「どうして?」
「どうしても、だ。今は、それで納得しろ、甲太郎。……話、戻すぞ。──それにな。九龍が、五年前、陰の器を創る為に掻き集められた連中の一人なら、今日のことも説明が付くんだよ。こいつが、陰の器にされ掛けた経験持ってて、今も、その時の名残りがこいつの中にあるんなら、喪部──異形の持つ、陰の氣の影響、まともに喰らっても不思議じゃない」
食い下がった甲太郎を一睨みし、京一は、話を続けた。
「…………ん? 一寸待ってくれ」
「どうしたよ」
「ってことは…………もしかして、九ちゃんは未だに、不完全な陰の器ってこと……なのか……?」
しかし、甲太郎は何かに気付いた風にそれを遮り。
ぽつりぽつりと、咄嗟にしてしまった想像を語った。
「…………もっと悪い言い方をしちまえば、九龍は、陰の器の出来損ない、ってことだ。……っつーか……こんな言い方は、ホントにしたくねえけど……、『陰の器を創る為の材料』の生き残りっつーか……」
彼の想像を、低い声で、京一は苦く肯定した。
「だけどね、皆守君。だからって、そのことは、それ程心配しなくても大丈夫。有り得ない話だけど、例え、この世に何人もの黄龍の器が存在したとしても、今生の『器』の役目は終わってる。俺が果たしたから。もう、俺の中に黄龍はいるんだから、葉佩君が何かを左右されることはないよ。……こんな例え話すると、京一に引っ叩かれるけど、縦しんば、今ここで、今生の黄龍の器である俺が死んだとしても、黄龍は誰かに宿ったりなんかしない。俺が死ぬだけじゃ、黄龍が器に宿る為の条件は満たされない。黄龍が器に宿る為には、幾つもの条件が必要だからね。……但。葉佩君は、普通の人よりは龍脈の影響を受け易いってことだけは間違いないんだと思う。…………だから。あの、喪部って彼には、極力近付けない方がいいと思うし、気を付けた方がいいとも思う。喪部の氣は、かなり強い氣だったし、葉佩君のこと、知ってる風だったんだろう?」
「ああ。転校初日の、ホームルームが終わった直後だってのに、あいつは、九ちゃんのことを名指しした」
「何処までも、推測でしかないけど。喪部は、何か目的があって、ここに潜り込んだんだと思うんだ。…………だから、さ」
「そうだな……。だが……注意を払うにしても、限界がある。如何せん、あいつも同級生だ。教室で鉢合わせることまでは防げないぞ」
「あ、そうか。んーーーー………………。…………そうだ。いいこと思い付いた」
違っていてくれと願っただろう想像は、無情にも正しかったと知り、顔を歪めた甲太郎を龍麻は宥め、安堵を与えると、徐に、携帯を取り出した。
「ひーちゃん? 何すんだ?」
「ん? ちょーーーっと、おねだりをかましてみようかな、と。──如月? 俺。龍麻。あのさ、頼みがあるんだけど。八尺瓊曲玉、未だ扱ってる? 扱ってるなら、届けて欲しいなー、と。…………代金? は? 七十万と宅急便代? それを、俺に払えって言うんだ? 如月は。つか、値上がりしてない? …………旧校舎潜って稼げば簡単って……、そりゃ、そうかもだけど……。判った。じゃ、貸して。レンタル料は、い・ち・お・う、払うから。……いいじゃん、貸してくれるくらい。あんまりケチ臭いこと言ってると、銭ゲバって言われるよ? ……はいはい。蔵掃除くらいならするからさ。京一と。…………ん、判った。じゃ、宜しくー」
一同が見守る中、ぴぽぱ、とボタンを押し、如月骨董品店へ電話を掛けた彼は、店主である如月を捕まえ、おねだりと言うよりは、脅迫と言った方がいいような感のある交渉をして、八尺瓊曲玉という品を、今直ぐ持って来い、と言い付けると電話を切った。
「お前……。よく、あの守銭奴、それだけで押し切れんな。つーか、何で俺まで、如月んトコの蔵掃除手伝うことになってんだ?」
んーーー、と上々の機嫌で電話を切った龍麻に、京一は苦笑と苦情を送り。
「八尺瓊曲玉?」
「昔、俺達が愛用してた宝具だよ。中々ナイスな宝具で、人に悪影響を与える色んなモノを防いでくれる。お守りみたいな物だけど、レンタル出来たから、それ、葉佩君に持たさせてあげてよ」
一体何を、と首を傾げた甲太郎に、龍麻は、簡単な説明をした。
「それがあれば、違うのか?」
「一応ね。葉佩君達が言う処の、秘宝の類いだし」
そして、そうこうする内に二十分程が過ぎ、猛烈不機嫌そうな忍者が、亀急便、と言いつつ保健室に届けて来た小さな箱の中から、八尺瓊曲玉を取り出した彼は、甲太郎にそれを手渡した。
「随分と、古臭い……。……あ、いや……」
「あは。同感。でも、出来れば、年代物、って言ってあげてよ」
「古臭ぇモンは、どうしたって古臭ぇけどな。──じゃ、そろそろマジで行くか、ひーちゃん。今日は遅出だしよ」
「あ、そうだね。……じゃあ、又ね、皆守君。瑞麗女士も。葉佩君に宜しくね。お大事に、って伝えて」
「何か遭ったら、直ぐに連絡しろよ。まあ、どうせ、部屋の方に押し掛けてくんだろうけど」
龍麻曰くの『お守り』と、未だに眠っている九龍の顔を見比べ、疑わしそうになった甲太郎を、青年達はくすりと笑い、仕事に行くと、侵入して来た窓から帰って行った。
「……上手く逃げたな」
ひらりと、身軽に窓枠を乗り越え消えた青年達を、腕を組んで見送り、瑞麗が、何処となく腹立たしそうに呟いた。
「逃げた……。……そうかも知れない」
「お前も、そう思うか? 皆守」
「ああ。あの二人は、未だ何か隠してる」
「だろうな。…………彼等の言う通り、例え葉佩が、未だに不完全な陰の器だったとしても、陰の器の材料だったとしても、それ自体はもう、葉佩当人にも、世界にも、何の影響も及ぼさない──否、少なくとも、異形と接触してこうなった今朝までは、何の影響もなかった。目を瞑っても、差し支えない事柄だった。なのに何故、彼等はそんなことを詳細に調べたんだ? 五年前の戦いで、彼等が救えなかった人々への贖罪の意味もあったのかも知れないが、それだけでは説明が付かない。……つまり。彼等は今、それを知る必要があったんだ。どうしてなのかは判らないがね」
「同感だな。俺もそう思う」
紫煙を燻らせながら、ブツブツと不機嫌そうな声音で彼女が言うことに、甲太郎は頷いた。
「それに。彼等が白状したことだけでは、一つ、説明の付かないことがある」
「何がだ?」
「何故、葉佩が、異形である喪部の氣の影響を、こんなにも受けたのか、の部分だ。……あの遺跡とて、龍脈と関わりを持っている。葉佩が、普通よりも龍脈の影響を受け易いからこうなると言うなら、疾っくの昔に倒れている。実際、今生の黄龍である緋勇は、黄龍の封印が不安定な所為で、あの遺跡の影響を嫌と言う程受けているのに。……しかし。喪部がこの学園へやって来て初めて、葉佩はこうなった。その矛盾を埋める、パーツが足りない」
「確かにな。その他にも、九ちゃん絡みのことを知っている風だったし……。何で、あいつ等は未だに隠し事をするんだ……。くそっ……」
「その辺りは多分、葉佩の過去に関係があるのだろう。…………まあ、今ここで、我々があの二人だけが握っていることを兎や角言い合っても詮無い。出来ることをするしかない。──皆守。葉佩が起きたら、寮へ連れ帰ってやれ。早退の連絡は、私がしておく。上手く言い聞かせて、せめて今夜くらいは、葉佩を大人しくさせておけ」
「…………判ってる。《生徒会》に《墓》に、喪部、か。頭が痛いぜ……」
未だ未だ握っている幾つかの秘密を、何故か隠し通す青年達に愚痴を吐き、今は、これ以上のことを語り合っても仕方無いと話を打ち切り、瑞麗は仕事に戻り、甲太郎は、再び九龍の手を握って、左手で、幾度も幾度も、愛おしそうに、労るように、彼の黒髪を掻き上げた。