優しく抱き締めてやっても、抱き締める腕以上に優しくキスを降らせても、龍麻は中々泣き止まなかった。

奥歯を噛み締め、嗚咽し、ひたすらに、悔しさが流させる涙を零し。

「何年経っても、京一の欠点は変わらない……。……嬉しいよ? 嬉しくは思うよ? 京一にとっては俺が絶対だってことも、何よりも一番に、俺のことだけを考えてくれるってことも。でも……何で? 何で京一は、俺のことになると、真っ先に自分のこと切り捨てるんだよ……。葉佩君の邪魔なんかしたくないって、自分だってあんなに言ってたくせに……っ。何で俺のことになると、自分のそういう気持ちまで、全部押し殺しちゃうんだよ……。挙げ句、俺のことだって言うのに、俺の気持ちすら無視して……っ! ……俺のことなのに、京一は何時だって、俺の気持ちなんか考えてもくれなくなる……っ」

「…………お前が怒ってんのは、そこ、か……」

泣きながら彼が洩らした言葉から、やっと、京一は己の愚かさを悟った。

「そうだよっ! それが一番悔しいしっっ。あんなに言ったのに、葉佩君のこと実力行使で阻もうとしたのも悔しいしっ! 何年経っても京一の欠点は変わらないしっ! 馬鹿で馬鹿で、泣けて来るくらい馬鹿で……っ。…………葉佩君と皆守君にも、一発ずつ殴られろっ!」

「悪かった……。すまないと……思ってる……。悔し泣きする程の思い、お前にさせちまって…………」

「ホントにそう思ってるなら、生まれ変わるくらいの勢いで反省しろ、ド阿呆っ!」

ああ、そうか……、と。

頭上から、京一の溜息が零れたのを合図に、最後にもう一度怒鳴ると、龍麻は彼の腕の中からするりと抜け出て、洗面所へと駆け込んで行った。

「…………お疲れ様でした」

「今のは喧嘩か? それとも惚気か?」

「……うるせぇ、ガキ共」

顔を洗いに行ったのだろう、龍麻が向かった洗面所から、盛大に水の流れる音がし始めたのを聞き、ひたすら、有らぬ方を向いていた九龍と甲太郎は振り返り、椅子に腰掛け直しながら、少年達の眼差しへ、京一は苦笑を返した。

「それにしても……京一さん、物凄い欠点持ちですな」

「…………しみじみ言うんじゃねえよ。俺だって自覚してんだよ。昔、もう一人の親友にも言われたしな。今の俺の一番の欠点は、龍麻のことになると、龍麻の気持ちも考えず、真っ先に自分を切り捨てちまうことだ、って」

「最悪の欠点だな」

「うるせぇっつってんだろ。黙れ、皆守」

「夕べの今朝だ、嫌味くらい言わせて貰ったって罰は当たらない」

「あー、そうかよ……」

「そりゃそうと。一つ、訊いていいですか?」

恐らく、龍麻は当分戻って来ないと踏み、ならば今の内だと、昨夜の仕打ちに対する恨みを晴らす意味も込め、存分に、言いたい放題言ってから、九龍は、京一いびりを甲太郎に任せ、疑問を口にした。

「何だよ」

「結局、何で夕べ、黄龍は起きちゃったんですかね? 何か、意味でもあったのかなあ……。黄龍も、そんなに、俺のこと止めたかったんですかねえ……」

「……ああ、それか。…………そこは、俺にも判んねえ」

彼の問いは、個人的な感情よりも、宝探し屋としての自分を優先させたそれに思え、こいつは仕事馬鹿なのか? と口角だけを歪めて笑った京一は、判らない、と首を振った。

「………………九ちゃんもあんたも、何で、そんな簡単なことが判らないんだ?」

すれば、ふん、と甲太郎は、二人を──特に京一を──鼻で笑った。

「え? 甲ちゃん、判ってんの?」

「普通、判るだろ? 俺に言わせれば、あの場に居合わせてて判らない方がどうかしてる」

「悪かったな……。判んねえから首捻ってんだよ。勿体振らずに教えろって」

「あんた……一番の当事者なのに、本当に判らないのか? 幾ら何でも、それだけが目的だったって訳じゃないだろうが、どう考えたって、あいつの一番の目的は、あんたを引っ叩くことだぞ」

「……どうして?」

「あんたが、どうしようもない馬鹿だからだろう? ──緋勇の身に起こることの全て、知ること、感じることの全て、あいつのモノでもあるんだろ? ってことは、本来だったら、緋勇が絶対に駄目だと言った、実力行使で九ちゃんがあそこの奥へ進むのを阻むってのは、黄龍にとっても気に入らないことになる筈だ。でも、目覚めたあいつは、蓬莱寺、あんたと同じ……いや、あんた以上に手厳しいやり方で、九ちゃんを倒そうとしてみせた。そうすれば、あんたは俺達を庇わざるを得なくなって、実力行使も済し崩しになるって、黄龍には判ってたんだろう。実際、そうなったしな。……だから、他にも目的はあったんだろうが、黄龍は、緋勇のことしか見えなくなってたあんたが、自分の気持ちも、緋勇の気持ちも全て無視して突っ走ろうとしたのを止める為に目覚めたんだと、俺は思うが? 黄龍にとっては都合の良かったことに、夕べは、ああいう存在が目覚めるには最適な夜だったそうだし?」

今だけは、底のない愚か者にしか映らない京一に、事も無げに甲太郎は語り。

「……………………おーーー! 成程! 甲ちゃん、頭いいーー! そうか、前に京一さんが言ってたみたいに、黄龍は、暴走したら最後の存在だけど、普段は、考えることもやることも、龍麻さんと殆ど変わらないのか。何だ、じゃあ、全然怖くないじゃん。強引に起きて来たのも、それなら納得だし」

ぽむ、と九龍は手を叩いた。

「何か、納得いかねー……」

けれど京一は、何処となく不貞腐れたような顔付きで、深く腕を組んだ。

「納得出来ないんじゃなくて、納得したくないだけなんじゃないのか? 五年前に起こった、あんた達の戦いの話をしてくれた時、あんた、言ってたよな。宿った黄龍に体を乗っ取られた緋勇を叩き起こすのに、難儀した、って。……あんたや緋勇や、あんた達の仲間は、又聞きでしか話を知らない俺達なんかよりも遥かに、黄龍の恐ろしさを知ってる。黄龍が暴走したらどうなるかとか、緋勇が緋勇でなくなった時のこととか、色々、実体験してる。だから、黄龍や、黄龍の力の恐ろしさだけが、先に立ってるんじゃないのか? 頭では判ってても、感情や行動のレベルで緋勇と黄龍は同一だってことが、二の次になってないか?」

「だがよ……黄龍って存在は…………。それに黄龍は黄龍で、ひーちゃんじゃ──龍麻じゃない。龍麻の一部分だけど、龍麻自身じゃない」

「単純に割り切れないことなのは、俺だって承知してる。封印とやらが緩んでる黄龍を抑え込み続けてる緋勇や、そんな緋勇を護ってるあんたが、どれ程大変な想いをしつつ、山程のことを抱えながらこうしてるかってことくらい、俺にだって想像は出来る。だが、1+1は、どうしたって2だ。その他諸々は兎も角、夕べのことに関しては、それ以外説明の付けようがないんじゃないか? ……あんたの言う通り、緋勇と黄龍は同一人物じゃない。でも、緋勇の想うことが黄龍の想うことになるなら、緋勇にとって、あんたが絶対である限り、黄龍にとっても、あんたは絶対だ。……緋勇にも黄龍にも、この上無く愛されてるな、蓬莱寺」

「……ガキが、大人をからかってんじゃねえよ。でも………………。──……皆守」

──又もや、五つも年下の少年に、ふん、と鼻で笑われ、この野郎、と京一は眦を吊り上げたけれど。

直ぐさま、何かに思い当たった風に、椅子を鳴らして立ち上がり、甲太郎の傍らに立つと、両手でバシバシ、彼の肩を叩いた。

「痛い。何なんだ、鬱陶しいっ」

「サンキューな! お前のお陰で、『切っ掛け』掴めそうだ」

「はあ?」

「……ああ、こっちの話だ。兎に角、お前のお陰で、って奴だよ」

「…………何が何だか、よく判らないが……俺は、『あの時』、あんたが俺に言葉を尽くしてくれた借りを返しただけで、別に、感謝されるようなことなんか言ってない」

「そうだったとしてもだ。…………有り難うな、『甲太郎』」

「だから、別に…………」

「……あ。甲ちゃん、ひょっとして照れてる?」

「黙れ、馬鹿九龍っ」

幾度となく肩を叩く手は痛みさえ感じる程で、パン、と鬱陶しい手を甲太郎は払い除けたが、先程とは比べ物にならぬ程晴れやかな笑みを浮かべた京一に、感謝と共に『甲太郎』と呼ばれた彼は、困惑した風に、そっぽを向き。

からかって来た九龍の頭を、照れ隠しにスパンと叩いた。