「……おい?」
追い払う風に、明日香を保健室より出した瑞麗や、深刻そうな顔付きになった京一や龍麻の様子に、甲太郎は焦燥した。
期せずして、喪部を垣間見た彼等が、何を感じたのか知りたかった。
「あいつは、異形だ」
「異形? ……鬼だってのか? あいつが?」
「うん。彼の氣は、『鬼』のそれだった。異形に取り憑かれてるのか、元々から異形なのか、そこまでは判らないけどね。でも、これで確定だよ。葉佩君が倒れたのは、あの喪部って彼の所為だ」
「だな。…………厄介だぜ……」
「あんた達が言うんだ、あいつの氣は異形のモノで、正体は鬼なんだろうが……、あいつがそうだってことと、九ちゃんが倒れたことと、何の関係があるんだ?」
「それは…………」
「……知ってるんだな? 京一さん。龍麻さん。あんた達は、それを知ってるんだろう? そうだってなら、教えてくれ。あいつと九ちゃんに、どんな関係があるんだ? どうしたら、もう二度と、九ちゃんがこんな風にならずに済む?」
思いの外あっさり、京一も龍麻も、喪部の正体を教えてはくれたけれども、最も知りたい、肝心の部分──喪部が異形であったことと、九龍の異変の関係を龍麻が言い淀んだので、甲太郎は益々焦れ、青年達に詰め寄った。
「それは、私も知りたいね。喪部が、異形であるのは私にも判るが、それ以上は。……緋勇。蓬莱寺。お前達は何を知ってるんだい?」
瑞麗も、今更隠し事はなしだと、煙管を弄びながら、ちろりと二人を見比べた。
「……ルイちゃん。俺等の話が終わるまで、絶対に九龍が起きないような符、とか、そういう、便利なもん持ってねえ?」
「符はないが、香ならある。少し待っていてくれ」
「京一。でも……」
「ひーちゃん。甲太郎にも、知る権利はある。俺達が調べたことくらいは、話してやった方がいい。甲太郎と九龍は、唯のダチ同士じゃねえんだ。こいつの、九龍のこと守るって覚悟は、本物だと俺は思ってる」
「けどさ……」
「龍麻さん。頼む」
「…………判った。でも、その代わり。絶対に葉佩君には内緒だよ。いい? 何を聞いても、引き下がらないね?」
「そんなこと、言われるまでもない」
甲太郎と瑞麗に見据えられ、青年達は暫し躊躇う素振りを見せたが、やがて意を決したように、京一は瑞麗に『小細工』を頼み、彼女が支度を整えている間に、龍麻は、甲太郎の意思を何度も確かめ直して。
「多分、長い話になると思う。……五年前のことが、関係あるんだ」
「甲太郎。前に教えた、俺達が関わった五年前のことや、ひーちゃんが黄龍の器だったって話。ちゃんと覚えてっか?」
青年達は、口々に語り出した。
「ああ、一通りは」
「じゃあ、柳生って糞っ垂れが、黄龍の力を手に入れる為に、外法で、陰の器を創ったってのも、覚えてるな?」
「大丈夫だ。覚えてる」
「…………柳生はね、陰の器を創る為に、何人もの人を犠牲にした。詳細は、未だに俺達にもよく判らないけど、奴が陰の器を創る舞台に選んだ、今はもう廃校になった天龍院高校からは、何体もの白骨が発見された」
「天龍院? ……ああ、そう言えば、以前そんな高校が西新宿にあったな。──で? それが、九ちゃんと……?」
「十中八九、九龍は、柳生が陰の器を創る為に攫った犠牲者の一人だ。……確証はない。どんなに調べても、確かな証拠は見付からなかったし、どうして、『適当な器』には成り得なかった九龍が今も生きてんのかも、判らねえけど。九龍が、あの当時、行方不明になった高校生の一人だったってことだけは、確かだ」
「九ちゃん……が……?」
「一寸待て、お前達。五年前、行方不明になった高校生の一人だという事実だけで、何故お前達は、葉佩が、陰の器を創る為に使われた犠牲者の一人だと思うんだ?」
極力声を抑え、意識して淡々と話す龍麻と京一の話に、甲太郎は息を飲み、瑞麗は眉を顰めた。
「糞っ垂れや黄龍との戦いを制しても、謎は沢山残ったんだよ。でも、せめて、柳生の外法の所為で陰の器にされちまった奴の素性くらいは調べてやりたいって、あの頃、アン子の奴、出来る限りのことをしたらしくってな。……でねえと、墓石に名前も入れてやれねえ、って」
「その気持ちは判るが。その調査の結果、葉佩が当時の行方不明者の一人と判明したことと、陰の器とが、何処でどう繋がるんだと、私は訊いている」
「……瑞麗女士。葉佩君は、普通の行方不明者じゃないんです。──遠野さんが調べた結果、一九九七年から九八年に掛けて、人知れず姿を消した、存在すら揉み消された男子高校生が、何人もいることが判りました。戸籍や在校先の記録や、人の記憶は消せても、姿を消した生徒達が、高校に入学した時に撮影された写真までは消せなかったらしくて、だから、辛うじて。……遠野さん、東京中の全ての高校の入学写真とか、卒業アルバムとか、片っ端から手に入れて、照らし合わせて、人数が合わないってことに気付いたんだそうです。転校した訳でも、退学した訳でもないのに、忽然と、同級生達の記憶からも消えた男子生徒が、何人もいるって。…………葉佩君は、そんな行方不明者の一人だったんです。遠野さんが作った、その関係の行方不明者リストの中に、葉佩君としか思えない顔写真が、あったんです」
それだけの説明では、九龍と五年前の柳生の企みが、一本の線で繋がるとは思えないと異議を唱える瑞麗に、龍麻は、詳細な事情を語り。
「………………足りないな。未だ、足りない。あんた達、未だ、他にも知ってることがあるんだろう?」
それでも説明不足だと、ベッドで眠る九龍を見遣りながら、甲太郎は言った。
「うん。──カイロの街中を歩いてた時、偶然、葉佩君にぶつかって、彼の落とし物を拾って、追い掛けて、ってした時。彼から、本当に薄らとだけど、『龍脈の残り香』を感じたんだ。どうして、彼からそんな物を感じるのかは判らなかったけど、凄く気になった。どうしても俺は、葉佩君のこと気にするのを止められなかった。だから、彼のこと追い掛けてた連中を締め上げて、彼の正体吐かせて、彼のことを調べてみようと思って日本に帰って来たら、やっぱり偶然、成田空港で彼と再会して、天香学園に転校するって知ったから、俺達はここに潜り込んだんだよ」
「……だからな。五年前、九龍が、あの糞っ垂れの企みに巻き込まれて行方不明になった犠牲者だった、って考えんのが、一番辻褄が合うんだ。行方不明になったってのは事実だし。そう考えれば、初めて会った時、ひーちゃんが龍脈の氣を感じたのも、どうしようもなく九龍のこと気にしたのも説明が付く。九龍の中に、陰の器にされ掛けた時の名残りがあるんなら、龍脈の残り香がするのも、陽の器だった、今も腹ん中に黄龍眠らせてるひーちゃんが気を引かれるのも、道理だからな」
頼むから、洗い浚い……、と目で訴えて来た甲太郎に、龍麻と京一は、代わる代わるに告げた。
「成程、な…………」
「間違いでも、勘違いでもないってのか……? 五年前、九ちゃんがそんな目に遭ったってのは…………。でも、じゃあ何で、九ちゃんはエジプトに住んでたんだ? 何故、今みたいな仕事を…………」
彼等の疑問を埋めるに足りる『駒』を、青年達が打ち明けたら、瑞麗は軽く頷き、甲太郎は、別の疑問を口にした。
「……俺達に教えられるのは、ここまでだ」
でも。
彼の問いを、京一は一言で突っ撥ねた。