開けた薄目にぼんやりと映った、カーテンに遮られた窓の外が、何時もよりも明るく感じて、龍麻はやっと眠りから覚醒した。

腰が痛くなるまで眠っていたらしい割には、少々長い、そしてやたらとリアルな夢を見ていた気がして、ベッドから起き上がって暫くが経っても、爽快な目覚めからは程遠かった彼は、ぼんやり、としたまま、どんな夢を見ていたのか思い出そうと足掻き、やがて、どうしても思い出せない夢の内容を手繰り寄せること諦め、んー……、と首を捻りながらベッドサイドの目覚まし時計へ目を移し。

「え……? えええええええええええっ!?」

現在時刻が、午後十二時五十分であることを知るや否や、奇声を放った。

「うっそ! 何で? どうしてっ? ま、まさか京一、あのままリビングで寝ちゃってるとかっ!?」

慌てて辺りを見回しても、片割れの姿は何処にもなく、京一は、朝まで村雨と博打に興じた挙げ句、仕事のことも忘れて寝ているのでは、と血相変えた彼は、大急ぎで寝室から飛び出して。

「…………あれ……?」

廊下を駆けながら、和室の前を通り過ぎた瞬間、中から甲太郎と九龍の氣を感じ、立ち止まった。

「皆守君と葉佩君……? あれ? って、そんなこと気にしてる場合じゃないっ! 京一ーーーーっ!」

しかし、それも一瞬のこと、直ぐさま再び走り出し、リビングに飛び込んだが、室内は無人で、何がどうなっているのやら、さっぱり判らなかった彼は、ひたすらに首を捻った。

「いない……。ってことは、仕事に行ったのかな……。でも、何で俺のこと起こしてかなかったんだろう……。それに、これって…………」

「龍麻さん、おはようございまーす!」

「よう。邪魔してる」

うたた寝をしていると思った京一はおらず、村雨の姿もなく、花札に興じる為、二人が床に置いていた座布団や、酒を呑むのに使っていたと思しきグラスは酷く乱れていて、更には、壁に貼られていた防呪詛符は落ちており、首を捻りながら、この惨状の原因を龍麻が思い倦ねていたら、背後から、少年達の声が掛かった。

「あ、おはよう、二人共。……あのさ。京一、何処行ったか知らない?」

「京一さんなら、仕事に行きましたよ」

「仕事? 一人で?」

「ええ」

「…………夕べ、何か遭った……?」

「遭った……と言うか……、何と言うか……」

「蓬莱寺が戻って来たら、直接訊くといいんじゃないか?」

寝癖が付いた髪をしたまま、シャツに制服のズボンを履いた、さも寝起き、な姿の二人に、龍麻が片割れの行方を尋ねれば、九龍は何故か言い辛そうに、甲太郎は何処となく腹立たしそうに、ボソボソ、夕べの成り行きを誤摩化し。

「ちくしょー、ねみぃ…………」

そこへ、非常にタイミング良く、京一が帰って来た。

折良く帰って来た京一を捕まえ、何がどうしてどうなっているのか、一から十まできっちりと説明しろ、と龍麻は迫り、が、京一は、猛烈に眠いから、説明は、吐き出したくなるくらい濃いコーヒーを飲んでからだ、と譲らなかったので、彼のリクエストに従い、エスプレッソよりも苦いそれを、サーバー一杯淹れてやり、自分や少年達には、寝起きの胃に優しい濃さのコーヒーを淹れ。

「で? 夕べ、何が遭ったんだよ、京一」

ダイニングテーブルの、隣の席にドカリと座った京一を、にーーーー……っこりと微笑みながら睨み付ける、という器用なことを龍麻はしてみせた。

「あー……、その。何つーか……」

「早い処、龍麻さんに全部説明して下さい。でないと、俺との『話し合い』も出来ませんよー? 違いますかー? 京一さーん?」

「グズグズしてないで、とっとと白状した方が身の為なんじゃないのか? 傷が浅くて済む」

迫力満点の笑みと、同じく迫力満点の視線から、京一はしらー……っと眼差しを逸らせたけれど、対面の席に並んで座った少年達が、口々に追い打ちを掛けたので。

「お前等……。…………まあ、俺が悪いっちゃ悪い、か……。しょーがねーなー……。────あのな、ひーちゃん……」

覚悟を決めた京一は、村雨に支払った『賭けの代金』のことだけは隠し通して、昨夜の出来事を話した。

「……………………京一。立って」

三十分程を要した、昨夜の事情説明が終わった途端。

龍麻は、浮かべっ放しだった迫力満点の笑みに一層の凄みを増させ、立て、と京一に命じ、自らも静かに立ち上がり。

「お、応……」

「素直で宜しい。………………この、ド阿呆ーーーーっ!!」

ひくり、頬を引き攣らせながら立ち上がった京一を、罵声と共に、渾身の力でぶん殴った。

「くっ……おっ…………。痛ってーーーーーっ!」

「うっわー……。俺、あれは喰らいたくないなー……」

「あれだけ強烈な奴喰らって、倒れない辺りは流石って奴か?」

バキリ! と盛大な音立てて殴られたものの、何とか吹き飛ばされずに京一は踏み止まり、あれはきつい……、と少年達は、流石に同情を寄せた。

「秘拳・黄──

──待てっ! それは、幾ら何でも洒落になんねーっ!」

渾身の一撃を京一が堪えたのが、大層気に入らなかったらしい。

本格的な構えを取ると、龍麻は、最大奥義の名を口にし掛け、赤く腫れ始めた左頬を押さえつつ、京一は片手で彼を押さえ込んだ。

「何でなんだよ…………。何でそんなことしたんだよ、京一のド阿呆っ! あれっだけ、実力行使は駄目だって言ったのに! きっと、他にも方法がある筈だって、あんなに言ったのに…………っ」

「だから、ひーちゃん、それは…………」

「俺、何で黄龍がお前のこと引っ叩いたのかよく解る。絶対に、『あいつ』だって、今の俺と同じ気持ちだったんだ…………」

伸ばされた手を振り払う彼と、手を振り払われてもめげない彼との攻防は、少しの間続き。

片手では間に合わない、と悟った京一が、両手で抱き締める如くにしたら、龍麻はやっと暴れることを止め、代わりに、ポロッと泣き始めた。

「龍麻…………。……俺が悪かった。謝るから。この通りだから。泣き止んでくんねえ……?」

「……嫌だ」

「二十三にもなって、男のくせに泣くな」

「誰の所為で俺が泣いてると思ってるんだよっ! 何が一番悪かったのかも解ってないくせにっっ」

「それくらい、解ってる。俺が勝手に葉佩のこと──

──違うっ! そうじゃないっ! それも悔しいし腹立たしいけどっ。そうじゃないっ。そうじゃなくて…………っ……」

テーブルを挟んだだけの距離に甲太郎も九龍もいるのに、憚らずに龍麻は泣き出し、京一はほとほと困り果て、ちらり、と少年達に視線を流せば、二人は揃って、知らんぷりを決め込みそっぽを向いたので。

「何で……何で、何年経っても、そんなに馬鹿なんだよ、京一は……っ!」

「御免な。お前の言う通り、何が悪かったのかも、俺には解ってねえみたいだけど……悪かった……」

龍麻を抱き締めたまま、少年達に背を向け、ぎゅっと腕に力を籠めた彼は、宥める風に、そっと、瞳に、頬に、唇に、優しいキスを降らせた。