うーーーん、と唸りながら延々頭を抱えていた九龍は、やがて、悩みながらも俯き加減だった顔を持ち上げた。

「……もしも、謎解きの出発点が違うんだとしたら。何処から考えたらいいんだろう。……二千年前? それとも、この学園が創立された明治時代? さもなきゃ、三十年前のことから?」

「三十年前? 九ちゃん、何で三十年前限定なんだ?」

『H.A.N.T』を弄りながらの九龍の呟きに、甲太郎は眉間に皺を寄せる。

「あ、そうか。甲ちゃんにも、未だ言ってなかったっけ。ファントム同盟騒ぎの時にさ、月魅ちゃんが教えてくれたんだ。司書室とかにあった、歴代図書委員の記録を見てたら、これまでも幾度となく、ファントムと思しき存在の目撃談が載ってたって。何時の時も、ファントムは、《生徒会》に反目する立場を保ってたらしいってことも。……でさ。初めてファントムの名前が記録に出て来たのは、大体三十年くらい前のことなんだと。約三十年前から、稀にファントムらしき奴のことが記録に登場するようになって、この十数年に至っては、三、四年に一度くらいの登場頻度らしいんだ」

「だから、三十年前、か?」

「それだけじゃないよ。二人に教えて貰った、ここの《生徒会》OBの話。あれも、三十年前っしょ? 《生徒会》関係者だった生徒が、卒業後、ここに舞い戻って来るようになったのは、三十年前くらいから徐々にで、十年前くらいからは、一〇〇%になった、って奴。……どういう訳か、ぴったり一致するんだよね。ファントムが初登場した時期と、《生徒会》OBがここに舞い戻って来るようになった時期が。ファントムの登場頻度が増え始めた時期も、OBのリターン率が一〇〇%になった時期も、ほぼ一緒。……だから、三十年前」

「成程……。……何か遭ったのか? 三十年前に」

「さーーて? それは調べてみないと判んない。つか、一回、徹底的に何から何まで調べ直した方がいいのかも」

「……そうだな」

「勿論、甲ちゃんも手伝ってくれるよねーー?」

判らない、との顔付きになった彼に、『何故、三十年前なのか』の理由を九龍は教えて、にーーーっこり、と笑顔でねだった。

「判った、判った……。手伝えばいいんだろ、手伝えば」

「うん! 取り敢えず、学園創立時のことと、三十年前のことから行ってみよー、甲ちゃん!」

「…………じゃあ、葉佩君。俺達は、ロゼッタのこと調べてみるよ」

おねだりに、面倒臭そうな声を絞りながらも、甲太郎は、『降参』と両手を軽く上げ、少年達が学園のことを調べるなら、自分達はロゼッタのことを調べる、と龍麻は言った。

「龍麻さん達がですか? でもそれは、俺が調べた方が早いんじゃないですかね?」

「中の人間じゃなくて、外の人間が調べた方が上手くいくこともあるよ。大丈夫、コネは一杯あるし。手分けした方が効率いいし。……ね?」

「……そう、ですね…………。じゃあ、そっちはお願いします! ──という訳で、今日の話し合いはこれでお終いですな。お疲れ様でしたー!」

どうして、龍麻はそんなことを言い出したのだろうと、九龍は不思議に思ったが、にっこり、それだけで世間を渡れる笑みを彼が拵えたので、「ああ、何か理由があるんだな」と悟り。

今日の処はこれまで、と『話し合い』を終えた。

色々諸々、有耶無耶にされた感は残ったが、まあ、その内その辺も判るでしょう、と気楽に。

「お。一先ずは終了か? うーー、やーーっと、眠れるぜ…………」

「……自業自得。ド阿呆なことした、京一が悪い」

「もう、言いっこなしにしてくれよ、ひーちゃん」

「その辺は終わった話なんで、二人共仲良くー」

彼の宣言を受けて京一は盛大に伸びをし、やれやれな表情になった片割れを龍麻は睨み、まあまあ、と九龍は間に割って入って。

「大丈夫だって。お前等こそ、仲良くやれよー?」

これ以上揉めないで下さい、と言い募った九龍に、へへへー、と京一は笑ってみせた。

「うーと。京一さん、それはどーゆー意味で?」

「あ? 言葉通りだぜ? お前等、上手くいったんだろ? 良かったなー、晴れて恋人同士だな」

「……え? えええええええええええええ? な、な……京一さん、何言ってっ!」

「嘘。京一、それホント?」

「…………何で判った?」

ニコニコ笑みつつ、彼が放り投げた一言に、九龍も龍麻も甲太郎も、それぞれ、らしい驚きを返す。

「お前等、判り易過ぎんだよ。ひーちゃんは、こーゆーことにはビミョーに鈍いから、判んねえかもだけど。九龍は何時もの三倍増しで、甲太郎好き好きオーラ出てっし、甲太郎は甲太郎で、今までそんな素振りも見せなかったのに、さっき、俺が九龍の頭撫でただけで、むかっ腹立ててたしな。……やー、若けぇなあ、お前等。ま、コーコーセーなんだから若けぇのも当たり前か。でも、若さに任せて、寮ではあんま励むなよー? 周りにバレんぞ? けど、励めないってのも不憫だから……いい感じのラブホ、教えてやろうか? ヤロー同士でも入れるトコ。その方が、気兼ねねえだろうからさ。脱走なら、俺等が幾らでもさせてやるし」

「……………………緋勇。こいつ、蹴り上げていいか?」

「うん。止めない。存分にやっちゃって」

「甲ちゃん、俺の分も宜しく」

目を見開いた三人を尻目に、京一が、冗談とも本気とも付かぬことをベラベラ喋り出したので、一同の目は座ったが。

「何でだよ。恋人同士になったモンがやることったら一つだろ。男同士だろうが何だろうが、んなん、摂理で本能だ。照れる話でも何でもねえじゃねえか。寧ろ、ない方が異常だぜ?」

「だからって、他人が口挟んでいいことじゃないだろうっ? 馬鹿京一っ!」

「この程度、ヤロー同士なら健全な話題の内だぞ、ひーちゃん。──あ、そうだ。甲太郎、一寸」

「何なんだっ! おいっ!」

三対の瞳に睨み上げられても、京一の態度は変わらず、何を思ったのか、ジタバタ暴れる甲太郎の二の腕を引っ掴んで、ダイニングを出て行き。

「もー……、京一は……。…………葉佩君、御免ね?」

「いえ……。開けっぴろげでいいんじゃないかなー、なーんて……。…………でも、まあ、そういう訳でして。京一さんに当てられた通り、甲ちゃんと、付き合うことになりました。色々、心配してくれて有り難うございました、龍麻さん。──やーーーっと、この間龍麻さんに貰った、『順番は絶対死守』って忠告の意味、判りましたよ」

残された龍麻と九龍は、はははははー……と乾いた笑いを交わし合った。

「その手の忠告の意味は、一生理解出来ない方が、本当はいいんだろうけどね。……けど、良かったね、葉佩君」

「はい。お陰様で、念願叶いました。未だ、色々問題山積みですし、甲ちゃんと、ずーっと上手くいけるかどうかは判りませんけど、スタートラインには立てたんで、頑張りますっ!」

「…………処でね、葉佩君」

「はい? 何ですか?」

「この間、葉佩君が、俺だけに打ち明けてくれた話、あるだろう? あの時にした約束──京一にも、皆守君にも、他の誰にも喋らないって約束。……もしかしたら、破ることになるかも知れない。そうなっちゃったら…………御免。でも……でも、もしかしたら、それが必要になるかも知れないんだ……」

「そう、ですか………………」

「うん。……本当に、御免…………」

だが、浮ついた雰囲気は、唐突な龍麻の告白で塗り替えられ。

九龍も、龍麻当人も、気拙く俯いた。

「…………いいですよ。気にしないで下さい、龍麻さん。だけど……甲ちゃんや、バディの皆には……」

「大丈夫。それくらいは俺だって弁えてる。けど、どうしても、京一には言わなきゃならないかも知れないから」

「判りました。そうした方がいいなら、そうして下さい。俺は、大丈夫です。それに、京一さんになら…………」

「有り難う。……御免ね」

けれども、九龍は直ぐさま笑みを拵えてみせ。

少々無理して笑う彼を見詰めながら、九龍自身の為とは言え……、と龍麻は唇を噛み締めた。