「最近の亡霊は、無粋な足音を立てて徘徊するんだな」

九龍を指して、幾度も、同じ目的を持った仲間、と言って退けたくせに、憎むべき相手と相対している如くな雰囲気を漂わせたファントムを、甲太郎は挑発した。

「貴様のような者に、そんな口を利かれる覚えは我にはない。……そうだ、貴様のような者に」

「気が合うな。俺も、お前みたいな奴に、貴様とか何とか言われる覚えはない。……とっとと失せろ」

「甲ちゃんは、どうしてそうも、好戦的かね……」

ふん、と己を鼻で笑った甲太郎を、白い仮面に覆われても尚、鋭いと判る視線でファントムは刺し、が、甲太郎は再び、煽るような言葉を選んで、亡霊と睨み合う彼の制服の袖を、九龍は苦笑いしつつ引いた。

「九ちゃん?」

「まーまー。足のある亡霊さんなんだから、ちょっくら話をしてみましょうや、甲ちゃん。──Mr.phantom? 今夜は、何故なにゆえ校舎を徘徊されてるんでしょーか?」

「そのようなこと──

──探し物か何か? 手伝おっか? どうせ、あの遺跡絡みっしょ?」

「我が探している鍵を…………。……っ……」

甲太郎の横に並び、にっこりにこにこ、のほほん口調で言う九龍に、カッとファントムは声を荒げ、序でに口を滑らせ。

「鍵……?」

「…………やはり、それが、貴様の探す物か」

彼の言う鍵とは、一体何の鍵だろう、と九龍が首を捻った時、廊下から書庫室へ、もう一人、人物が滑り込んで来た。

「あ、帝等だ」

「……阿門…………」

次なる登場人物は、《生徒会長》その人で、九龍はぱちくりと目を丸くし、甲太郎は彼より目を逸らし。

「これは……三つ巴って奴かな、甲ちゃん?」

「そんなこと言ってる場合か……っ」

「忌々しい《墓守》め……っ!」

興味深いシチュエーションだ、と独り言ちる九龍を甲太郎が小突いた直後、ダッと、書庫室を横切ったファントムは、窓ガラスを破って外へと逃走して行った。

「あ、逃げられた」

「放っとけ。あんな亡霊とは関わるな」

「俺が積極的に関わってるんじゃないじゃんか。向こうがちょっかい出して来てるだけ」

「だとしても。相手にしなきゃいいだろ」

────葉佩九龍。皆守甲太郎。……お前達はここで、何をしている?」

キラキラと、月光を弾くガラスの破片を引きながら逃走して行った亡霊を九龍は目で追い、甲太郎は彼に禁じられたアロマを香らせ始め、阿門は、校則違反を侵した二人を、無表情で見比べた。

「それは……」

「ん? 調べ物」

《生徒会長》直々に問い詰められ、甲太郎は言い淀んだが、九龍はケロリと問いに答え。

「おい、九ちゃん」

「隠したってしょうがないじゃん。今更、今更。──この学園の歴史を調べたくってさ。書庫室に潜り込ませて頂きました。……この回答で、OK?」

「何故、そんなことを知りたがる。お前は、宝探し屋なのだろう? 《墓》に眠る《秘宝》とやらを奪取出来れば、お前はそれで満足ではないのか」

甲太郎に止められても、飄々と言って退けた彼を、阿門は不思議そうに見下ろした。

「まーねー。俺の仕事的には、《秘宝》さえゲット出来れば、それで万々歳なんだけど。それだけじゃ、どうにも先進めないっぽいし。……それにさ。俺はもう、決めたんだ」

「決めた? 何を?」

「俺がしようとしてることが、誰の為にもならなくても。《墓》を暴くなって言う帝等や、俺と一緒にいてくれる甲ちゃんや、友達に迷惑掛けるだけにしかならなくても。俺は絶対に、あの遺跡の謎を暴いてみせる、って。……帝等。甲ちゃんには何度も言ったけど、俺はあそこを、『想いの墓場』だって思ってるんだ。あの遺跡に囚われてる人、あの遺跡の所為で不幸になった人、そんな沢山の人の想いが眠る、寂しくって哀しいお墓だって。……だから。絶対に暴いてみせる。うんと頑張って、全てを丸く収めたい。あそこに眠る沢山の想い──《宝》を解放して、それを持ち主に戻してみせる。もう二度と、『想いの墓場』なんかに囚われたりしないように。…………という訳で。調べ物中。帝等も、手伝ってくれるー?」

こいつは、一体何を言っているのだと言わんばかりの阿門の視線を弾き返し、九龍はきっぱり言い切って。

「九ちゃんっ! お前、正気かっ?」

「………………速やかに、寮へ戻れ。今夜のことは……見なかったことにしてやる」

張り詰めさせた気配を見事に崩し、《生徒会長》を捕まえ、調べ物を手伝って、と言い出した九龍を甲太郎は背に隠して、物言いた気に唇を震わせながら、阿門は二人へ背を向けた。

「あ、そお? サンキュー、帝等! じゃ、帰ろっか、甲ちゃん」

「あ、ああ……」

『折角の誘い』をすげなく断られ、ぷーっと頬を膨らませはしたものの、装備の詰まったバッグを取り上げた九龍は、言われた通り、唖然としたままの甲太郎を促し書庫室を出て行き。

「…………阿門様」

「……先程の彼の啖呵は、誰に向けてのものでしょうね」

九龍と甲太郎の気配が消えてより、阿門一人が残された書庫室に、咲重と神鳳がやって来た。

「さあ、な…………」

「……あの、可愛い《転校生》の彼に、愛されてるわねえ…………」

「誰が、葉佩君に愛されてると言うんです? 双樹さん?」

「あら、無粋ね、神鳳。あたしにそれを言わせる気?」

「何を下らないことを言い合っている。……行くぞ」

去って行った二人を見送っているかのような阿門の脇に従い、咲重も神鳳も、複雑そうな顔をしながら、奥歯に物の挟まった物言いをし。

腹心達をちらりと横目で見て、阿門は歩き出した。

「九ちゃん! この馬鹿っ! お前はどうして、あんなに心臓に悪いことばっかしやがるっ!」

「えええー。俺に言わせれば、ファントム挑発した甲ちゃんの方が、よっぽど心臓に悪いっ!」

「それはそれ、これはこれだっ! 選りに選って、《生徒会長》捕まえて、調べ物を手伝え、はないだろうがっっ」

「……立ってる者は、親でも使えって言うじゃんか」

「相手を選べっ!」

足早に、夜の校舎より抜け出て、今度こそ寮へと戻りながら、ふと我に返ったように、甲太郎は九龍へ怒鳴り始め、が、叱られなくてはならないようなことをした自覚など、これっぽっちもない九龍は、甲太郎に噛み付き返し。

結局彼は、ゲシッと回し蹴りを喰らった。

「……痛いってば! 蹴ることないだろっ!」

「この程度で済んで、有り難いと思えっ。……どうしてお前は、そんなにも向こう見ずなんだ……」

「俺、こんなに叱られなきゃならないようなことしたかなー……。そんなつもりないんだけどなー……。甲ちゃんが乱暴者過ぎるだけか? …………あ、でも、ちょっぴりは反省してる」

「お前の、口先だけの反省なんか、金輪際信じない」

「まあまあ。カリカリしない。いいことないぞー? ……処でさ、甲ちゃん。話聞いて下さいな」

「……何だよ」

「明日の夜も、調べ物、付き合ってくれるよな?」

「…………念の為に訊くぞ。何処でやる調べ物だ?」

「生徒会室!」

「……………………どの口でほざく、この、馬鹿九龍っ!!」

しかし、蹴られても詰られても、九龍はめげることなく、明日の夜、生徒会室に忍び込むと高らかに宣言して、先程よりも遥かにきつい、甲太郎の蹴りを喰らった。