だけはいいな」
初めてここを訪れたあの夜のように、スコップを振り翳してまで去れ、と脅さぬ代わりに、暴かれた棺と九龍を見比べ、老人は意味深長に嗤った。
「お前も気付いたか? そいつ等は、死んでいる訳じゃない。生きている、とも言えんが、この学園を覆う呪いとやらの正体が解れば、元に戻す方法も見付かるかも知れん。……葉佩九龍。その方法を見付け、呪いなどという非科学的な物など存在しないと証明してみせろ」
「……何故ですか? 何で、俺にそんなこと言うんです?」
「それが、お前がこの学園にやって来た目的にも繋がるからだ。──この棺は俺が元に戻しておく。早く行け。そして、もう二度とここには来るな。お前が棺に収まる様など、見たくはないからな」
「…………それは、ご親切にどーも。『それじゃあ、又』」
嗤ってみせた割には、思い遣りのあることを言った老人に、全く、どいつもこいつも……、と内心では吐きつつ、にっこり、と笑って、彼は墓地へと背を向けた。
「何処となーーーーく、大和の声に似てるんだよなあ、あの爺さんの声。言い回しも、何となく大和チックだし。……親戚かな? 大和とあのじいさんも、訳ありでここに潜り込んだ口だったりねー。…………っとに、これ以上話がややこしくなるのは、御免なんだけど」
未だ、明日香との待ち合わせまでには時間があるから、泥塗れになってしまった全身を何とかしようと、寮へ戻るべく森中を歩き、ぶつぶつとぼやいて。
又そろそろ、今までに判ったことを一旦整理しなきゃ駄目かな、と思案しながら、九龍は寮の玄関を潜った。
「九ちゃん?」
何をやらかしたんだ? と擦れ違った寮生達が送って来る視線を誤摩化しつつ、三階の自室前に辿り着けば、すっかり見慣れた部屋着姿で入浴道具を小脇に抱えた甲太郎と、彼は出会した。
「あっ、甲ちゃん。午後中ずーっと、姿晦ました裏切り者めー!」
「誰がだ。人聞きの悪いことを言うな。……それよりもお前……何だ、その格好は。そんなに泥だらけになって、何やってたんだよ、全く……」
「…………その話は、後でね」
「何か、ヤバい話なのか? 後でちゃんと話せよ。──……夜会、行くんだろ? 風呂くらい入ってけ」
どうやら甲太郎は、共同浴場へ行こうと部屋を出た処だったらしく、九龍の頭の天辺から足の先までを眺め下ろし、ボソっと、世話の焼ける……、と呟いた。
「うん。そのつもり。甲ちゃんも、これから風呂っしょ? 一緒行こうー」
「ああ、外は寒かったろ? 一度暖まってから行け。こういう日は、風呂に限る」
「甲ちゃん、寒がりだもんねえ……。って、一寸待ってて! 風呂セット取って来るから!」
「判ったから、とっとと取って来い。着替えもな」
何も言わなければ、さっさと先に行ってしまうだろう甲太郎を叫びで引き止め、目の前の自室に飛び込んで、風呂セットと着替えを引っ掴むと、九龍は廊下に飛び出た。
「ぷっぱー!」
風呂を出て、一階娯楽室の自動販売機で牛乳を買い、歩きながら一息で飲み干して、幸せな息を九龍は吐いた。
「お前は何処のオヤジだ」
「風呂上がりのお約束しただけじゃん。あーー、気持ち良かったー! 体の汚れも心の汚れも綺麗さっぱり! 気張って夜会に行って来よー!」
「何時でも、無駄に元気だな、お前は。……気張って行くのはいいが、頭くらい乾かしてけよ。風邪引くぞ」
大仰なそれに、甲太郎は苦笑を浮かべ、ぽたぽたと雫を垂らす、洗い立ての九龍の髪に目をやり、世話を焼き始め。
「……あー……。いいよ、面倒臭いし」
「お前な。馬鹿は風邪引かないってのは、迷信だって言ったろ?」
濡れ髪を、いい加減に拭いただけで放置しようとした彼に呆れ、辿り着いた彼の部屋へ一緒に入り込むや否や、ベシっとベッドに座らせ、自分が手を出した方が早いと言わんばかりに、バスタオルで乾かし始めた。
「うおっ……。こーたろーさん、ちょーっと乱暴」
「そう思うなら、自分でやれ」
「…………すいません、大人しくしてます」
「宜しい。…………処で、九ちゃん。お前、本当に何してたんだ?」
髪を拭う甲太郎の手付きは少々乱暴で、痛い、と九龍は文句を言ったが、聞く耳持たず彼は腕を動かし続け、浴場へ向かう前にしていた話を蒸し返す。
「……ちょーーっと、宇宙刑事に呼び出されてたんだ。手伝って欲しいことがある、って」
「あのおっさんにか? 何を手伝わされたんだよ」
「…………墓荒らし」
「は?」
「だから、墓荒らしだって。生徒の目も《生徒会》の目も夜会に向いている今夜なら、墓地を調べるには持って来いだから、本当に、あの墓の下には行方不明者の所持品が埋められてるのか、掘り返してみたい、って。それ、手伝ってくれないかー? って言われてさ」
放課後から先程まで、己が何処で何をしていたか、誤摩化してしまおうかとも考えたけれど、寸での処で思い直し、九龍は、して来たことを、正直に打ち明けてみた。
…………あの墓の一つを暴いたことを、甲太郎がどう受け止めるのか、知りたい、と思ってしまったから。
「…………それで……本当に掘り返した……のか……?」
「うん。……墓の下に埋められてた棺に安置されてたのは、行方不明者の所持品なんかじゃなかった。古代エジプトのにそっくりな、ミイラだった。多分、行方不明者当人の。でも……生きてた。ミイラみたいにされて埋められてたその人は、生きてたんだ。まさかな……って思ったけど、俺達のこと見付けた墓守の爺さんも、そいつ等は死んでる訳じゃないってきっぱり言い切ったし、この学園を覆う呪いとやらを解く方法が判れば、元に戻せるかも知れない、とも言ってたから」
「そ、うか…………」
「……うん」
包み隠さず打ち明けてみれば、一度だけはっきりと、髪を拭ってくれていた甲太郎の腕が震えたのが判り、彼が、動揺していることも判り。
あーあ…………、と。
どうして、甲ちゃんは動揺を押し殺し通してくれなかったのかな、と。
九龍はゆっくりと、瞼を閉ざした。