「あの墓の下に、ミイラ、な…………」

「そう。それも、生きてるミイラ」

「お前とあのおっさんは、それを見たんだよな、確かに」

「うん。ばっちりと見てしまいました」

綺麗に乾いた髪から、甲太郎は酷く緩慢にタオルを取り去り。

それを合図に、九龍は閉ざしていた瞼を開き。

「……見ない方が良かった……のかも知れないけどね」

そろそろと、甲太郎を振り返った。

「………………今、何時だ?」

「へ? あーーっと……、午後八時半過ぎ……かな? って、おおおおお! もう行かないと、明日香ちゃんとの待ち合わせに遅れる」

「お前……夜会に出席するのを、止める気はないんだな?」

「……うん。止めない。あんなにご丁寧にお招き頂いたことだし? 何が起ころうと、受けて立ってみせるー!」

「馬鹿、熱血迸らせて、何とかなる問題じゃないだろ。……一寸待ってろ、着替えて来るから。俺も……夜会に行く」

見上げて来る九龍の視線をきちんとは捉えないまま、甲太郎は、あれ程行かないと言い張っていた夜会へ、自らも赴くと言い出した。

「甲ちゃん? どーゆー風の吹き回し? 風呂まで入った後なのに」

どうして彼が、急に意思を翻したのか判らず、九龍は慌てたけれど。

「自分がやったことの重大さを思い返せ。……あのおっさんと墓地に行って、墓を掘り返して、埋められてたモノを見たんだろ? 墓守のジジイは見逃してくれたようだが、他の誰かに、お前達が見られてないとは限らない」

「え。そうかなあ……。そんなこともないと思うけど……」

「忘れたのか? 蓬莱寺や緋勇の話。教職員の中にも、かつて《生徒会》と関わってた奴が何人もいて、そいつ等も、お前に目を付けてるって、あの二人は言ってた。今夜だけは《生徒会》の目が墓じゃなく夜会に向いてたって、教職員はそうじゃない。そんな連中が、もしも本当にお前達のことを見てたら、墓を暴いたことも、そこで何を見たのかも、今頃《生徒会》には筒抜けだ。だから……俺も行く」

共に行くと言い出した理由を、何処となく切羽詰まった声音で甲太郎は言い募った。

「あーのー? 甲ちゃんが夜会に行くって言い出したのは、端的に言──

──危ないからに決まってる。《転校生》が、《生徒会長》主催の夜会に参加するなんて、只でさえ危ないんだろうに、お前は墓を暴いて、それに輪を掛けたんだ」

「えーーーと。でも、とするとですな、一緒に行く甲ちゃんも危なくなっ……て、ああああ、明日香ちゃん! 明日香ちゃんどうやって説得しよー!? もう、寮出ちゃったかなー……。どーしよ、甲ちゃん……。……あ、甲ちゃん一緒に待ち合わせ場所まで行って、明日香ちゃん連れ帰ってくんない?」

「夜会が始まる直前になって、危ないから帰れと言った処で、八千穂が素直に聞く筈無いだろ。だったら、俺とお前とで、面倒見てやった方がマシだ」

「だけど、それだと甲ちゃんはー……」

「俺のことはどうでもいい。……それに。この間、約束したろ? 付き合える所までは、行ける所までは、お前のこと守ってやる、って」

「甲ちゃん…………」

「……大人しく待ってろよ。着替えて来るから」

九龍がどのような説得の言葉を選んでも、甲太郎は悉く反論し、着替えて戻って来るまでそこを動くなと、きつい口調で言い置いてから、自室へと戻って行き。

「………………俺は、喜べばいいのかな、悲しめばいいのかな……」

嬉しいけど嬉しくない、嬉しくないけど嬉しい、と、至極複雑な想いを抱える羽目になった九龍は、やろうと思えば甲太郎を出し抜くことも出来たのに、そんなことにも思い至らず、彼が戻って来るまで、ベッドに腰掛けたまま、うんうんと唸り続けた。

午後九時五分前ジャストに、九龍と甲太郎は、明日香の待つ阿門邸正面玄関前に到着した。

「九チャンっ! 良かったー、誰も来なかったらどうしようかと思ってた。もう時間だし……。……って、あれ? 皆守クンも一緒だ。気が変わったの? そっかそっかー。うん、きっと楽しいと思うよ! 二人共、行こ! 急がないと始まっちゃうっ」

一人、不安そうに立っていた明日香は、やって来た九龍を見付けた途端、ぱあっと笑みを浮かべ、次いで甲太郎を見付け、不思議そうにしながらも、一人でも知り合いは多い方が楽しいと、勇んで、車寄せから玄関の扉へと続く階段を上がり始める。

「お待たせして御免ー。風呂入ってたら、ギリギリになっちゃってさ」

「……八千穂。はしゃぐのはいいが、お前も気を付けろよ」

とても軽い足取りで進む彼女の背へ、九龍は待ち合わせ時間ギリギリになってしまった理由を端折って告げ、甲太郎は釘を刺した。

「気を付けろ、って……何で?」

「九ちゃんが《生徒会》に目を付けられてるのは、お前だって判ってるだろ? 今夜の夜会は、『そういう』処の《会長》が主催だし、お前だって俺だって、九ちゃんと一緒にあそこに潜ってるのは、知られてるだろうからな」

「………………あ、そういうこと。……ん? ってことはー。あれだけ、夜会には出ないー、って言い張ってた皆守クンが、出席する気になった理由は、九チャンが心配だったから?」

「……そんなの、お前には関係ないだろ」

「へーー。そっかー。ふーーーーん……」

玄関の一歩手前で足を止め、くるっと振り返った明日香は、何故、甲太郎が夜会に出席する気になったのかを想像し。

「皆守クン。頑張れっ」

にんまり、と笑うと、今度はタタッと階段を下りて、九龍には聞こえぬように、こっ……そりと、横に並んだ彼の肩を叩きながら、耳許で応援を囁いた。

「どういう意味だ……?」

「誤摩化さなくったっていいって。この明日香ちゃんには、ちゃーーーんと、皆守クンの気持ちが判ってるんだから! だから、頑張ってねっ」

「……俺には、お前の言ってることがこれっぽっちも判らない。……何なんだ……」

「だからー、頑張れってことだよー」

「…………くどいっ。何を頑張れって言ってやがるのか知らないが、余計な世話だっ」

彼女が、何を指して頑張れと言っているのか、甲太郎にはちっとも理解出来なかったが、鬱陶しいことだけは判る、と彼は眦を吊り上げ、明日香を追い払い。

「でっかいお屋敷だなー……」

甲太郎と明日香の水面下のやり取りに気付かなかった九龍は、ふえー……、と阿門邸を見上げた。

「ホント、大きいよね、阿門クンのお家。学園創立当初からあるんだって。元々、この辺りの土地は、古くから阿門クンの家が管理する場所だったとか何とか、って聞いたっけ。きっと、中も豪華なんだろうなあ」

「ふーーん……。……じゃ、何はともあれ、行きますか」

明日香が語る噂話を聞きながら、卑怯と言いたくなった程巨大な屋敷を、口を半開きにして眺めた後。

せーの! と九龍は、『夜会』へと続く屋敷の扉を開いた。