杏子に教えられたことを告げ。

九龍から打ち明けられたことも、洗いざらい伝え。

「そういう、訳でさ………………」

龍麻は、血が滲む程唇を噛み締めた。

「だからお前、あんなにも、俺が実力行使で九龍のこと止めようとしたのに、反対したんだな……。……そうだな。俺も、それを知ってりゃ……」

ゆっくりと沁み出て来た血を親指で拭って、京一は、横たわったままだった龍麻を起こし、胸の中に抱いた。

「御免…………。……でも、どうしても言えなかったんだ。葉佩君との、約束だったから……」

「判ってる。お前の所為じゃない。……何も彼も、お前の所為なんかじゃねえから」

「でも……」

「それをお前が黙ってたことや、五年前に起こっちまってたことや、あの頃の俺達の力不足を、今、嘆いたって始まらねえよ。前向いて、進んでくしか俺達には出来ないんだ。……な? だから、今の俺達に出来ることしようぜ。──話は判った。そういう事情があるから、レリック・ドーンは、九龍のこと追い掛けてたんじゃないか、ってお前が考えたのも、理解出来た」

「あ、うん。それに、ロゼッタも。──ロゼッタも、もしかしたらそのことを、知ってたんじゃないかって思うんだ。葉佩君がそうだってことと、この遺跡の探索させることに、どんな関係があるのかは判らないけど。そう考えた方が、辻褄が合って来る気がする」

「…………そうだな。そうかも知んねえ。……兎に角、今夜はもう寝て、明日、連中に協力頼んで、調べられるだけ調べてみようぜ。……な? ひーちゃん。そうしよう」

「うん……」

────九龍が龍麻に語ったこと、杏子に教えられたこと、それはどうにも、龍麻や京一がその渦中に身を置いた、五年前の出来事に絡み過ぎているようで。

酷く物憂いになった龍麻を、京一は懸命に慰め。

二人はその夜、一つのベッドで抱き合ったまま眠った。

半分が闇色に染まり始め、半分が黄昏の名残りを残す空の下を、九龍と甲太郎は並んで歩いた。

時刻で言えば、未だ、午後六時少し前だったけれど、夜会の翌日である祝日の今日、もう、歩道を行く生徒の姿は殆ど見られず、二人はそっと、偶然触れ合った指先を緩く絡めて、寮への道程を辿る。

「…………何か、夢みたいだなあ……」

「何が?」

「甲ちゃんと、こんな風に歩けるのが」

「俺も、そんなような心地だが……夢じゃ困る。これが夢だったら、正直、立ち直れない」

「あは。同感。このまま、誰かが三つ手を叩いたら、寮のベッドの上で目が覚めて、俺と甲ちゃんの関係は、昨日と何にも変わってませんー、とかになっちゃったら、へこむなー……」

「止めてくれ、考えたくもない」

「……そーね。そういう後ろ向きなこと言うのは止めよっか。これが現実だもんな! 俺、今すっごく幸せだし! 夕べのあの時はさ、こんな現実信じたくないって思ったけど、あれがあったから、甲ちゃんとこうなれたんなら、良かったって思えるよ」

薄闇の中、穏やかに笑い合って、自分達の今を二人は語らった。

だが……彼等が言い合った通り、これは夢でなく、現実──甘いだけの夢でなく、苦みも織り混ざる、現実で。

想いを伝え合えたことは、二人にとって紛うことなく幸福だったが、夕べの現実の中に潜んでいた事実は、不幸だった。

京一から九龍を庇おうとして、甲太郎が《力》を垣間見させてしまった、という事実は。

「九ちゃん……」

二人共に、意識出来る限り意識して、それに蓋をし続けては来たが、現実も事実も、どうしたって、避けては通れず。

うっかり、九龍がそれに触れ掛けた今、甲太郎は一瞬、苦しそうに顔を歪め。

「こ、甲ちゃん、あのさ!」

さっと、彼の頬に陰が走ったのを見遣って、九龍は、明るい声を張り上げた。

「何だよ」

「俺、甲ちゃんと、ずっとこうしてたいんだ。ずーっと、甲ちゃんと手を繋いだまま歩いてたいんだ。絶対、甲ちゃんの手、離したくない。だから甲ちゃんも、俺の手、離さないでいてくれたら嬉しいな」

そうして彼は、指先が緩く絡むだけだった甲太郎の手を、強く掴み直した。

「……ああ。お前が、そうやって望んでくれるなら、俺もそうする。離さないでいてやるよ、ずー……っと」

縋るように見上げて来る九龍の瞳を見詰め。

甲太郎は初めて、彼に『嘘』を吐いた。

叶う筈無い約束を、誓ってしまった。

九龍以上に強く、その手を握り返しながら。

「処でさ、甲ちゃん。さっきから気になってたんだけど。その紙袋の中味、何? 京一さんに、何貰ったんだよ」

────甲太郎に、初めて、嘘を吐かれた。

……それに気付きながらも九龍は、ほんわり、と花のように笑って、慌てた風に、甲太郎が小脇に抱える、茶色い小さな紙袋へ視線を移した。

「あー……。まあ、色々、だ」

「色々?」

「そうだ。お子様が知るには、未だ少し早い『色々』」

「……お子様って、ひょっとして俺のこと? むきっ。俺の何処がお子様なんだよっ。俺がお子様なら、甲ちゃんだってお子様なんだぞ、同い年なんだからなっ! という訳で、見せて、見せてー!」

辛いだけのやり取りを打ち切った九龍が興味を向けた先は、『ブツ』の入った紙袋で、しれっと甲太郎はそっぽを向き、お子様、と揶揄された彼は、きーーー! と喚きながら、紙袋を奪おうと暴れた。

「暴れんなっ! そういう処がお子様なんだよ、お前はっ」

「だって、何入ってんのか気になるし! いいじゃんか、教えてくれたってー!」

「その内な」

「その内って、何時だよ」

「……近い将来。…………いや、数日後には、ってとこか?」

「むう……。絶対だな? 後になって、やっぱり教えない、とかはなしだからな!」

「言わねえよ、そんなガキみたいなこと。その時になったら、たーーーーっぷり教えてやる」

「…………あ、何か、企んでる笑い方。でも、まあいいや。今度教えて貰えるなら、楽しみにしてよーっと」

繋いでいた手を呆気無く離し、暴れる九龍を押さえ込み、彼にはそれと判らないだろうからかいを口にすれば、『その日』を心待ちにするように彼がはしゃいだので、甲太郎は腹を抱えて笑い出した。

「あはははははは!」

「え、何々? ここ、笑うとこ?」

「ああ、俺にしてみればな」

「……なーーーーんか、謎だなー、甲ちゃん……。何となく、嫌な予感までして来た……」

滅多に見られない甲太郎の爆笑に、んー? と九龍は唇を尖らせてから。

「嫌な予感? 楽しい予感、の間違いじゃないのか?」

「だってさー、何か、ビミョーに怪しい気配がするって、俺の勘が訴えて来たからさー。──あ、それはそうと。甲ちゃん、未だ腹減っていないだろ?」

「ん? ああ。昼飯が遅かったからな」

「じゃあ。ちょーーーーーっと、さ。寄り道しよう!」

「寄り道? 何処へ」

「い・い・と・こ・ろ」

愉快そうに笑い続ける甲太郎の腕を引いて、彼は、寮へと向けていた足先を、『いい所』へと変えた。