十二月六日、月曜。
「皆、静かに。今日は又一人、転校生を紹介します。今日から皆と一緒に勉強することになった、喪部銛矢君です」
三年C組の朝のホームルームで、亜柚子が、微笑みながら、新たなる転校生を生徒達に紹介した。
生徒の入れ替わりが激しいこの学園でも、立て続けに転校生が編入して来ることは珍しく、又、後数ヶ月で卒業を迎えるこの時期に、ということもあり、「初めまして、宜しく」の一言だけの、誠に素っ気なかった喪部の自己紹介が終わるか終わらないかの内から、同級生達は、亜柚子の傍らに立つ彼を見遣って、何やら、ボソボソ小声で話し始めた。
自己紹介の時からテンション高く親愛を振り撒いていた、アイドル系で童顔の、親しみ易かった九龍とは対照的に、冷めたような、何処か他人を見下しているような態度や、整ってはいる、が、冷たい印象だけが際立つ面や、唇に嵌められたピアスを筆頭とした幾つものアクセサリーが目立つ風采も、悪い意味での注目の的で、ホームルームが終わり、一時限目の授業が始まるまでの僅かな休み時間中、彼に話し掛けようとする者は一人もいなかった。
皆、遠巻きに彼を見遣るのみで、だが、彼も彼で、お前達などに話し掛けられたくない、と言わんばかりの雰囲気を醸し出し、与えられた席に、不遜な姿勢で座していた。
「びっくりしたねー。又転校生だって。こんなに立て続けに二人も転校生が、しかも外国から来るなんて初めてだよ。どう? 九チャン。同じ外国暮し同士、仲良くなれそう?」
友達の友達は皆友達、なタイプの明日香も、流石に喪部には近付けなかったようで、小声で、隣の席の九龍に囁き。
「さーーて。そればっかりは、話してみないことにはねえ……。でも……喪部って、何となく話し掛け辛い感じ?」
「そうだねえ……。喪部クンって、一寸難しいタイプかなあ……」
「うん、そうかも。…………あー、それにしても……」
「どうかしたの?」
「一寸、さ。さっきから、何となく気持ち悪くって…………」
喪部の方をチラチラ見ながら、明日香のお喋りに付き合っていた九龍は、何か今、俺、転校生の噂話してる処じゃないかも、と胸許を忙しく摩った。
「え、九チャン、大丈夫っ?」
「大したことないよ。本当に、何となーーーく、だからさ」
「でも……確かに顔色悪いよ? 保健室行く?」
「平気平気。有り難う、明日香ちゃん。念の為、一寸トイレ行って来る」
体調を崩すようなことをした覚えはないのに、と眉間に皺を寄せ始めた彼を、明日香は少々慌てて気遣ったが、九龍はへらりと笑って立ち上がる。
「あ、九チャンっ!」
「だーーいじょぶ。直ぐ戻って来るって。さっき、甲ちゃんのこと強引に叩き起こして、一時限目から出て来いー! って厳命したのに、俺がフケられる訳ないっしょー?」
「そんな冗談言ってる場合じゃないでしょっ! んもうっ!」
そうしている間にも、九龍の調子は下降線を辿っているようで、教室を出て行く彼の足取りは覚束無く、ふざけたことばかりを言う彼を、明日香はハラハラと見送り。
「…………ん? 八千穂。九ちゃん知らないか? 俺のこと叩き起こしやがったくせに、何処行った、あいつ」
そこへ、彼と入れ違う形で、似非パイプを銜えながらの甲太郎が登校して来た。
「あ、皆守クンっ! 九チャン、今おトイレ行ったよ。気持ち悪いって言ってた。大丈夫かな……。顔色も悪かったんだ」
「気持ち悪い? 何か、変なもんでも食ったんじゃないだろうな、あの馬鹿」
「そういう感じでもなかったかなあ……。何で具合悪いのか、九チャンにも判んないみたいだったし。……九チャンは、大丈夫、なんて言ってたけど、やっぱり保健室連れてった方がいいかな?」
「九ちゃんの様子次第だな。……処で……あいつか? 転校生って」
「え? あ、ああ。うん。喪部銛矢クンって言うんだって」
入口から、くるりと教室内を見回し、安眠を破った元凶を探す甲太郎に、明日香は九龍のことを教え、恋人の体調不良を知らされた彼は、九龍が向かったというトイレの方に意識を払いながら、自分と明日香を見詰めて来る同級生の顔触れの中にあった、見知らぬ男子生徒を一瞥した。
「ふん……。何となく、癇に障る奴だな」
「んもー、喪部クンがどんな子なのかも知らない内から、どうしてそういうこと言うの、皆守クンはっ」
「しょうがないだろ、第一印象って奴だ」
九龍を気にしながらも、喪部のこともを気にし、かちり、パイプの吸い口を噛んだ甲太郎を明日香は叱り。
「あ。甲ちゃん」
「おう。…………本当に顔色が悪いな。九ちゃん、大丈夫なのか?」
「まーーかせて! 俺は、至って健康!」
が、甲太郎は、明日香のお説教など綺麗に無視し、戻って来た九龍の顔を覗き込んだ。
「よく言うな。気持ち悪くなって便所行ったくせに。風邪でも引いたか? さもなきゃ、変な物でも食ったか?」
「やーー、それがさあ……。ホームルームの最中から、急に気分悪くなり始めちゃってさ。……何だろ。俺、何か変なことしたっけか?」
「俺が知る限りではないな」
「だよねえ……」
気遣わし気に見詰めて来る甲太郎に、ひたすら笑って、平気だ、とアピールし、夕べ食べた物を思い出そうと、九龍が腕を組んだ時。
「君、葉佩九龍、だろう?」
「……え?」
「わあっ! ああ、喪部クン」
入口を塞ぐように立って話していた三人の許へ、喪部が歩み寄って来た。
「うん。俺に何か…………──。…………あ、御免、喪部。後にしてくれるかな。……駄目だ、やっぱり気持ち悪…………っ」
彼に話し掛けられた途端、九龍はそれまで以上に、すう……っと顔の色を失くし、口許を押さえながら、ぐらりと体を傾がせ、倒れ掛けた彼の体を、甲太郎は無言の内に抱き留めた。
「甲ちゃ……。御免……。どーしよ…………。気持ち悪い……。ふらふらする……っ……」
「喋るな。黙ってろ。──八千穂。後頼む」
雪のように顔色を白くし、青褪めた唇を震わせながら、力無く縋って来る九龍を支え、明日香へ一言だけ言い置くと、甲太郎は、鋭く喪部を瞳で射抜き、保健室へと向かった。
「……八千穂さん。九龍さん、どうしたの……?」
「あ、白岐サン! 九チャン、具合悪いみたいなんだ。顔、真っ青で……。大丈夫かなあ……。何かね、急に気持ち悪くなっちゃったんだって」
不安気に二人を見送っていた明日香の傍らに、今度は幽花がやって来た。
「そう……。心配ね」
「うん……。友達だからね。九チャン、何時も元気一杯で、具合悪くした所なんて見たことなかったし……」
「…………八千穂さん。その、ね……。あの……」
「何? 白岐サン」
「《転校生》には、近付かない方がいいわ。気を付けた方がいい……」
「転校生? 喪部クンのこと……?」
「……ええ」
宙を漂うように、明日香の傍に寄った幽花は、直ぐそこに立つ喪部の存在を気にしながら、小さな声で、そんな忠告をした。