時計の針が、午前零時を三十分程廻った頃。
龍麻は、寝室のベッドで、毛布を被って丸まっていた。
「……だから、悪かった、って。ひーちゃんっ。龍麻っ。この通りっ!」
向けられた、拗ね、そして怒っているのがありありと判るその背中を、京一は、両手を合わせて拝み、ひたすらに詫びを入れた。
「…………到底、反省してるようには思えないんだけど」
「してる! 心底反省してるっ! 悪かったっ。謝るからっ。ひーちゃん、許してくれよー……。その……一寸、調子こいちまって…………」
「一寸?」
「……嘘。嘘々。ものすごーーーく調子こいた。悪ノリし過ぎた。全面的に俺が悪いっ」
「………………悪ノリ、ねえ……。ヘーーー……」
「だから、ひーちゃん…………」
──黄昏時、リビングの冷たい床の上にて、縺れるように行為に及んで数時間が経っても、京一が、宣言通り許してくれなかったから。
甘い苦痛さえ運んで来た、長かったひと時を終え、風呂で身を清め、寝室へと引っ込んだ今も、龍麻は、酷いご立腹の最中だった。
当人の弁通り、悪ノリし、調子付き過ぎた馬鹿な片割れに、絶対に人様には言えないようなことまで求められたし、躰中──それこそ、ハイネックのシャツを着込んでも隠れるか否か、のきわどい場所にまで、べっ……たり痕は付けられてしまったし。
腰は痛いは、啼かされ過ぎて喉も頭も痛いは、だったから、彼のご立腹も無理はないのかも知れない。
「とーぶん、控えるからよー……」
「当たり前だ、このド阿呆っ! 控えなかったら、反省してることにはならないだろっ! ……ホントにもー……」
だが、所詮龍麻は、どう転んだって京一には甘いので、一応、しゅん……と萎びた風情で反省の態度を見せている『諸悪の根源』を、済し崩しに許し。
漸く彼は、京一の方へと体を返した。
「……御免な? 途中から、マジで手加減すんの忘れちまって……。何つーか……凄く良くってさ……」
「未だ、そーゆーこと言う?」
「…………悪りぃ……」
眼差しこそ、睨むようなそれのままだけれど、龍麻は、もう許してくれているのだと気付き、京一はバツが悪そうに頭を掻いた。
「…………二度と、今日みたいな悪ノリはしないように。俺の身が持たないから。……処でさ」
そろっと、己の枕元に座った彼を、最後にもう一度盛大に睨み付けて、ふっと龍麻は、表情を変える。
「ん?」
「京一、未だ起きてられる?」
「ああ。平気だぜ。目、冴えちまったし」
「じゃあ、一寸いいかな。昼間の話の続きなんだけど」
「おう。──ロゼッタの話だろ? ひーちゃん、何で俺達でロゼッタのこと調べるって言い出したんだ? 幾らコネがあるにしたって、安請け合い出来る話じゃねえぜ?」
「それなんだけどさ。──んー、どっから話せばいいかなあ……。やっぱ、遠野さんのことからかなあ……」
「アン子の?」
「うん。実は……ずっと内緒にしてたんだけど、少し前、京一が風呂入ってる時に、遠野さんから電話があったんだ。葉佩君のことで。その時、遠野さんが何を教えてくれたのかは、まあ、後でゆっくり話すけど……、それ以来、一寸、俺、引っ掛かってることがあってさ」
「何だよ、ひーちゃん。随分と秘密主義じゃねえか。…………で?」
横たわったままの彼の髪を撫でながら、京一は、片眉だけを持ち上げた。
「……あのさ。俺達が、カイロで初めて葉佩君と会った時のこと、京一も憶えてるだろう? ……あの時、レリック・ドーンは、何で葉佩君のこと追い掛けてたんだと思う?」
「それは……九龍が、ロゼッタの宝探し屋だから、だろう? 俺等が締め上げた奴も、そんなようなこと言ってたし。……違うのか?」
「俺も、ずーっとそう思ってたんだけどね。もしかしたら、それだけじゃないのかも、って思って来たんだ。……だってさ、おかしくない? 言っちゃ悪いけど、彼、ここが二度目の仕事のぺーぺーなんだよ? あの時は、宝探し屋としてデビューもしてなかったんだよ? 名前なんかこれっぽっちも知られてない、若造な宝探し屋を、何で追っ掛ける必要がある? って言うか、そもそも、宝探し屋としての第一歩をこれから踏み出すって言う彼の正体、どうやってレリックは知ったんだよ」
「それは……あれじゃねえの? ロゼッタ関係者の口を割らせた、とか、ロゼッタにレリックのスパイがいる、とか」
「俺がレリックの人間で、ロゼッタにスパイ潜り込ませてるんだったら、黙ってても確実に貴重な《秘宝》を手に入れる、名の通った、ベテランハンターのこと調べさせるよ。丁度、自分達が狙ってた、ヘラクレイオン……だっけ? そこの遺跡に彼が挑むって情報掴んだなら、彼が秘宝を見付けて戻って来た処を待ち伏せるよ。実際、レリックの連中はそうしたんだろう? その所為で、砂漠で遭難し掛けたって、葉佩君、言ってたじゃん」
「………………ああ、言われてみりゃ、そうか。その方が、遥かに効率いいもんな。無闇矢鱈と、使えるかどうかも判んねえ、駆け出しの宝探し屋追い掛けるよりも…………、って、ひーちゃん? お前、何が言いたい……?」
「……俺、さ。レリックは、葉佩君がロゼッタ協会所属のトレジャー・ハンターだから、って理由だけで、彼のこと追い掛けてたんじゃないんじゃないか、って思うんだよ」
「……………………どうして? ──ひーちゃん? お前、アン子の奴に、何教えられた?」
龍麻が始めた話の展開に、京一は今度は、眉間に皺を寄せた。
「それが……その………………」
こういうことには察しの良い京一に問い詰められ、言わなくてはならないと判っていながら、龍麻は言葉を濁したが。
「……ひーちゃん」
「遠野さんがここに来た時、言ってたろう……? 葉佩君のこと、何処かで見た覚えがある、って」
大丈夫だからと、優しく髪を撫でて促され、結局彼は、隠し続けて来たことを打ち明け始めた。
「それは、俺も憶えてる」
「………………遠野さんも、最初、何処かで葉佩君に会ったことがあるんじゃないか、って思い込んでたらしいんだけど、文字通り、遠野さんは昔、葉佩君を『見たこと』があったんだ」
「何処で」
「五年前。異形絡みの事件を追う為に、彼女がそこら中から集めて来た人物リストの中で…………」
「……何だと………………?」
事実を知らされ。
京一は、髪を撫で続けていた手を滑らせ、強く、龍麻の肩を掴んだ。
「人物リストって、どのリストだ……?」
「それが…………。……今回、初めて知ったんだけど。遠野さん、あの頃、物凄いことやったらしいんだよ」
「……どんな?」
「柳生のことや、陰の器だった彼の素性を調べる為に、どうにも手掛かりがないからって、彼女、東京中の高校から、資料だの写真だの掻き集めたらしいんだ。で、消えた生徒とか、消息が掴めなくなった生徒とか調べ上げて、警察の行方不明者リストとかとも照らし合わせて、って作業中に、引っ掛かった一人だったんだ、って……」
「ひーちゃん。そんなことはどうでもいいから。結論を言えよ」
「…………だから、本当に、もしかしたら、なんだけど……、葉佩君は、もしかしたら………………──」
肩を掴む指先に込められた力に、微か眉を顰め。
俯きながら、ぽつ……っと龍麻は、『可能性の一つ』を口にした。