「え? ……あ、御免……。ひょっとして俺、嫌なこと訊いちゃった……?」

その刹那、甲太郎の面は、どうしようもなく冥くなり。

最大且つ最愛の食物、カレーに関する話で、甲太郎がそんな顔をするとは思ってもいなかった九龍は、慌てて、彼のシャツの裾を掴みながら詫びた。

「……別に、お前が謝るようなことじゃないだろ」

「だけど、さ……。言いたくないこと訊いちゃったなら、やっぱ悪いっしょ……?」

「…………そうじゃない。唯、詰まらなくて下らない話だから、言っても仕方無いと思っただけだ」

申し訳なさそうに布地を引く指先を見下ろし、甲太郎はアロマに火を灯しながら素っ気なく言い。

「そっか……。御免…………」

「だから……。────本当に、詰まらなくて下らない話だ。…………俺が四つの時に、母親が死んでな」

丘紫を香らせながら、結局、『切っ掛け』を話し出した。

「……え? う、うん」

「そういう訳で、本当にガキだった頃から、自分の飯は自分で作ってて。その頃の俺にも真っ当に作れた料理らしい料理は、カレーだったんだ。……ま、それが切っ掛けだな」

「…………四つの頃から? 一人で? ずっと?」

「最初の内は家政婦が通ってたが、どうにも俺と上手くいかなくて、直ぐに辞めちまった。それからも、来る家政婦全員長く続かなくて、その内、雇うだけ無駄だって話になって以降は、一人だ。……よっぽど、可愛気の無いガキだったんだろ、俺が」

「………………………………御免、甲ちゃん。そんな話させちゃって……」

淡々と語られた、甲太郎の幼い頃の話に、九龍は顔を歪め。

「……お前が、そんな顔する程の話じゃない」

ポン、と甲太郎は、九龍の頭を軽く叩いた。

「けど…………」

「九龍。もう、それ以上言うな。────出前、直ぐに持って来てくれるらしいからよ。とっとと飯食って、遺跡の話でもしようぜ。じゃないと、俺は寝るぞ? 電池切れんぞ?」

「……京一、徹夜だもんね。──そうだ。うん、カレーやラーメンだけってのも何だから、サラダでも作ろうか。葉佩君、手伝ってくれる?」

「あ、はーーい」

気にするな、と甲太郎自身に宥められても、九龍は何かを言い募ろうとし、が、京一が彼を留め、龍麻は何事もなかったように、話を昼食のことへと戻した。

程無く届いた出前と、真っ当な調理をした龍麻と、調理と言うよりは調合をしてみせた九龍の合作によるサラダとコーヒーで遅い昼食を終え、マジで眠い、とごね始めた京一を龍麻がド突きながら、彼等は、《墓》の正体を暴くことに専念し始めた。

だが。

これまでの約二ヶ月間で判明した事実はそれなりに多いにも拘らず、どうしても、全ての辻褄は合わなかった。

「あーーー、判んないーーーー! そりゃ、あそこの謎を解く鍵は全て揃ってないかもだけど! それにしたってー!」

「落ち着け、九ちゃん」

「俺だって、落ち着きたいけどさー……」

「まあまあまあ。でも、葉佩君が言う通り、どうにも腑に落ちないなあ……」

「そーなんですよ、龍麻さん。腑に落ちないんですよ。絶対、みょうちきりんですよ、あそこ」

「…………なあ、九龍。俺、ずーっと気になってたことがあんだけどよ。それ、訊いていいか?」

「何です? 京一さん」

「物凄く、根本的なことなんだけどよ。お前は、この学園の中に、超古代文明にまつわる遺跡があると判ったから、行って《秘宝》を探して来い、って言われたんだよな? ロゼッタに」

「そうですよ。それが、どうかしました?」

「………………あの、よ。俺には、そっから判んねえんだけど」

幾つもの事実を付き合わせてみても、中々進まない検証作業に、きー! と九龍は喚き出し、追い打ちを掛けるようだが、と京一は、秘かに抱えていたらしい疑問を口にする。

「え? どういう意味です?」

「何つーか……。……ここは、酷く閉鎖された学園だよな? で以て、大昔──ひょっとしたら、この学園が創立された頃から、《生徒会》は《墓》を守ってて、《墓》を侵す者を排除して来てる」

「……ええ、そうですね」

「じゃあ。外界から隔絶された、生徒は勿論、教職員ですら滅多なことでは学外に出られないこの学園の中に、超古代文明にまつわる遺跡があるってことを、どうしてロゼッタは知ったんだ? たまたま、この学園に入学した生徒や、たまたま、この学園に就職した教職員が、宝探し屋の関係者だった、なんて偶然、先ず有り得ない。宝探し屋は、ここに何かが隠されてるって知ってるから潜り込む。…………不思議じゃねえ? 一番最初に、その存在を知った者は全て《生徒会》に排除されるここに、超古代文明にまつわる遺跡があるって知って、それをロゼッタに伝えたのは、誰だったんだ? 何が切っ掛けだったんだ?」

「………………………………素晴らしきかな、野生の勘」

当人の弁通り、非常に根本的な疑問且つ問題を問われ、九龍は思わず、京一に向けて合掌した。

勿論、そういうことをするなと何度言えば判る? と甲太郎に頬を抓られたが。

「甲ちゃん、痛いよ……」

「お前に、学習能力がないからだろうが。──でも……言われてみれば確かにそうだな……。どうして、ここに《墓》があることを、ロゼッタは知ったんだ?」

「さあ……。俺も、そこん処、疑問に思ったことなかったから……。…………何か、資料でもあるのかな。資料って言うか、伝説とか伝承の類いでも……。そーゆーのも、ロゼッタは掻き集めて調べてるから、その内の何かに、この場所に関することでも書いてあった、とか……」

「でも、だったら何でロゼッタは、それを葉佩君に言わないんだろう? それに、ロゼッタ絡みの疑問なら、俺にもあるよ」

「え、龍麻さんもですか?」

「うん。過去、ロゼッタは何人もここにハンターを送り込んでて、でも、全員行方不明なんだろう?」

「…………はい」

「送り込んだハンターが悉く帰って来なかったら、普通はさ、次に派遣するのは、相応のベテランを選ばないかな。何で、危険且つ手強いのを重々承知してる遺跡の探索に、宝探し屋になったばかりの葉佩君を選んだのかな。……そりゃ、理由は幾らでも付けられるかも知れないよ? 日本にある閉鎖的な学園だから、日本人の方が都合がいい、とか、年齢的に、とか。でも、やろうと思えば、留学生って形だって取れたろうし。何より、何で学生としてだったのか、ってトコが俺は不思議。学生って身分は、探索に専念するには不向きだろう? 授業をサボれば目を付けられるし、《生徒会》云々を抜きにしたって、しょっちゅう寮から抜け出してるのがバレたら、退学させられ兼ねないのに」

勘としてはピカ一な、京一の『野生の勘』のお告げに続き、龍麻も、ロゼッタに対する疑問を口にし。

「………………ロゼッタのことは兎も角。俺も最近、気になり出したことがある」

甲太郎も、何やら言い出した。

「うわお。甲ちゃんまで。──して、それは?」

「どうして、阿門の一族は、こんな場所に学園を創立したのか、ってことだ。──二千年前から、《墓》はあそこにあるんだろう? あれが出来た頃から、今と同じようにあそこが守られ続けて来たとは限らないが、あれの存在を知らずに学園を作ったとは思えない。何で……侵す者を排除しなくちゃならない《墓》のある場所に、何百人もが集まる学園なんか作ったんだ?」

「うーーーーーむ。…………もしかしてさ。本当に本当の根本から考え直さないと、遺跡の謎は解けないってこと……かな?」

彼が気にしていたという疑問も、酷く根本的なことで。

ひょっとすると自分達の謎解きは、出発点からして間違っていたんだろうか、と九龍は頭を抱えた。