「九ちゃん…………」

九龍の決意を知り、ぽつり、彼の名を呟きつつ、甲太郎は酷く辛そうに俯いた。

しかし、誰もがそんな彼の風情を見て見ぬ振りし。

「…………………………あ」

「何だ? ひーちゃん」

ポン、と龍麻は手を叩き、持ち上げ掛けていたコーヒーカップを、京一は止めた。

「そうか……。……うわ、俺、本当に馬鹿だ」

「あ? どうしたよ、急に」

「ふと、思い付いたんだ。今、話すよ。──あのさ、葉佩君。俺達がね、必要以上に葉佩君の戦いに手を貸さなかったのには、二つ、理由があるんだ」

「理由、ですか……?」

「うん。一つは、前、特別に遺跡に付き合った時にも言ったけど、雑魚な化人との戦いは兎も角、《執行委員》の皆や、区画を守ってる巨大化人と戦うのは、『君達だけの世界』だと思ってたから。で、もう一つの理由はね、《執行委員》やデカブツとやり合って、その子の宝物を取り戻す、ってことそのものに、意味があると思ったからなんだ。……もしも本当に、それに意味があるなら、俺達みたいな完全な部外者が手を出しちゃいけないだろう? そこだけは確実に、遺跡の奥を目指す者──葉佩君が、やり遂げなきゃならないことなら。…………でも、さ。本当に、遺跡の最深部に葉佩君が辿り着けて、君曰くの『想いの墓場』が全て解放されて、《秘宝》を手に入れるか、後は《秘宝》を手に入れるだけ、って段階になって初めて、あそこに眠ってるだろう碌でもないモノが目覚めるなら、その時にはもう、誰がどんな手を貸したって、支障はなくなるんじゃないかな?」

「……お? それは、どういう意味です……?」

「だから。どうにも意味があるように思える、《生徒会》関係者や化人との戦いを全て君が制して、後はホントのラスボスを倒すだけ、になったら、意味のある過程は終わっちゃってるんだから、誰が葉佩君の戦いに手を貸しても問題はなくなるんじゃ? って意味だよ。…………だとするなら。俺も京一も、君に手を貸してあげられる。どんなモノが飛び出て来るか判らないけど、百数十年も生き続けて来た化け物みたいだった奴や、暴走した黄龍と戦った経験、俺達にはあるし。何だったら、仲間全員、呼び付けたっていい」

「………………そうか。俺達みたいな、部外者が手を出しちゃなんねえことさえ終わっちまえば、最悪、その先に何が出て来ようが、九龍達だけで何とかしなきゃなんねえって事態にはならねえのか……。…………偉い! でかした、ひーちゃんっ!! そうだってなら、何とかなるかも知んねえし! 九龍も、思う存分《秘宝》探しが出来るじゃねえか!」

黙って九龍の決意を聞いていた龍麻が、不意に思い立ったことに、京一は満面の笑みを浮かべ、握り拳を固めた。

「え、でも……。そうだとすると、龍麻さんや京一さんも、思いっ切り、出て来るかも知れない、正体不明の相手の矢面に立っちゃうってことで……。それって、龍脈や黄龍との兼ね合い的に、拙いんじゃないですか? つか……何で、その段階になったら目一杯手出しすること、二人の中では決定事項になっちゃってるんです?」

「……例え、あんた等の思い付き通りに話が転がったとしても。その段階に辿り着くまでに、九ちゃんは、残りの《生徒会》関係者と戦わなきゃならない。楽観するのは早いんじゃないか?」

だが、青年達よりは幾分か冷静だったらしい少年達は、揃って渋い顔をした。

「何で? 龍脈や黄龍と俺との兼ね合いがどうだろうと、出来ることがあるなら、俺達はするだけだよ?」

「だな。お前達の手助けしてやりてぇし。そうすりゃ、五年前みたいに、俺達の大切なモン護れるってんなら、悩む必要ねえだろ?」

「それにさ。何がどうなっても、何が出て来ても、負けるつもりなんかないし、負けたりしないし。ねえ? 京一?」

「あったりまえだ。俺達が負けたりなんかする訳ねえよ。お前達だってそうだ。お前達が、そんじょそこらの奴に負けたりする訳ねえだろ。グダグダ言ったって始まらねえ。可能性が見えて来たんだ、だったらやれることやりゃあいい。何だって、なるようにしかならねえし、なるようになる。どうしてもって言うんなら、なるようにしてやる」

けれど、龍麻も京一も、ケロリとした風情で、ポンポンと言って退け。

「天晴な自信ですなー……」

「あんた達、本当に馬鹿だろう…………」

「そう? 俺達は、これが普通だけど」

「諦めたり、引き下がったりってのは、早々出来ない性分でな」

「それに、俺達も、君達も、お互いの事情に首突っ込み過ぎちゃったんだから、今更、細かいこと言ったってしょうがないよ。……いいじゃないか。これで、葉佩君が遺跡の奥へ進んでも、何とかなるかも知れないって目処が立ったと思っとけば。そこ気にしないでいいんなら、今までよりも、全力出せるだろう? どうしても気が引けるって言うなら、夕べの京一の馬鹿の詫びの代わりってことで、どう?」

少年達は、ひたすらに呆れたけれど、青年達の調子はこれっぽっちも変わらなかった。

「…………甲ちゃん。俺、二人がこんなに体育会系な人達だとは思わなかったよ、正直」

「……まあ、馬鹿だからな。お前とは又違う意味で」

「でも……こうなった以上、あーだこーだ言ってみても、無駄ってことだけはよく理解出来た。うん」

「そうだな……。こいつ等のことだ、俺達よりも遥かに、自分の身を守ることには長けてるから、放っとくか」

「……そーね。取り敢えず、この流れは忘れよう。つか、俺は忘れる。それこそ、もうなるようにしかなんないし。と言うことでー。俺達はもう少し、理性的に行くとしましょうかね。……何から考えようか、甲ちゃん」

「何、と言われてもな……。そんなこと訊かれても、俺にだって答え様はないが……今出来ることは、一度、これまでに判ったことを全て挙げて、整理してみる、って処じゃないか?」

「…………だね。じゃ、やってみよっか」

故に、九龍と甲太郎は、はあ……、と肩を落とし、或る意味、大変厄介な青年二人を横目に見ながら軽い愚痴を零し合って、九龍は『H.A.N.T』を、甲太郎は似非パイプを、各々ポケットより取り出した。

「それはそうと、腹減ったな、ひーちゃん」

「うん、俺も。もう二時半近いし。でも、直ぐ出来るような物、冷蔵庫にないから……、あ、そうだ。マミーズから出前取ろうか?」

「お、手っ取り早くていいな。そうすっか。──お前等も食うだろ? 何にする? つか、何カレーなんだ? お前等」

「あ、出前ですか? えーーーと。今日は一寸変化球で、カレーラーメンにしようかな。甲ちゃんは?」

「何時もの」

「はいはい。じゃ、カレーラーメンと、カレーライスでお願いしますー」

「ん、判った。京一は?」

「五目ラーメン」

「……皆守君にしても、京一にしても、ホント、好きな物しか食べないんだから……。……俺は、親子丼にしよっかなー」

少年達が、前向きなことを話し合おうとし始めた横で、青年達は暢気に、遅くなってしまった昼食をどうするか考え始め、全員のリクエストを聞き終えた龍麻は、苦笑しながら携帯を取り出し、マミーズに電話を掛け始めた。

「龍麻さんじゃないけど、本当に甲ちゃんはカレーレンジャーで、京一さんはラーメンマンだなー……」

「カレーレンジャー言うな」

「事実じゃん。……この間も言ったけどさ、毎日毎日、カレー三昧ってのも、正直どうかと思うよ? もーちょーっとだけでも、違う物食わない?」

「俺の勝手だろ」

「むっ。可愛くない言い種っ! 俺はこれでも、心配してるんだぞーっ! って、そうだ! やっぱしこの間聞き損ねたこと、白状しろ、甲ちゃん! 甲ちゃんが、カレーな食生活になった切っ掛けの話! 何か、原因があるっぽい雰囲気だったし!」

出前の電話を掛ける龍麻と、コーヒーを淹れ直し始めた京一を視界の端で眺めつつ、九龍は、以前有耶無耶にされた、甲太郎が、カレーを最愛の食物とするに至った経緯を知りたがり。

「…………だから、それは……その…………」

「その?」

「……………………言いたくない」

遅い昼食のメニューのことから、思い掛けなかった方へと話題を流された甲太郎は、似非パイプの吸い口をガチリと噛み締め、ぼそっと言った。