「うわっ!」
全身を使って抱き着いて来た九龍を、受け止めたは良かったものの。
勢いに負け、甲太郎は抱き留めた九龍毎、布団の上に引っ繰り返る羽目に陥った。
「…………お前な……」
「あ、御免。…………でも、嬉しくってさ。つい。叶ったら奇跡のレベル! とか思ってた、俺のジュンジョーな恋心が成就したんだもん。騒がずにはいられないっ!」
「高三にもなって、純情とか言うな。幾ら何でも気持ち悪い」
「気持ち悪いって、そんな言い方しなくってもいいじゃんかー……」
「しょうがないだろ、本当のことだ。…………でも……お前の気持ちは、多分判る。俺も、似たようなもんだ。叶うなんて……叶えていいなんて、思っちゃいなかったから……」
べっしょり潰され、恨みがまし気に甲太郎は九龍を見たが、甲太郎の上に伸し掛かったまま、一世一代の告白を終えた彼は、わきゃわきゃと、興奮している風に喚き立てたので、本当にこいつは馬鹿だと呆れ、次いで、九龍以上に馬鹿な己に呆れ、甲太郎は、薄くだけ微笑みながら。
『言葉の足りない』想いを呟いた。
「……それは、俺も甲ちゃんも、男だから?」
「さあ、な」
「相変わらずのお返事で……。…………でも、そういうことなら、俺だって考えたよ。甲ちゃんは男で、俺だって男で、しかも俺は、宝探し屋なんてふざけた商売してるヤクザな奴だしー、って。……だけど、さ。……だけど、甲ちゃんのこと、諦めようとは思わなかったんだ。諦めるなんて、出来なかった。ホントにホントに、甲ちゃんのこと好きだからさ。こんなこと言うと、甲ちゃんは、馬鹿って言うかも知んないけど……」
今、甲太郎の言葉が足りない理由を、九龍は判っていたけれど、己の心だけが伝わればいいと、彼も、敢えて全てには触れず。
「………………ああ。馬鹿だ。お前は本当に、どうしようもない大馬鹿で、俺は、どうしようもない大馬鹿なお前以上の馬鹿だ。……俺だって…………、お前のことが、どうしても諦められなかった。諦めなきゃいけないと、判ってたのに。どうしても……どうしても、諦められなかった。俺に出来たのは、お前を想うことを諦めるのを、諦めることだけだった……」
「甲ちゃん……」
「なあ、九ちゃん」
「何?」
「……順番は、守れたよな?」
えへ、と笑うだけの九龍を見詰め。
成り行きとは言え、想いを伝え合うことは出来たのに、互いの想いを受け止め合うことは少なくとも叶ったのに、どうしてこんなに、胸が痛いのだろう、と躰中を切なさだけで満たしながら、伸し掛かったままの九龍へ両腕を廻して引っ繰り返し、逆に伸し掛かって、甲太郎は九龍へキスをした。
「甲ちゃ──」
寄せられた唇を、今度は九龍も拒まなかった。
瞼を閉ざし、素直にそれを受け入れ、酷く初々しかった甲太郎との初めての接吻を終えて直ぐ、やけに幼い感じで笑った。
「九龍…………」
──宝探し屋などをしているくらいだから、九龍は本当は、高校三年生でいるに相応しい年齢ではないかも知れなくて、でも、当人はそれをとても気にしている童顔に浮かぶ幼い笑みは、九龍の本当の歳が幾つであろうとも、とても相応しく感じられて。
そしてそれが、どういう訳か、どうしようもなく嬉しくて。
甲太郎は、再びキスを施しながら、彼を抱き締めていた腕を、するりとシャツの中に滑り込ませた。
「うおっ。ちょ、一寸待った、甲ちゃんっ!」
「…………今度は何だ」
「そりゃまー、展開が展開だし、甲ちゃんの気持ちは、とーーーー……ってもよく判るんだけど。ここ、京一さんと龍麻さん家。いきなり、青春大爆発は拙いっしょ、人様ん家じゃ」
「……ああ、そう言えばそうだった」
「や、そこんとこ忘れるのは、人としてどーかと。……甲ちゃんだって嫌っしょ? 自分の声聞かれるの」
抵抗する暇さえ与えずシャツの中に潜り込んで来た手を、何とか九龍は引っ叩いて、メッと、嗜める風に顔を顰める。
「……………………うん?」
「やだなあ、甲ちゃん。俺に全部言わせる気ですかい? ──俺だってさー、お年頃だからさー、いっそこのまま傾れ込んじゃえー! とか思わなくないけど、人様の家でってのはやっぱり、人の道に外れるよーな気がするし、まかり間違って、龍麻さんに声とか聞かれちゃったら、甲ちゃんだって恥ずかしいんでない? 布団だって汚れちゃうだろうし、何よりも俺、男同士のやり方ってんですか、そーゆーの、よく判んないしさ」
「…………九ちゃん、一つ訊いていいか?」
「ん? 何を?」
「余り想像したくないんだが、ひょっとしてお前、俺を抱く気でいないか?」
「……………………当たり前じゃん、何言ってんの? 俺、男だよ?」
「……俺も男だ、馬鹿……」
出来の悪い子を叱るような顔付きで、組み敷かれたままなのにも拘らず、自分が『上』になるのは決定事項、と言わんばかりの九龍に、甲太郎は、痛恨の一撃を喰らったにも似た頭痛を覚えた。
「……あ、そうだった。うっかり忘れる処だった」
「忘れんな、阿呆。それに。俺は、お前を抱く気はあっても、お前に抱かれる気はないぞ?」
「…………甲ちゃん。それは狡いんでない? 甲ちゃんの科白じゃないけど、俺だって男だよ?」
「やり方も判らないのにか?」
「それは……。で、でも、甲ちゃんだって知らないだろ、そんなことー!」
「…………知ってる」
「……はい? 知って……って、こーたろーさん……?」
「安心しろ。実践したことは一度だってない。でも、知ってることには変わりない。…………どっちが有利かは、一目瞭然だな。なあ? 九ちゃん?」
「…………………………………………えーと。と、取り敢えず、寝ない? うん。そうしよう。寝よう、甲ちゃん!」
「いいぜ。今晩は大人しく寝てやる。他人の家だしな」
だが、頭痛にもめげず、きっぱりとした宣言をしてみせた甲太郎は、少なくとも現時点では、己の方が優位に立っていると知って後、不敵な態度を取り戻し、余裕の笑みを浮かべ、腕の中から九龍を解放すると、さっさと布団に潜り込んだ。
「……覚えてろよ。絶対に、今日明日中に学習してやる……。どーしても判んなかったら、恥忍んで、『お手本』なお兄さん達に教えを請うてやる……。何が何でも、甲ちゃんの有利を引っ繰り返してやる……」
パチリと、問答無用で暗くされた部屋の布団の上に転がったまま、ブツブツと恨み節を廻してから、九龍も自分の布団に滑り込んで。
「そんなこと学習する隙なんか、与えてやる訳ないだろ」
「…………甲ちゃんの、鬼ーーーーーーっ!」
「好きなだけ喚け。鬼とでも、人でなしとでも言え。俺にだって、それくらいの慈悲はある」
「慈悲じゃないやい……。そんなん、絶対に慈悲とは言わないやい……。うぇぇぇぇぇぇ……。……鬼。人でなし。イケズ。根性悪。捻くれ者。カレー馬鹿。アロマ馬鹿。それから、えっと、えっと……」
「お前な…………。悪かったな、鬼で人でなしでイケズで根性悪で捻くれ者で、カレー馬鹿のアロマ馬鹿で」
「……ホントにね」
「でも……好きなんだろ? そんな俺でも、お前は好きでいてくれるんだろう?」
頭から布団を被っても尚、ブチブチと愚痴を零し続けた九龍の腕を、手探りで掴み、手繰り寄せ、忍び笑いを洩らしながら、甲太郎は彼の耳許で囁いた。
「……………………ホントーーーに、狡いよ、甲ちゃん…………」
その囁きは、殺し文句だったようで。
盛大な溜息を一つだけ零すと、九龍は大人しく、甲太郎の腕の中で丸まり。
二人は、そのまま昼近くまで、抱き合いながら眠った。