今宵、新しく開いた七番目の扉の向こうは、酷く寒い、凍えるような区画だった。

「さっ……ぶいっ……! カイロしか知らなかった身に、これはきついっ!」

「ホントに寒いな…………。寒いと眠くなるんだよな……」

「氷の壁に氷の床……。冬眠出来るねー……」

「永遠に、目が覚めないだろうけどな」

結局、他のバディには声を掛けず、甲太郎と二人だけで潜ったそこの入口から、うへぇ! と九龍はガタガタ身を震わせ、甲太郎は、本当に冬眠しそうに瞼を細めた。

「夏場は涼しいんだろうけどねー。あ、駄目だ、何か喋ってないと、ホントに寝る……。凍死する……。──という訳で、甲ちゃん! 道中、語り明かそう!」

「お前は何時でも喋ってるだろうが」

「まあまあ、そう言わずに。……ここって、何でこんなに寒いのかな?」

「……俺が知る訳ないだろ」

「それを言ったら、会話が終わっちゃうでしょーが。……何か、さ。何か、違和感なんだよなー……」

「何が」

当然の如く現れた化人を倒しながら、だだっ広いそこを奥へ奥へと進みつつ、無駄話でもしていなければ死ぬ! と九龍は喋り続け、面倒臭そうにしながらも、甲太郎はそれに付き合う。

「この間の砲介の所は、ジャングルだったっしょ?」

「ああ。あんな所に森があるとはな。自然の力ってのは凄いもんだ」

「うん。俺もそう思ったんだよね。地下にある遺跡だから、何処かから木の根だの種だのが潜り込んで、あんなにも生い茂っちゃったんだろう、って。でも……よーーーく考えてみると、それはそれで変でないかい? 何で、ジャングルになっちゃってたのはあそこだけなんだろう? 二千年も地中に埋まってたんだから、一区画だけじゃなくて、何処も彼処もあんなんなっててもおかしくないのに」

「………………たまたま、じゃないのか?」

「たまたまで、あそこだけジャングルになる? それにさ。あそこ、蒸し暑かったじゃん。この遺跡、区画と区画が化人創成の間で繋がってるっしょ? あの熱帯ジャングルのお隣さんで、しかも繋がってるここが極寒の地って、余りにも、でないかい?」

「で? だから、何が言いたいんだ、お前は」

「……この遺跡って、温度調節されてるのかな?」

「…………まさか……未だ捨ててなかったのか? 天香遺跡ラボ説」

「もっちろん! 異議申し立てタイムで、甲ちゃんにケチョンケチョンにされたけど、ちょーーっと捻ってやれば、筋道通ると思うんだ」

「……頑張れー」

「うっわ、凄い棒読み。愛処か、お義理すら感じられないでやんの。たまには、頑張ってる俺にご褒美くれたっていいじゃんか。飴玉寄越せ、飴玉ー! 鞭ばっかの愛情なんか要らないやーーーいっ!」

「俺が、黙って白旗上げるしかないくらい、隙のない説を立てられたら、売店で飴玉買ってやる」

「……こーたろーさん。飴玉って言うのは、比喩なんですがー。本当の飴玉が欲しい訳じゃあないんですがー。……ま、いいか。甲ちゃんに飴玉買って貰えるように、頑張るぞー!」

少し前の遺跡探索で、九龍曰く『拾った』大剣と、『竹下文書』という異端歴史書にしかその名を登場させない、甲太郎は伝説上だけの存在だと思っていた希有な金属『緋緋色金』を、どのようにしたのだか合成して創り上げた、荒魂剣という名の物騒極まりない剣を、創り上げた当人は、ぶいんぶいん振り回しながら凍死防止のお喋りを続け、愛情の欠片も親愛の欠片も見せずに甲太郎はそれに付き合い続け。

「温い…………」

振り回される荒魂剣へ、嫌そうに顔を顰めながらも、伝説の金属より創り上げられた剣はやはり伝説であるのか、振るわれる度にチラチラと炎を立ち上げるそれへ手を翳し、寒がりな彼は暖を取った。

「お。甲ちゃん、頭いい! 俺も暖まろーっと」

九龍の手により生まれたのは確かだが、荒魂剣とて、充分秘宝足り得る代物で、でも、構うことなく二人は、炎迸らせる剣を暖房器具代わりにし。

「雪か……。何処から降ってるんだ? どんどん眠くなる…………」

「わーーー。俺、雪って見るの初めてかも!」

「お前の説通りなら、所詮人工の雪だぞ?」

「いいんだよ、雰囲気楽しめれば。本物の雪は、真冬になってのお楽しみ。もしも、東京にも積もるくらい降ったら、雪合戦しような、甲ちゃんっ」

「降ったら、な」

何時の間にやら、チラチラと舞い始めた雪降るそこの奥にある、化人創成の間を彼等は目指した。

互い、心に突き刺さる現実にも、突き刺さる想いにも、蓋をしたまま言葉交わし続けて。

然りげ無い、けれど叶うかどうかは判らない、約束をも交わしながら。

遠い、灼熱の異国から、知る者の一人とていないこの国へとやって来て、懸命に頑張ってはみたものの、拒絶され、傷付けられ、誇りを貶められて、尊敬し合える友にも出逢えず、この場所で生きていく為に、父から貰った大切な言葉と想い出の代わりに《力》を得。

アラーに仕えるが如く、《力》の化身たる『神』に仕え、この場所に己が留まれる唯一の理由と思い込んだ、《墓守》の役目のみを全うしようとしていたトトは、九龍に倒され、そして、体を張ってまで自分を受け止めてくれた彼の行いに、やっと、失くした大切な『宝』を取り戻した。

彼もやはり、《墓守》となった前後のことも、それより今日までのことも、かなり朧げにしか記憶していなかったが、この国で出来た、最初の大切な友達である九龍を、今度は自分が助けるのだと、協力を申し出て来た。

日本文化を甚だしく誤解しているのではなかろうか、としか思えぬフレームで撮影された、プリクラを手渡しながら。

「…………これ、ってさ……」

「言うな、九ちゃん。俺は今、お前の頭の中を掠めただろうことを、必死に飲み込んでるんだ」

「う、うん……。俺も飲み込んどく……。……侮れない、あの売店」

トトがくれたプリクラを眺めて、これから日本を知ろうと言う留学生なら選んでもおかしくない、日本文化をベタな方向にねじ曲げ過ぎているデザインフレームのあるプリクラが、留学して来たばかりの頃のトトと同級生達の間に壁を作る切っ掛けだったらどうしよう……、と豊か過ぎる想像をしてしまった二人は、少しばかり遠い目をし、寒過ぎるそこから脱出すべく地上を目指した。

「もう一遍風呂に入りたいが、この時間じゃな……」

「じゃあ、兄さん方の所……は、あ、駄目だ。祝日、早出だって言ってたっけ」

「諦めて寝るさ。あの二人を叩き起こす訳にもいかないからな」

「アノ二人、誰デスカ?」

「俺達に良くしてくれる、アルバイト警備員のお兄さん達。しょっちゅう、風呂借りに行ったりしてるんだー」

「良クシテクレル……。……便利屋、言ウ人?」

「……トト。お前、誰に日本語教わった? ──違うって。友達だよ、友達」

「友人と言うか、何と言うか……。……ああ、やっと着いたな」

本当に底冷えのする氷の壁と氷の床の区画を、片言以前の日本語を披露するトトと少々難儀な会話を交わしつつ抜け、やっと墓地へと這い出て、もう間もなく十二月を迎える日の夜なのに、ホッとする程暖かく感じる……、と甲太郎と九龍は、思わず幸せを噛み締めた。

トトだけは、あの冷気に慣れているのか、日本の秋は寒い、とか何とか呟いていたが。

「戻ろうぜ。俺は、とっとと寝たい」

「んだ。疲れたやね。トトも疲れたっしょ? 寮に戻って……──。……あれ?」

墓地の片隅で、凍え切った体のあちこちを擦ったりして暖め、塒に戻るべく、甲太郎やトトに号令を掛けて振り返り。

墓地から男子寮の裏手へと森の中を抜けている小径に、人影があるのを九龍は見付けた。

「誰──あ、京一さん。こんばんはー!」

「蓬莱寺か……」

人影に、一体何者、と彼等は身構え掛けたが、そこにいたのは、ラフな私服の肩に紫色の竹刀袋を担いで立つ京一で、何だ……、と九龍も甲太郎も、強張らせた体の力を抜いたけれど。

「……よう」

二人へ向け、軽く手を上げ笑いながら近付いて来た京一は、酷く強い、鋭過ぎる光を、その鳶色の瞳に宿していた。