置き去りにされた龍麻と九龍が、重苦しい雰囲気に包まれていた頃。
京一と甲太郎は、寝室にいた。
「何なんだ、こんな所に引き摺り込んで。俺は、無闇に他人の寝室に踏み込む趣味はない」
「まーまー。いいから待ってろ。……えーーと…………。……うんうん。──甲太郎、これやるよ」
「…………中味は?」
「ローションと避妊具」
「あ?」
「だから、ローショ──」
「──繰り返すなっ! 何でそんな物渡しやがったのか訊いてんだっ!」
「さっきも言ったろ。付き合ってるモン同士、やることったら一つだ」
ベッドサイドテーブルの引き出しから、がさごそ取り出した物を詰めた紙袋を手渡され、中味の正体を知るや否や、甲太郎は声を張り上げ、京一は唯、ニヤッと笑った。
「だからって、何で俺に…………」
「俺の勘」
「……何の」
「訊きたいのか?」
「いや、遠慮する…………」
「そうか。──頑張れよー。下手踏むんじゃねえぞ? 男の沽券に関わる問題だかんなー。俺達のケースは、ちーっと普通じゃねえから、助言はしてやれねえけどよ」
「普通じゃない……? どういう意味だよ」
「俺もひーちゃんも、『力』で治癒が出来るって意味だよ。だから、突っ込む方も突っ込まれる方も痛くな──」
「──言うなっ! 言わないでくれ、頼むからっ! …………っとに……、何であんたは、そんなにあけすけなんだ……」
「何だよ、照れるような話じゃねえだろ。ジョシコーコーセーじゃねえっつの。────甲太郎」
ひたすらに呆れ返る甲太郎に、京一は飄々と言い続け、一転、声のトーンを変えた。
「……何だ」
「めげるなよ。何が遭っても、最後まで諦めんな。男なら、根性見せろ。……九龍と上手くいったからって、お前のウダウダが消えた訳じゃねえんだろ? お前達は未だ、始まったばっかだしな」
「………………ああ」
「俺はもう、馬鹿をするつもりはホントにねえし。この先は、当然、九龍の味方をするが。最後まで、お前の味方もしてやるからよ。……負けんな?」
「……どうして? 何で、あんたはそんなこと…………」
それまでの、ふざけた話もふざけた物言いも全て打ち消し、真顔で、真摯に告げて来た彼の面を、甲太郎は正面から見据えた。
「甲太郎。お前夕べ、本気で、俺のこと倒しに掛かったろ。本気で、九龍のこと守ろうとしたろ。自分が《力》を持ってるって──《生徒会》の人間なんだって、あいつにバレっかも知れねえってのを承知で。…………お前が、どんなモノを、何処まで、どれだけ抱えてるか、俺にゃ判らねえけど。お前は《生徒会》の人間で、俺等は、あの《墓》絡みのことに深入りしちまった、《生徒会副会長》ってお前の立場の敵だけど。何も彼も覚悟の上で、九龍のこと守ろうとしたお前の本気を、俺は買う。……だから。どんな事情がどんな風に転ぼうと、お前がそういう男である限り、俺は最後まで、九龍の味方も、お前の味方もしてやる。いいな? 忘れんな? 何か困ったことがあったら、何時でも言って来いよ」
焦げ茶色の双眸が放つ光を、京一は、己が鳶色の双眸で受け止めた。
「……………………その……」
「ん?」
「何て言うか……。……あんたに、そういう風に言って貰えるのは、悪くないな……」
「そうか? 俺も、悪い気はしないぜ、お前にそう言われんのは」
彼等の瞳と瞳は、暫し、睨み合うように絡んでいたけれど、ふっ……と甲太郎は、照れ臭そうに口許を歪め、京一は、嬉しそうに目許を細めた。
「…………一応、あんたがくれる言葉には、感謝……してる」
「俺も、感謝してるぜ、お前等には」
「なら、貸し借りなしだな。……安心した。借りっ放しなのは、性に合わない」
「おーおー。相変わらず、可愛気がねえな」
「俺に可愛気があったら、気持ち悪いと思わないか?」
「言えてる。可愛気がねえのがお前だからな。……さ、戻ろうぜ、甲太郎」
「そうだな。何やってるんだって、九ちゃん達に思われそうだ。……ああ、そうだ。京一……さん。こんな物貰ったってことは、九ちゃんに黙っててくれ」
「…………前言撤回。可愛いな、お前」
「……うるさい」
──寝室の隅で、互い笑みながら言い合った果て。
恥ずかしいのを隠したかったのだろう、不貞腐れたように、京一さん、と呼んだ甲太郎に、呼ばれた当人は破顔し、盛大に笑われた彼は、茶色い紙袋を皺が寄る程握り締めて、拗ねた風な足取りで、寝室を出て行った。
ダイニングに下りた重苦しい雰囲気と沈黙は暫く続き、唯、コーヒーカップが上げ下げされる音だけが場を支配して、でも。
「……あのー。龍麻さん。教えて欲しいことがあるんですが……」
ソロソロとした声で、九龍がそれを打ち破った。
「何……?」
「ものすごーーーーく、ナニな話ですけど、龍麻さんって、京一さんに抱かれる側ですよね?」
「…………ぐっ……。げほっ……。は、はば……き……葉佩君……。何を突然…………」
沈黙から一転、恐ろしい程の角度で方向性を変えた話題に、龍麻は目尻に涙が滲む程、コーヒーに咽せた。
「あわわわ、すいません! ……でも俺、今、結構瀬戸際なんですよぅ……。龍麻さんに、こんなこと訊いちゃうくらい切実なんです。甲ちゃんと付き合えることになって、京一さんが言ってた通り、後はもう、やることやるだけー、な雰囲気まで、トントン拍子に進んだのはいいんですけど……甲ちゃん、俺を抱く気はあっても抱かれる気はない、とか宣言かましてくれちゃって。けど、俺も男ですしぃ……」
「あー、そー…………。それは大変だねー」
「……思いっ切り、棒読みですな、龍麻さん。──でもですねー、どー鑑みても、今んとこ、甲ちゃんの方が有利っぽいんですよねー……。………………どーしたらいいと思います?」
バンバンと胸を叩き出した龍麻を眺め、申し訳なさそうにしつつも、九龍は、そっち絡みのぼやきを止めず。
「どうもこうも……、そういうのも、なるようにしかならないんじゃないかなー……。ハハハハハハハ……」
「……因みにですね」
「何訊かれても、俺は答えないよ」
「………………因みにですね。龍麻さんと京一さんの場合は、どんな話し合いを経て、どっちがどう、とか決まったんでしょうか?」
「……………………葉佩君、俺の話聞いてない? 聞いてないよね? 俺、答えないって言ったよね? んもー…………。……俺と京一の場合は、その……京一の方が、比べ物にならないくらい、そっちの方に明るかったから、そういう流れにしかならなかったって言うか……。それに……」
どうしても、追求を諦めてくれそうにない九龍へ、盛大な溜息をぶつけてから、ボソボソ龍麻は答えた。
「それに?」
「前にも言ったけど。京一は、LoveとLikeの境目が判ってないから、女性的な役割に廻るなんて出来ないだろうし。俺は……相手が京一なら……京一だから、何がどうでも良かったんだ。京一がそれでいいなら、俺もそれで良かった。…………それだけ」
「成程………………」
「……ホントにもー、何で、こんなにも恥ずかしい話をさせるかな、この子は……」
「あは、すみません…………。でも、そっか………………」
恥ずかしくて恥ずかしくて堪らない! との顔をしながら、それでも龍麻は、最後まで『理由』を語って。
龍麻さんは、本当に京一さんのことが好きなんだなあ……、としみじみしながら、彼等がそういう『形』を作ったように、自分達は自分達の『形』を、これから先、作って行けるのかな、と九龍は、ちょっぴりの不安を覚えた。