──2004年 12月──
時は流れ。
運命の月、十二月がやって来た。
あの日より過ぎた一週間、京一や龍麻は、猛烈に渋る御門や壬生達を電話越しに口説き落とし、又は拝み倒し、ロゼッタ協会に付いての調査を依頼して、杏子には資料を送って貰う手筈を整え、バイトが休みだった十一月二十六日の金曜には、二人揃って学内を抜け出し、仲間達にも極秘裏の内に、西新宿の竹林に庵を構える高名な易者、新井龍山と、相変わらず、新宿中央公園を塒としている、破壊僧の楢崎道心を訪ね歩き。
母校である真神学園も訪れ、夜半、何食わぬ顔をし、部屋へ戻った。
一方、甲太郎や九龍は、明日香や月魅に手伝って貰いながら、書庫室の文献を調べたり、図書室に籠って、『日本の歴史の勉強』に励み。
あの日九龍が宣言した通り、生徒会室への侵入も決行した。
尤も、絶対に嫌だと甲太郎が延々と渋ったので、二人がそれを果たしたのは、日曜だった、十二月五日の夜だったが。
想いを打ち明け合い、曲がりなりにも恋人同士になれたからには、例え、『終わり』が見えている甘美なひと時であろうとも、今だけはそれに甘んじていたいと甲太郎は願ったのに、九龍は、朝から晩まで、遺跡の謎を解く為の手掛かり探しに奔走し、且つ、《墓》の探索も夜毎行い、夜半過ぎ、寮に戻って直ぐ、己の部屋ではなく、甲太郎の部屋にわざわざ押し掛けて、こてん、と眠ってしまう日々を過ごしており。
一週間、そんな仕打ちを受け続けたのに、生徒会室に忍び込むなどという暴挙に付き合っていられるかと、盛大に臍を曲げた甲太郎は抵抗を続けたが、惚れた弱味という奴で、結局、彼が折れた。
「いない、な」
「うん、誰もいない。……おしっ。今の内だ、甲ちゃん!」
「……俺は、何でこんなことに付き合ってるんだ…………」
「往生際悪いこと言わない。ほらほら、急いで急いで」
────天香学園の生徒会室は、校舎の真北に位置する別棟にある。
それ程大きくはないが、生徒会の為だけにある施設としては破格の、二階建ての古めかしい建物で、その全てより人の気配が絶えているか否かを探るのは至難だったが、全室の灯りが落ちていることと、誰かがいるとは到底思えぬ空気を念入りに確かめ。
その夜、九龍は意気揚々と、甲太郎は本当に渋々、恐らくは前代未聞だろう、生徒会室への不法侵入を果たした。
「間違っても、電気なんか点けるなよ」
「判ってるって。ちゃーんと、永久電池とゴーグル持って来てるし」
「で? 何を漁るんだ?」
「そーさねー……。《生徒会》にしか関係ない書類か何かあればベストなんだけど。一般的な生徒会で言うなら、議事録とか。…………行方不明者の詳細な記録、とかないかなあ。どう思う? 甲ちゃん」
「…………さあ、な」
「あ、切って捨てられた。って、あああ、急がなきゃだな。ちゃんと、見張っててくれなー?」
「判ってる。とっとと済ませろ」
以前、トトがくれた鍵を使って中に入り、そうっと廊下を進んで、そうっとメインの部屋に忍び込み、壁一面を覆う棚前に立って、九龍は手当り次第に書類を漁り始め、甲太郎は、ドア脇の壁に凭れ、外の気配を窺った。
「甲ちゃん、甲ちゃん」
「何だよ。俺を呼び付けてる暇があるんなら、その分手でも動かせ」
「そんな、冷たいこと言わなくったっていいじゃん。……いいから、一寸来てくれよ」
「何なんだ、っとに…………」
静まり返った室内に、紙を弄る音だけが響き始めて暫くが経った頃。
暗がりの中から、九龍が甲太郎を呼んだ。
「面白い物見っけた。これ……俺みたいに、遺跡目当てでここに潜り込んだ人達のリストだよ。──ちょいと、ライター点けてくんない?」
「あ? ああ」
「……読める? ほれ、ここ。江見睡院の名前がある」
「江見って、あいつだろ? あそこに、蛾とか蝶とか引き寄せる匂い付きの探索メモ、残した奴だろ? そいつの名前の、何が面白い?」
「彼のことがリストに載ってたのが面白いんじゃなくって。……江見睡院があの遺跡を探索したのは、今から丁度十代前の生徒会長の代だってことが判るっしょ? 年代で言うと、大体、三十年前。……又、三十年前、なんだよ。それに、ちょーっと面白いことにさ。三十年以上前に、ここに潜り込んだ墓荒らしの記録、殆どないんだよね。……どーゆーことだと思う?」
「普通に考えれば…………丁度三十年前くらいに、何らかの所為で、この学園にああいう場所があるってことが外部に洩れた……、って処、か」
呼び付けられ、灯したライターの火を頼りに、議事録、と書かれていた、黄ばみ掛けの書類に目を通し、甲太郎も、今の己達の『危うさ』をそっちのけに、若干やる気を見せ始めた。
「うんうん。俺も同感。但…………」
「……但。《墓》の存在が外部に洩れた切っ掛けは、か?」
「仰る通り。何が切っ掛けで、ここにあんな遺跡があるって、外に洩れたんだろう…………。うーむ……」
パチリ、ジッポのライターの蓋を閉め、火を落とし、甲太郎は思案気になり、九龍も深く考え込み。
「………………感心しませんね。貴方達がしていることは、不法侵入ですよ。校則違反云々以前の、立派な犯罪行為です」
──その時。
パッと、部屋の電気が灯された。
「……げ」
「だから俺は、嫌だと言ったんだ……」
「って、あ……。御免、充。お説教はちょーーっと待ってー。長時間、暗視ゴーグル使い過ぎた……。世界の風景がおかしい……」
灯りを点け、踏み込んで来たのは神鳳で、普段と何ら変わらない、穏やかな表情を湛える彼も、声音だけは厳しく。
だが九龍は、近付いて来た神鳳を他所に、ゴーグルを外し、両目を頻りに擦りながらぼやき始めた。
「九ちゃん? どうした?」
「んー? 暗視ゴーグルってさ、制限時間以上使用しちゃうと、知覚障害起こすんだよ。使い過ぎちゃった…………。おあああ、世界が歪んでるぅ……」
「おい、平気か……?」
「うん。多分、暫くすれば治るから」
「ったく、お前は…………」
ふらふらと、覚束無い足取りで立ち上がった九龍を甲太郎は支え、少しは違うだろうかと、右手で彼の目許をそっと覆い。
「どうにも、緊張感のない方達ですねえ……」
毒気を抜かれたように、神鳳は、部屋設えのソファに、とん、と腰を下ろした。
「えー? それなりにはあるよ? 緊張感」
「そういう言い種が、緊張感の欠片も無いって言われんだよ。黙ってろ、馬鹿」
呆れているらしい声の方へと、甲太郎に目隠しされたまま、へらっと九龍は手を振り、甲太郎は困り果てた風に頭を抱え。
「……折角です。感覚が元に戻るまで、ゆっくりされて行かれたら如何ですか。僕も、鬼ではありませんから。それくらい、目を瞑りますよ」
やれやれ、と神鳳は肩を竦めてみせた。