「おい………………」

引き摺り込まれた、九龍曰くの『いい所』は、休日の校舎の、中央棟二階の書庫室で、これの何処がいい所なんだ? と甲太郎は渋い顔を作った。

「いい所じゃーん。学園のことを調べるには持って来いだぞ、甲ちゃん!」

しかし九龍は、彼の不興には取り合わず、きっちり、全てのカーテンを閉め直すと、部屋の灯りを一部だけ灯した。

「だからって、休日のこんな時間に校舎に忍び込んで、万が一、生徒会の奴等に見付かりでもしたら、大事だぞ」

「バレなきゃいいんだよ、バレなきゃ。少しでも、調べ物進めたいんだ」

「判ったよ……。……で? 具体的に何を調べるんだ?」

「取り敢えずは、前に月魅ちゃんの話にちょろっと出て来た、歴代図書委員の記録と、ここにあるって言う、学園の歴史が載ってる文献からかな。──月魅ちゃんは、俺がここに転校して来る前から、この学園には大きな秘密が隠されてる気がしてて、墓地が怪しいんじゃないか、って思ってた。つまり、彼女にそんな疑いを抱かせる何かが、この書庫室の本達には書かれてるってことだよ。彼女はちょっぴり、超古代文明とかに対して夢見がちな処があるけど、夢ばっかり見てる子じゃないからね。頭いいし。調べるに、充分値すると思うよ。図書委員の記録の方には、ファントムのことが載ってるらしいしね」

「……ふーん。じゃあ、手分けして探そうぜ」

「うん。……えーーと。月魅ちゃんのことだから、絶対、蔵書のリストか何か、作ってると思うからー……」

書物を漁る気満々で、ああだこうだと言い出した九龍の態度に、これは、何を言ってみても無駄だ、と甲太郎も諦め。

以降二人は、九龍が見付けて来たリストを頼りに文献を探し出し、調べ物に没頭した。

「甲ちゃん、何か判った?」

「役に立つか立たないか謎なことなら、少しだけ」

十畳程の広さの、黴臭い書庫室に籠って、二人が文献や記録を漁り始めて数時間が経った。

「どんなことでもいいんだって。何が判った?」

「墓地のことだ」

「墓地の、何?」

「行方不明者が出るようになったから、所持品を埋めるという名目で墓地が作られたんじゃなく、創立当初から、あの墓地はあそこにあったらしいってことと、何故、学園という施設の敷地内に墓地があるのかの『言い訳』が、昔と今とでは違う、ってことだな。……ほら、ここに書いてある。あそこは創立当初は、阿門家縁の者達の墓所、って扱いがされてたって。それが、戦後の何時の頃からか、行方不明者の為の墓地にすり替わったみたいだ。後、この古臭い本から判ることって言ったら……例の夜会のことくらいか。生徒会長主催の夜会は、創立年から行われてた、とか、その程度の、どうでもいいことしか書いてない」

「ふうん……。こっちの、図書委員の記録からは、やっぱり、ファントムのことしか判らないかな。んーーー。他に、何かないかなー」

「さあな。どれかには、もっと有意義なことが書かれてるのかも知れないが、書庫の本全てを引っ繰り返す訳にはいかないだろ」

「まーねー。……明日の昼間出直して、月魅ちゃんに協力頼むのが正解って奴かなあ……。剣介も巻き込んで、盛大に調べ物プロジェクトでも展開しよっかな。どうせ、剣介は図書室に入り浸ってるからなー。皆にも声掛けて、手伝って貰えたらラッキー?」

「……連中とか? 俺は御免だぞ」

本棚から引き摺り出して来た、月魅曰くの貴重な文献漁りに一段落を付け、判ったことを告げ合って、んー、と九龍は考え込み始め、明日、皆と、と言い出した彼に、甲太郎はムッとしたような声を出した。

「お? なして?」

「何かって言うと、お前に構って貰いたがる連中と文献漁りなんかしたって、作業が進む訳が──

──甲ちゃん。もしかして、意外に心が狭い?」

「あ?」

「俺のこと好いてくれてる皆に、妬きもち妬いたりしちゃってる? 今の科白、俺にはそういう風に聞こえるんだけど」

「……………………言ってろ、馬鹿」

恋人になったばかりの人が、突然のご機嫌斜めになった理由に当りを付けて、九龍は、にへらぁっと顔を笑み崩し、チッと舌打ちをした甲太郎は、そっぽを向くと、ポケットから似非パイプを取り出した。

「えっへへー。何か嬉しいなー、妬きもち妬いて貰うなんて、新鮮! こういうの経験ないから、すっごくこそばゆい。くぅーーーーっ」

火気厳禁、と呟きつつ、甲太郎の唇の端に収まった似非パイプを素早く奪い、くねくね、九龍は珍妙に体を捻って。

「経験がない? お前、女と付き合ったこととかないのか?」

「…………うっ。そ、それは、えーーー。言葉の綾?」

「……そうか。ないのか。ふーーーーーん……」

「そうは言ってないだろっ。決め付けなくったっていいじゃんかーっ。俺だって、女の子と付き合ったこと……その…………」

「その? 何だよ。言えるもんなら言ってみな?」

「く……悔しいから、絶対甲ちゃんには教えないっ!」

「…………そうかよ。……でもな、九ちゃん?」

似非パイプを奪い返し、甲太郎は、未だに椅子の上にて珍妙なことをしている九龍の腰に手を廻し、引き寄せ、耳許に唇を近付け。

「俺は、その方が嬉しい。何も彼も、俺とすることがお前の初めてになるって、想像するだけでクる」

以前九龍が、低めで甘い、とってもいい声、と評した声音を駆使し、ゆっくり……と囁いた。

「こ……、こう、ちゃ、ん……。そ、それ止めて。やーめーてーーー!」

「何を?」

「その、耳許囁きっ! 甲ちゃんの科白じゃないけど、クるっ! めっちゃ腰にクる! 砕けるからっ!」

「……何だ、九ちゃん。感じてんのか?」

「感じるとか感じないとか、そんなんじゃなくてー! ああ、もうっ! だから囁くな! 甲ちゃんの馬鹿ーーーーっ!」

耳朶を食まんばかりの距離で、低く、甘く、静かに囁かれ続け、ボボっと九龍は顔を赤らめ、ジタバタ、暴れ出し。

「暴れるな。お子様。この程度で大騒ぎしてたら、俺より優位に立つなんて、絶対叶わないぞ、九ちゃん」

挙動不審な彼を、フ……と忍び笑って甲太郎は、ぺろり、耳朶と首筋を舐め上げ、唇をも奪った。

「…………エロいぞ、甲ちゃん。エロエロ高校生め」

「……どういう言い種だ」

「ホントのこと言ってるだ────。……甲ちゃん。今……」

「ああ、足音がしたな……」

ちゅ、と音立ててキスを施され、九龍は益々暴れ、腰に廻された腕を剥がそうと足掻き掛けたが、刹那鼓膜が拾った何者かの足音に、ピタっと息を潜め、甲太郎も気配を殺した。

「誰だろう……」

「……どうする? 何処かに隠れるか? あれが《生徒会》の誰かだったら、見付かったら即、やり合いになるぞ」

「でも、隠れるったって……この部屋じゃ。いっそ、受けて立っちゃう?」

「お前な……」

近付きつつある足音が、書庫室に踏み込んだら……、と身構え、九龍は、装備を詰めたバッグを引き寄せ、甲太郎は、そんな九龍を背に庇うように位置をずらし。

「やはりお前か。葉佩九龍──

二人が覚えた嫌な予感通り、音もなく書庫室のドアは開いて。

足音の主──ファントムは、厳しい顔付きの九龍と甲太郎を、忌々しそうに見比べた。