慈悲ある申し出に乗り、甲太郎に面倒を見て貰いながら、堂々と九龍はソファにて寛ぎ始め。

「処でさ、充は、何でこんな時間に生徒会室に?」

やたらとフレンドリーに、神鳳へと話し掛けた。

「生徒会役員というのも、色々と仕事があるんですよ。貴方達のような人種のお相手だけが、職務ではないので」

「お。それもそうか。大変だなー」

「……何を言っても、堪えない人ですねえ。でもまあ、そういう人だから、皆守君と一緒にいられるのかも知れませんね」

「…………どういう意味だ、神鳳」

茶飲み話でもしている風に会話を続ける九龍に神鳳は呆れ、チロリ、と甲太郎へと視線を流し。

相変わらず、目許を覆われている九龍には見えなかったが、甲太郎は、酷く居心地悪そうに、神鳳を睨み付けた。

「他意はありませんよ。唯、孤独を好む、怠惰で有名な屋上の支配者さんが、誰かとそんな風にしている姿を見る日が来るとは思ってもいませんでしたから。正直な感想を告げただけです」

「あはははは。そう言えば、至人博士も、そんなこと言ってたなー。やっぱり、甲ちゃんは屋上の支配者なんだ」

「笑ってる場合じゃないだろ、九ちゃん」

「えー、笑う処じゃんか。…………おっ。世界の景色が普通になって来た! でも、念の為、目洗ってこよーっと。充ー、顔洗わせてー?」

「どうぞ。給湯室は、その廊下の左の突き当たりです」

ひたすらに鋭く甲太郎に睨まれても、神鳳は薄く笑むだけで、彼の揶揄に九龍は笑い出し、その拍子にずれた甲太郎の手よりするりと抜け出て、もう真っ直ぐ歩けるからと、苦虫を噛み潰した顔をしている恋人を置き去りに、部屋を出て行った。

「………………皆守君。貴方が付いていながら──

──黙れ。言いたいことは判ってる。判ってるんだ、俺だって……」

「判ってはいるが、という奴か? 皆守」

廊下の向こうから、給湯室のドアが開く音がするのを待って、神鳳は甲太郎へと向き直り、眼光の鋭さを増させ。

向き合う彼から視線を逸らした甲太郎が俯いた時、するりと、《生徒会長》が部屋に入って来た。

「……阿門…………」

「皆守。お前──

──言わないでくれ。本当に、判ってる。『休職中』とは言え、俺だって《生徒会》の人間で、《墓守》だ。その時が来たら…………。……ああ。その時が来たら、使命は果たすさ。《墓》を守るのは、《墓守》の本能、だから。従うさ、抗えない本能とやらにな。俺は、この学園の《生徒会》の、《副会長》だ」

音もなく忍び入り、傍らに立った阿門をしっかりと見上げながら、甲太郎は告げ、九龍の後を追い掛けるべく、立ち上がる。

「皆守」

「……何だ?」

「明日、お前達のクラスに、転校生が入る」

「………………それを、俺に伝えてどうする?」

「別に、どうもせん。唯、伝えただけだ」

足早に、生徒会室を突っ切って行く甲太郎の背へそれだけを告げると、阿門は身を返し、窓辺に立った。

「……お前は、本当に…………」

「本当に、何だ? 皆守」

「いや、何でもない。じゃあな」

抑揚のない声で、新たな転校生のことを教えて来た阿門を、一度だけ振り返り、苦く笑うと、甲太郎は今度こそ、部屋を出て行った。

「もう二度と、今夜みたいな真似、するなよ。俺は絶対に、二度と生徒会室には付き合わないからな。あんなのは、もう御免だ」

「うー……。反省してるってば。気を付けるからさー。今度から、ちゃんと後先考えて行動するからさー。そんな、冷たいこと言わないでくれよ、甲ちゃんー……」

「うるさい。お前の反省は、金輪際信じないって言ったろ」

「…………付き合い始めて一週間の、結ばれ立てほやほやな恋人捕まえて言う科白かー……? 泣くぞ?」

「馬鹿ばっかりやらかす自分を棚に上げて、よく言うな? 九ちゃん」

「……………………御免なさい。本当、反省してます……」

給湯室でガシガシ顔を洗っていた九龍を、半ば引っ攫うようにして生徒会室を出て、数歩程進んだ所で、似非パイプの吸い口を噛みながら、ブスっと甲太郎は苦情を捲し立て、次から次へと投げ付けられるそれを、申し訳なさそうに九龍は受け止めていた。

「し・ん・じ・な・い」

「うぇぇぇぇぇ……。甲ちゃんーー……。今夜は、ホントに俺もヤバいと思ったんだよぅ。平気な振りしてたけど、充に見付かった時は、口から心臓飛び出るかと思ったんだよぅ。……もう二度と、あんなヤバい目に遭わせたりしないからさあ、甲ちゃん……」

「俺は、そういうことを言ってるんじゃない。俺のことなんか、どうだっていいんだ。俺は、お前が……」

「甲ちゃん?」

「俺が言いたいのはっ。お前が……っ。…………九龍……っ」

「ちょ……甲ちゃん……?」

──例え、今この時のみで終わってしまう反省だとしても、嘘偽りなく九龍が悔いているのは、甲太郎にも判っていたけれど。

どうしたって、お前の反省なんか信じられない、との振りをし、声を荒げ続けた甲太郎は、やがて、耐え切れなくなったように、九龍の体を引き寄せると、胸に掻き抱いた。

「どったの? …………あの、さ。俺、本当に反省してるからさ。甲ちゃんの言いたいことも、一応は判ってるつもりだからさ。甲ちゃんが、そんな苦しそうな顔することないって言うか……。甲ちゃん、その顔は勘弁して、本気で泣きたくなって来るからさ……」

「泣きたきゃ泣け。……だからって、慰めてなんかやらないからな。お前が悪い。全部、全部、お前が悪い……っ」

痛みさえ伴う抱擁を与えて来る彼に戸惑い、腕を伸ばし、そろっと、くせの強い、焦げ茶色の髪を九龍が撫でれば、抱擁は、益々力を増して。

「……甲ちゃん。甲太郎。大丈夫だよ。大丈夫。だから、そんな顔するの、止めよう。な?」

「九龍…………っ」

強く強く抱き締めたまま、甲太郎は、九龍の唇を求めた。

立った、生徒会室の窓辺から、少しばかり離れた物陰で、抱き合い、接吻くちづけを交わす、甲太郎と九龍の姿が良く見えた。

疾っくの昔に確信はしていたが、彼等は、大分下火になって来た、秘かな噂通りの関係なのだという、動かぬ証拠を見てしまった気分になって、阿門は、カーテンで窓を覆った。

「阿門様? どうかされましたか」

「……いや。──双樹と夷澤はどうした?」

「双樹さんは、直ぐに来られると思いますよ。夷澤は、どうか判りませんが」

「…………そうか」

阿門が、自らカーテンなどを引いたことを、少しばかり神鳳は訝しんだが、彼は無表情でそれを流し、《生徒会長》の席に着いた。

──甲太郎にとって、阿門が、数少ない友であるように、阿門にとっても、甲太郎は、数少ない友で、だから、見てしまった、友の、苦しいのだろう恋路の場面に、彼は。

恋をしている友を、黙って見守ることすら出来ぬのが、己が持って生まれた立場か、と、この世に産まれ落ちる以前より与えられていた自身の運命を、少しばかり情けなく感じた。