九龍と踊る為、広間の中央に進んで行った彼女は、双樹咲重で。
と言うことは、間違いなく、彼女と一緒だったこの人は、生徒会長の阿門クンだから……、と。
これと言った話題も見付からないのに、唯、ここで九龍が戻るのを待っているのは居心地が悪いな、と明日香は、何か飲み物を取って来る、と甲太郎に言い残し、そそっと人波に紛れて行った。
「厳十朗に、招待状を出すように言ってはみたが。お前は、夜会になぞ出て来ないとばかり思っていた」
九龍が咲重に連れ出され、明日香も消えたので、心置き無く話が出来ると、阿門は甲太郎へ向き直った。
「俺だって、そのつもりだった」
「では、何故?」
「…………気紛れって奴さ」
「お前に、そんな気紛れを起こさせたのは、葉佩九龍か?」
「そういう訳でもない」
「……お前は、今宵の宴があの《墓》の為に在ること『は』知っている。だから、ではないのか」
「俺は……俺は、自分の立場を忘れた訳でも、捨てた訳でもない。捨てられる筈も無い。……《墓守》が《墓》を守るのは、本能なんだろ……?」
「ならばどうして、お前は《転校生》を庇い続ける? どうして、彼奴を守らんばかりに、夜会にまで顔を出す?」
「それ、は…………」
「……あの噂。本当なのか?」
「噂……?」
「いや……、忘れてくれ。無粋な話だ。それに…………見ていたら、俺にも解った」
「一寸待て、阿門。お前、一体何が言いたい?」
「だから、忘れてくれ。埒も無いことだ。……ではな。制裁の夜の幕開けまでは、楽しんでいくといい」
今尚、甲太郎が九龍に手を貸し続けていることも、こうして夜会にまで出席したことも、咎めるように阿門は言い、が、一転困っている風に、噂、と口にし掛けて、けれど、何も彼もを自己完結させてしまったように、甲太郎の傍から立ち去ってしまった。
「お、おい、阿門っ。…………ちっ、何だってんだ、一体……」
何が言いたかったのか、さっぱり理解出来なかったやり取りだけを残され、甲太郎は、ガリっ……と強く頭を掻いた。
友が真偽を訊きたがった噂とやらが何なのか、それは判らなかったが、先日、一人でこの屋敷を訪れた時、もしかして……、と思った通り。
自分は、又、阿門に借りを作ったのだ、と、今度こそ、甲太郎は確信した。
夜会は、華やかで楽しいばかりだった。
騒ぎなど何一つも起こらず、恙無かった。
…………だが。
もう後三十分もすれば、魔法の解ける零時の鐘が鳴る、と相成った刹那。
舞踏会場の片隅で、一人の少女の携帯が鳴った。
「やだ……何これ……」
「えー、何よ。彼氏からじゃないの?」
「違うわよっ。何か、気持ち悪い唄みたいなのが……」
宴の終わりを告げるにしては、少々無粋で早過ぎるそれを、それでも彼女は取り上げて、届いていたメールを見遣るや否や顔を顰め。
連れだった別の少女が、どんなメールが、と彼女の携帯を覗き込んだ途端、その一角に、激しい放電のような音が響いた。
「きゃあああああっ!」
「うわあああ、な、何だ、あれっ!」
「女が、浮いてる……?」
放電音がするや否や、メールを受け取った少女の体は宙に浮き、天井のシャンデリアに、彼女の長い髪で以て磔にされた如くになって、近くにいた生徒達からは、悲鳴が上がった。
「九チャン……っ。何、あれ……っ」
「…………っ……」
騒ぎを聞き付け、振り返った明日香は、シャンデリアからぶら下がる少女の体に息を飲み、甲太郎は言葉を詰まらせ、九龍の右手首をしっかりと掴んだ。
「甲ちゃん……?」
「離れるなよ……」
「う? うん」
酷く力の籠った甲太郎の左手に掴まれたそこが痛み、微かに顔を顰め、でも、素直に彼の言葉に九龍が頷いた時。
「おい、携帯鳴ってるぞ」
「あ? 俺? ………………!! このメールって、まさか……。……作り話じゃなかったのかよ……」
「何だよ、どうしたんだよ?」
「お、俺、帰るわ!」
又、会場内の片隅で、今度は一人の男子生徒の携帯が鳴って、メールを受け取ったらしい彼は、瞬く間に蒼白の顔色となり、慌てて大広間から出て行った。
「ね、ねえ、九チャン……。窓の外に、ほら……A組の留学生の……」
「トト?」
「うん……。その、トトクンがいるんだけど、さ……。あたしの見間違いじゃないよね……。トトクンの周りで、何か浮いてない…………?」
「え? ……ホントだ……。…………っ。まさか、トトっ!?」
次から次へと一体何だ? と駆け出して行った少年を九龍と甲太郎は見送っていて、一人、ふと窓の外を見た明日香は、目を疑う光景がある、と九龍達を呼び。
「甲ちゃんっ!」
「判ってるっ」
「あっ、明日香ちゃんは危ないか──」
「──何言ってんのよ、あたしも行くっ!」
すっと、その場より去って行ったトトを、三人は追った。
阿門邸を出て、真っ直ぐ南へ下ると、廃屋街にぶつかる。
屋敷を出て行ったトトを追い掛けた三人は、トトがその廃屋街に差し掛かって以降、姿を見失ってしまい。
「何処行きやがった、あいつ……」
「判んない。こっちだったと思ったんだけどな……。おーい、トトーー!」
消えてしまった彼を捜している内に、耳を劈く悲鳴を聞いた。
「ぎゃああああああああっ!!」
「な、何っっ? ……あっ、誰か倒れてるっ!」
直ぐそこで湧いた悲鳴へと三人は駆け付け、真っ先に辿り着いた明日香が、倒れていた少年を抱き抱えた。
「う、ああ……」
「あれ? さっき、メール受け取ってた子? …………っ! きゃーーっ! 歯っ! 歯がないよっ! どうしちゃったのっっ!?」
「い、いひはほんへひへ……。う……」
「いひはひ……? ……あ、ああ、石が飛んで来──。……君、しっかりしてっ! 待ってて、今、ルイ先生に連絡するからっ!」
抱き起こされた少年の口許は鮮血に塗れており、歯の殆どが根こそぎ折れていて。
「何で、こんな……。誰が、こんな酷いこと……っ。────え、九チャン……?」
半泣きになりながら、明日香が瑞麗へと連絡を付け始めれば、傍らで、九龍の『H.A.N.T』から、メールの着信音が鳴り響いた。