受信したメールのタイトルは、『お前は三人目』、だった。
そして本文には、童謡を彷彿とさせる、不気味な唄が綴られていた。
ころろ ころろ
天神様のこの坂は
五人で通らにゃ 抜けられぬ
ひとりは、髪を縛って置いて来た
ふたりは、歯を折って置いて来た
さんにんは、剣を刺して置いて来た
よにんは、桃を投げて置いて来た
ころろ ころろ
誰が抜けたか この坂は
ひとりが、石で塞いで抜けたとさ
──不気味な唄の全文は、そんな風で。
「『五番目の童謡』だ……」
届いたメールを、九龍が抑揚なしに読み上げるのを聞いて、明日香が呟いた。
「五番目の……? ……ああ、学校の怪談?」
「うん。そういうのがあるって、噂で聞いたことある……」
「成程。だから、一人目がシャンデリアに髪の毛で磔で、二人目が……。……お、そうか、昼間トトが言ってた『三人目』って、これのことだったんだ。で、三人目は──」
「──暢気なこと言ってないで、そう思うなら伏せてろ、馬鹿っ」
唄より、明日香は直ぐに学園に伝わる怪談を思い出し、九龍は、昼間トトが言っていた科白を思い出し、この童謡の三人目にされるのは自分かと、妙に感心し始めた九龍を、甲太郎はしゃがませようとした。
「九チャンっ!! 危ないっ!!」
しかし、甲太郎が九龍の腕を引こうとした時には既に、先程阿門邸で響いたのと同じ放電音と、風を切る音が、間近で沸き起こっており。
明日香の悲鳴が高く上がると同時に、九龍の視界には、己目掛けて投げられた、大振りの剣が映った。
「九龍っ!!」
それに気付き、甲太郎は、九龍を掴んでいた手に更なる力を込め、己の方へと引こうとしたが、九龍当人は、避けた処で間に合わないと、受け止める構えを取った。
「構えっ!! 撃てーっ!」
剣は、瞬く間に九龍の眼前へと迫り、だが、号令と共に放たれた、一発の銃弾に弾き落とされた。
「砲介!」
「間に合って良かったでありマスッ! 九龍ドノ、お怪我はありませんでしょうカッ!?」
「うん、大丈夫! お陰で助かったー……」
「それは良かったでありマスッ! 自分も、ホッとしたでありマスッ!」
寸での処で剣を防いでくれたのは墨木で、良かった……と、九龍も明日香もホッと息を吐き、甲太郎も、表情に安堵を浮かべながら、両腕で九龍を抱き込む風になった。
「気を付けて下サイッ。敵はどうやら磁力を操るようでありマス。自分の銃も、一寸油断すると何処かへ飛ばされそうでありマス。────誰ダッ!」
廃屋街の影から飛び出し、九龍の前へと直立不動で立った墨木は、敬礼しながら『敵』の情報を伝えた直後、茂みの方から感じた気配へ、銃口を向けつつ振り返った。
「何故……彼ヲ助ケル?」
──草踏み分け姿現した『敵』は、誰もが思い描いた通り、トトだった。
憂鬱そうな顔をして、何故、九龍を助けるような真似をしたのだと、墨木へ憤慨をぶつけながら。
「アノ宴ニ招カレシ者ハ、ミナ罪深キ魂ヲ持ツ者。ボクハタダ、アラーノ導キニ従ッタダケ。ボクニ、コノ《力》ヲ……コノ学園デ生キテ行ク為ノ《力》ヲ与エテクレタ、《黒イ砂》ノ姿ヲシタ神ノ為ニ、ボクハ悪ヲ裁ク……」
「神……。貴様にとって、それが《生徒会》なのカ?」
「………………。……貴方、何故彼ヲ助ケタ? 彼ヲ助ケルコトデ、ソレデ、貴方ハ何、得スル?」
「得……でありますカ? 敢えて言うならば、心が得をするでありマス。大切な人を守れて、その人の役に立てる。それが嬉しいのでありマス」
己が、《黒い砂》の姿をした神に特別な《力》を与えられた使途であるかのように振る舞い、九龍を助けたことは罪悪だと言い切ったトトに、墨木は、どうしてそんなことをこの彼は訊くのだろうと、不思議そうにしながら言った。
「トトクン……。得とか、そんなの関係ないよ。君にだって大切な友達が……守りたい大切なものがあるでしょ?」
明日香も、少年を介抱し続けながら、トトへと訴え掛けて、でも。
「大切ナ人……。トモダチ……? ワカラナイ。トモダチッテ、何ダ?」
「え?」
「コノ国、ボクハイツモ、一人。誰モガミナ、月光
大切なモノも、友も、自分には判らないと、トトは廃屋街の闇の中に消えた。
「…………トトクンも、何か大切なものをなくしちゃったのかな……。あの遺跡で……」
「多分、ね。…………あの遺跡は本当に、『想いの墓場』だ……」
消えてしまったトトを、それでも目で探し、明日香も九龍も、ぽつりと呟く。
「自分は、屋敷へ女生徒の救出に向かうでありマスッ。九龍ドノは……《墓》へ行かれるでありマスカ?」
「うん。行くよ。……行かなくちゃ」
「それでこそ、自分の信じる九龍ドノでありマスッ! あの者は待っていると思うのでありマスっ。自分のように……九龍ドノがあの暗闇から救い出してくれるのを」
墨木も又、彼の消え去った方へ顔巡らし、九龍へと訴え掛け。
「あたしは、ルイ先生が来てくれるまで、ここでこの子を診てる。先生が来てくれたら、あたしも行けると思うから、もしもあたしの力が必要なら声掛けてね。……行ってあげて、九チャン。あの遺跡できっと、トトクンが待ってる」
縋るような目で、明日香は九龍を見上げた。
「…………………………うん、判ってるよ、明日香ちゃん。行って、俺に出来ることして来るから!」
彼からの訴え掛け、彼女からの縋るような眼差し、それに注ぎ返された九龍の声は、何時も通り元気一杯で、でも、甲太郎にだけは、幾許か儚く聞こえ。
「という訳で、甲ちゃん」
「……ああ。行く、か」
「お。珍しく、甲ちゃんが積極的」
「…………馬鹿言ってんな」
けれど。その声が、儚く聞こえても。
墨木や明日香にガッツポーズを決めてみせて、己を促し歩き始めた九龍に、彼は多くを語れなかった。
──言ってやりたいことは、山のようにあった。
救われたとか、救って貰いたいとか、そう告げられることを、本心では辛いと思うなら、もう、止めてしまえ、と。
お前だけが、何も彼もを負う必要なんかない、と。
……そんな風に、言ってやりたかったし。
お前が連中を救ったのも、連中がお前に救われたのも、お前に救われたいと思っている奴がいるのも、それは、誇っていいことだと思う、とも、言ってやりたかった。
だが、何を告げてみた処で、九龍にとってみたら、慰めにもならない処か、却って追い詰めるだけの科白と化す気がして、唯、一緒に行く、と。
それしか、甲太郎には与えてやれなかった。
こんな時、こんな風な彼に、何を言ってやればいいのか、どうしてやればいいのか、判らなくて。
唯、傍にいる、としか。