「戻ろうぜ。俺は、とっとと寝たい」
「んだ。疲れたやね。トトも疲れたっしょ? 寮に戻って……──。……あれ? 誰──あ、京一さん。こんばんはー!」
「蓬莱寺か……」
こんな時間に見付けた、墓地の入口に立つ人影の正体を知り、九龍も甲太郎も、身構えを解いた。
「……よう」
何だ……、と笑んだ二人に、軽く手を上げ笑いながら、京一は近付いた。
「………………京一、さん……?」
ゆっくり、ゆっくり、己達へ向かって進んで来る彼の瞳に、酷く強い、鋭過ぎる光があるのを見付け、九龍は訝しみ。
「九ちゃん」
彼が見付けたものに、やはり気付いた甲太郎は、無意識の内に傍らの彼の腕を掴み。
「……お前達二人に、話がある。──そういう訳でよ。悪りぃんだが、そこのお前。席、外してくれるか?」
京一は、トトを見遣って言った。
「席、外ス……?」
「あー……。……御免、トト。先に帰っててくれるかな」
「…………イイデス。ボク、先、帰リマス。オヤスミ、ナサイ」
一瞬、きょとん、とはしたものの、深刻な雰囲気が漂い始めたのを察したのか、すんなり、トトは一足先に去って。
「すまねえな。ギャラリーは余計なんだ。本当は、葉佩、お前だけに用があるんだが……皆守? お前は大人しく消えたりしねえだろ?」
「…………まあな」
「そういう訳で。────俺は、まどろっこしいのは嫌いでよ。だから、はっきり言う。……葉佩。これ以上、あの奥へ進むの、止めちゃくれねえか?」
改めて、二人へと向き直った彼は、単刀直入に訴えた。
「……………………その内、お二人にも、そんなこと言われるんじゃないかなー、とは思ってたんですよねー……」
先日来より怖れていた瞬間がやって来た、と九龍は、あはー……、と寂しそうに笑った。
「あー、誤解されねえように言っとく。ひーちゃんは、お前の遺跡探索止めさせようなんて、これっぽっちも思ってねえ。これは、俺だけの意思だ。……本音を言っちまえば、俺だって、お前の邪魔なんかしたくねえけど。…………お前等も判ってんだろ? 遺跡だか墓だかの区画が解放される度、あいつがおかしくなるって。きっと、あそこの最奥には、『良くねえ何か』が眠ってるって」
「……かも知れません、ね」
「俺はな。俺は……あいつの為になら、どんなモノでも秤に掛けられる。だから…………。──……葉佩。これ以上は、勘弁してくれねえか?」
「……………………御免なさい」
どうしようもなく寂しそうに笑う九龍を、京一は辛そうに見たが、決して意思は曲げず。
九龍も、折れなかった。
「……そう言うと思った。でなきゃ、お前じゃねえもんな。お前は、そうでなきゃ。…………だが、よ。悪い。俺も、引く訳にはいかねえんだ」
退かない彼に、京一は嬉しそうに微笑み。
……笑んだまま、竹刀袋より、刀を引き抜いた。
月光弾く、日本刀を。
「…………っ! 京一さん、あの──」
「──九ちゃん。何を言ってみたって無駄だ。蓬莱寺にとっては、緋勇が絶対なんだ。絶対の存在で、護り抜くことも絶対で。…………そうなんだろう? 蓬莱寺」
自分達では到底敵わぬだろう、剣聖の宿星持つ相手に、すらりと刀を構えられても、九龍は彼へと踏み出し、でも、甲太郎はそんな彼の襟首を引っ掴んで後ろへ下がらせ、京一と九龍の間に立ちはだかった。
「お前も、結構根性座ってんじゃねえか」
「悔しいが、あんた程じゃない」
交わす言葉のトーンだけは普段通りの二人は、互い薄らと笑み、一瞬睨み合った後、同時に地を蹴った。
──一息に距離を縮めた彼等のスピードは、五分と言えた。
だが、ほんの僅かの差で、甲太郎は京一が翻した白刃が振り下ろされるよりも先に、その軌道の範囲から抜け出し、身を返し様、上段蹴りを放った。
しかしそれは、何時の間にやら軌道を変えた、左手を添えた京一の得物の刀身に抑え込まれる。
「駄目だってば、二人共っ! この展開はなしでしょっ!!」
ぶつかり合った瞬間、京一の得物か、甲太郎の蹴り足か、それとも両方共かが、ミシリ……と鈍い音を放ったのを聞きつつ、確かに、今、眼前で繰り広げられている光景など、絶対に信じたくない、と思いながら九龍は叫び、夢中で甲太郎の傍らに駆け寄り。
「甲ちゃんっ。甲ちゃんっっ!!」
「九龍っ!!」
再び翻り、そして振り下ろされる切っ先から自分を庇おうとした彼を、寸での処で甲太郎は抱き込み、横へと飛び退った。
「お前は、何でそんなに馬鹿なんだっ!!」
「馬鹿は甲ちゃんっ! 甲ちゃんが、京一さんとやり合う必要なんかないっ!!」
紙一重で白刃を躱し切れた己が《力》に、初めて心底感謝し、腕に抱いた九龍へ甲太郎が憤れば、九龍も負けずに訴え。
「……………………あーー。ストップ」
構えを解いた京一は、チャキリと刃を鳴らしながら得物を肩に担いで、待ったを掛けた。
「え?」
「何を言って……っ! あんたが吹っ掛けて来たやり合いだろうがっ! 殺そうとした相手に──」
「──あ? 誰が誰を? お前、見えてなかったのか? 俺はちゃんと、逆刃に構えてたろうが。入った処で峰打ちにしかなんねえよ。まともに打ち当たったら、骨の一本や二本はイくだろうけどな」
先に打ち掛かって来た当人に、暢気な声で待ったを掛けられ、ふざけているとしか思えないその態度へ甲太郎は怒鳴って、しかし京一は、ケロっとした顔で言って退けると、小径の向こうを振り返った。
「……村雨? 何やってんだ? ひーちゃんのこと、頼んだのに」
『実力行使』を中断したのは、何者かが近付いて来る気配を察したからのようで、浮かび上がったシルエットの人物へ、彼は首を傾げる。
「こんな所にいやがった……! 旦那! すまねえ、一寸目を離した隙に、先生が消えちまったっ!」
息急き切って駆けて来たシルエット──村雨は、京一の顔を見付けるや否や、焦り声で叫んだ。
「あああ? 何だと、てめぇっ!」
「仕方ねえだろ、俺にだって生理現象はあるんだよっ!」
「便所ぐらい、気合いで堪えろっ!」
「出来るか、馬鹿野郎っ」
龍麻が消えた、との訴えに、京一は血相変えて怒鳴り、村雨も負けずに怒鳴り返して。
「えっと…………。あの人も、京一さんと龍麻さんの友達、かな?」
「あいつ等やあいつ等の仲間は、この学園が部外者立ち入り禁止だってこと、忘れ切ってないか……? ここは、誰でも入れる公園じゃないんだぞ……」
又登場した見ず知らずの人物を、九龍は不思議そうに、甲太郎を呆れながら、それぞれ見遣った。
「兎に角、先生を──。…………あん……?」
「手間ぁ省けたみたいだぜ、村雨」
直前の成り行きさえ忘れてしまったような少年達が、遠巻きに見守る中、京一と村雨は暫し罵り合いを続け、身を翻し、走り出そうとし。
ぴたり、青年二人の足は止まる。
────彼等の視線の先は、小径の向こう側に向けられていた。
小径の向こうから歩いて来る、『彼』へと。