「叩くことないだろ。ホント、甲ちゃんってば……。まあ、いいけど……。──じゃー、京一さん、今度は、俺との『話し合い』、行きましょーかー! 今日の本題は、そっちですからねぇぇぇ」

引っ叩かれた旋毛の辺りをこすこすと摩り、拗ねた目で甲太郎を見上げてから、九龍は、にたぁ、と京一へ向き直った。

「お。そうだった。…………夕べは悪かったな、二人共。取り敢えず、ひーちゃんが言ってた通り、一発ずつぶん殴っとくか?」

雰囲気を変えた九龍を見下ろし苦笑いして、己の席に戻ると、京一は改めて、二人へと頭を下げた。

「いえ、俺はいいです。甲ちゃんはどうだか知りませんけど。……ホント言うと、何時か、あんなことになるんじゃないかなあ、なんて思ってましたし、京一さんだって、俺のことが憎くってああしたんじゃないってことも、龍麻さんと、京一さん達が五年前に護り通したこの街の為にだったってことも、判ってますから。俺だって、京一さんの立場だったら、同じことしたと思いますしね。だから、それはもういいです。……辛くなかったって言ったら嘘です。とっても辛くて悲しかったです。だから夕べは、京一さんの所業、龍麻さんに言い付けて、うーーーんとイビリ倒してやろう、なんて意地の悪いこと考えてましたけど、俺が何か言う前に、目一杯強烈な奴、龍麻さんがお見舞いしてくれましたし」

「お前……」

「で・も。話し合うとこは、きちんと話し合いましょー、京一さん! ……京一さん、未だ、俺のこと止めるつもりですか?」

「……もう、そんなつもりはねえよ。これ以上、あんな真似事出来る訳ねえだろ。お前等に辛い想いさせて、ひーちゃん泣かせて、だってのに、又あんなことしたら、今度こそ、俺の命はねえからな。俺だって、本心からあんなことしたかった訳じゃねえし。但……他に、方法が見付けられなかっただけでさ」

深々と詫び、未だ、憂さが残っているなら、と京一は言い出したが、九龍は笑って首を横に振り。

だから京一は、もう二度と、あんな馬鹿なことはしないと言い切ってから、ちょいちょい、と九龍を手招いた。

「何です?」

「お前、ホント面白れえよ。いい奴だしな。──お前にも感謝してるよ。有り難うな、『九龍』」

両肘をテーブルに付き身を乗り出した彼を、微笑みながら見遣って、京一は、彼の頭を撫でた。

「………………おおおおお。何か、ホントの兄貴に褒められた気分。あっはーーー……」

その手付きは何処までも、幼子を褒める為のそれだったけれど、うわあ、と九龍は嬉しそうに顔を綻ばせながら京一と甲太郎を見比べ、が、甲太郎は、何処となく機嫌を損ねた風に、九龍から目を逸らし。

「あー、ひょっとして…………」

彼の態度を横目で見た京一は、ニヤリと笑った。

「……何だよ」

「いや、別に?」

「言いたいことがあるなら、はっきり言ったらどうだ」

「…………いいのか? 言っても」

明らかにからかおうとしている京一の笑みに、ムスっと甲太郎は言い、京一の声音は弾みを増し。

「御免……、って、皆して、どうかした?」

そこへ、熱い湯で絞ったタオルを目許に当てながらの龍麻が戻って来た。

「あ、ひーちゃん。……いやなー、甲太郎と九龍がなー」

九龍の頭を撫でながら、ニヤニヤと甲太郎を見ている京一と、機嫌が下降線を辿っている甲太郎と、何事? と目を瞠っている九龍を見比べる龍麻に向けて、京一は口を開き。

「……え?」

何故かそこで、龍麻は目を丸くした。

「ん? どうかしたか? ひーちゃん」

「だって……京一が、葉佩君と皆守君のこと、名前で呼ぶからさ。…………俺が顔洗ってる間に、何してたんだよ」

「唯、喋ってただけですけど……。喋ってたって言うか、京一さん吊るし上げてたって言うか。……京一さんが、誰かのこと、名字じゃなくて名前で呼ぶって、そんなに珍しいことなんですか?」

自分達の呼び方を京一が変えた、それに驚いているらしい龍麻に、九龍も驚いた。

「うん。京一って、凄く判り易い所あってね。京一が、ちゃん付けで呼ぶ女の子とか女性とかは、気に入ってるか、可愛いと思ってるか、そのどっちかな証拠だし、男は、京一にしか判らない、『京一基準』をクリアした相手だけ、名前で呼ぶんだよ」

「……お。成程。ってことは、俺と甲ちゃんは、その『京一さん基準』をクリア出来たってことですね。やったな、甲ちゃん!」

「…………別に、嬉しくない」

「まあ、皆守君が嫌がろうとどうしようと、『京一基準』をクリアして、京一に認められちゃったんだから、もう二度と、名字では呼ばれないよ」

「……だってさ。──いいじゃん、そんなに、捻くれたこと言うことないじゃん。誰かに認めて貰えるってことは、いいことだよ? 甲ちゃん。……って、あ、そうだ。それはそうと。龍麻さんも戻って来たんで、『話し合い』の続きしましょ」

龍麻の驚きの理由を知り、誇らし気に胸を張り、拗ねたままの甲太郎を嗜め、戻って来た彼が腰掛けるのを待って、九龍は、『話し合い』の再開を宣言した。

「ああ。さっきから、脱線しっ放しだからな」

「……誰の所為だ」

「いい加減、拗ねんの止めろ、甲太郎。…………で? 九龍。お前は何を話し合いたいんだ? もう、俺は二度とあんな真似はしねえってのは、確かめたろ?」

「あ、その辺のやり取りは、もう片付いたんだ。案外、早かったね」

既に、三分の二程も中味の減ったサーバーから、コーヒーをカップへと注ぎ足して、そっぽを向いたままの甲太郎を軽く叱りつつ、京一は、龍麻と二人、九龍へと向き直る。

「…………話し合いって言うか。お願いなんですけど。この際なんで、ホントにホントのぶっちゃけ話をして貰えませんか? 俺達は知らないけど二人は知ってる、ってことがあるんだったら、洗いざらい、教えて下さい。そうして貰うのが、一番いいと思うんです。…………俺は、少なくとも今は、宝探し屋である自分を捨てる気はないです。あの遺跡の奥にあるって言われてるお宝を探すの、諦めるつもりもないです。でも、このまま俺が進んだら、二人が懸念してる通り、龍脈や、この街や世界にとって、良くない何かが解放されちゃうかも知れません。けど。何処かに何か、方法があると思うんです。この街や世界を壊さずに、あの遺跡を暴く方法が」

「九ちゃん。お前、そんなこと考えてたのか?」

頬杖を付きながらじっと見詰めて来る青年達へ、真摯に告げた九龍を、甲太郎は意外そうに見たが。

「…………うん。考えてたって言うか、今朝、決めたことなんだけどさ。……甲ちゃん、俺が弱音吐いたら、俺の思う通りにやればいいって言ってくれたろ? 後悔しないようにすればいいって。だから、考えて、そうしようって決めたんだ。…………俺がしようとしてることは、誰の為にもならないかも知れない。《墓》を暴くなって言ってる皆に、俺のこと心配してくれる甲ちゃんや明日香ちゃん達に、京一さんや龍麻さんに、迷惑掛けるだけかも知れない。俺がしてること喜ぶのは、ファントムみたいな連中だけかも知れない。……でもさ。前から言ってる通り、俺はあそこを、『想いの墓場』だって思ってる。色んな人の想いが眠る、寂しくって哀しいお墓だって。……そんなの、嫌じゃないか。悲しいよ。俺なんかに偉そうなことは言えないけど、うんとうんと頑張れば、全てが丸く収まるかも知れないなら、俺はそうしたい。『想いの墓場』を只の遺跡に戻す方法があるなら、それを見付けたい。そうすれば、俺だって心置き無く《秘宝》探せるし。だから、一生懸命知恵絞って、あの遺跡の謎を解きたいんだ」

強い決意を秘めた眼差しで、九龍は甲太郎を見遣りつつ、そう言い切った。