窓辺を離れ、漂うように、少年達に近付いた幽花は。
「どうして? 私など、放っておいても良かった筈でしょう……?」
目線を合わせず、ぽつっと言った。
「何でさ。大事な友達が何処かに消えちゃったら、探すのは当たり前のことっしょ?」
「九龍さん……。有り難う……」
が、「何を言うかな」と言わんばかりに、きょとんとなった九龍の言葉に、はにかみ。
「白岐、怪我はないか?」
「ええ、私は大丈夫」
甲太郎へも微笑みを送った彼女は、ふいっと宙を見上げた。
「それよりも、今は、彼女達の話を聞いて」
「彼女達?」
「え、誰のこと? ……お? 鈴…………?」
何も無い虚空を見詰め、話を、と彼女が言った途端、何処からともなく鈴の音が響き、宙に、双子の少女の姿が浮かび上がった。
「幽霊……?」
「…………あ」
「九ちゃん? お前、幽霊にも知り合いがいるのか?」
「知り合いって訳じゃないけどさ。ファントム同盟騒ぎの時、砲介に撃ちまくられたことあったっしょ? あの日の夜、見た……って言うか、声、聴いたって言うか……。甲ちゃんも一緒だった時だよ。甲ちゃんは、気付かなかったみたいだけど」
透けている、どう見ても幽霊としか思えぬ少女達の登場に、甲太郎は若干驚いた風で、九龍は、話し出した少女達の声に聞き覚えがある、と記憶を辿り寄せた。
『《王》の意識が強まって行く……。私達には、もうこれ以上、どうすることも出来ない……』
自分達の出現に戸惑っているような甲太郎、ふむ……と目を細めた九龍、そんな二人を見比べ、少女達は徐に、声を揃えて告げる。
「何……?」
「彼女達は、誰よりも古くから、この学園の地下に広がる《墓》を見守り続けて来た者。器物百年を経て、化して精霊を得ると言う。太古にこの遺跡に仕えていた巫女の持ち物が、長きを経て人の形を得たもの──それが彼女達よ」
少女達を、どう扱ったらいいのか判らぬ様子の二人に、幽花は正体を教え。
「……おお。九十九神って奴?」
「そうね」
少女達は、再び語り始めた。
「私は小夜子」
「私は真夕子」
「小夜子ちゃんに、真夕子ちゃん。ふんふん」
『遠い昔に、一人の幼子が私達をそう名付けてくれました。正しき姿形を持たぬ私達を……。────葉佩。《王》の意識は既に封印の合間を縫って、地上に忠実なる《従者》を得ています。私達にはもう、それを押し留めることは出来ない。私達の力だけでは……。だから、彼女を隠してと、《墓守》に乞うたのです。《王》とその《従者》達に気取られぬように。《墓守》に、己が役目を果たし、この地上に平穏を齎し続けて欲しかった……。……でも。葉佩。貴方なら…………。貴方は、今までの盗掘者達とは何処か違うから……。《墓》を守る《墓守》達にさえ、真の解放を齎して来た貴方ならば、辿り着くことが出来るかも知れない。この遺跡に眠る秘宝──《九龍の秘宝》に』
「《九龍の秘宝》?」
「何だ、それは……」
少女達の語りは、遺跡に眠るという、《九龍の秘宝》のことへと辿り着き、九龍と甲太郎は、再び驚きを覚えた。
『「九匹の龍の力を得た者は、富と栄光を手にする」。今尚、そう語り継がれる伝説の秘宝……。それはこの遺跡に封印された、古代の叡智です。けれど、私達とは違う、今の世を生きる貴方方に、その力を託すことが本当に正しいことなのか、未だ、判らない…………』
「ということは…………それを手に入れれば、あの遺跡の全てを解放出来る……ってこと…………?」
『…………………………。人の欲望が《王》を目醒めさせる。怒りと憎しみに満ちた《王》を封じる為にこの《墓》があるのです。貴方はここまで、知らずとは言え、その箍を壊して進んで来た……。《墓守》達の《力》と、その魂によって《力》を得た神名を持つ化人達の存在が、この《墓》を今日まで厳重に封じて来ました。ですがその為に、多くの《墓守》達が、人としての幸せな生を犠牲にして来たことも確かです。……葉佩、貴方は、そんな《墓守》達を、その強さと優しさで解放に導いて来た……。それは、貴方であったからこそ叶ったことだと──私達は、そう信じています。葉佩──どうか、彼女を悪しき者の目から隠して下さい。私達は、ここまで辿り着くことの出来た貴方を信じます。今回のことのように、《墓守》達も策を講じてくれています。ですが、その《墓守》達にも《王》の僕の魔の手が迫っているのです。葉佩、どうか……どうか、この地の平穏を守って……────』
だが……小夜子と真夕子は、事実を朧げに知らさせただけで、鈴の音だけを残し、ふっ……と掻き消えてしまった。
「あっ! 一寸待っ──。……もう一寸、詳細なヒントが欲しかったぞ、小夜子ちゃんに真夕子ちゃんっ! くう……」
「消えた…………。白岐……、お前は一体、何者なんだ……?」
鈴の音も消え。
名残り一つ残さず、何処へと消えてしまった少女達に、九龍も甲太郎も、複雑な想いの籠った息を吐き。
「私にも……、よく解ってはいない。私という存在が、この学園に何を齎すのか……。けれど、九龍さんが何を成し遂げるのか、私には見守る義務があるのかも知れない……」
幽花は、己が何者であるのか、己自身にも見定められぬと俯いた。
「そっか……」
「…………九龍さん。お願いがあるの。私も、貴方の力になりたい。貴方が成し遂げることを見守りたい。私も一緒に、あの遺跡に連れて行って。貴方の手伝いをさせて」
「幽花ちゃん……。…………有り難う。これから宜しく!」
「ええ……。あ、そうだわ……」
しかし、彼女は意を決したように、一度は俯かせた面を上げて、生徒手帳を取り出し、九龍にプリクラとメールアドレスを渡して来た。
「あ、幽花ちゃんも持ってたんだ、プリクラ」
「……その…………、八千穂さんがくれたから、お返ししたくて……」
「おおおお! で、明日香ちゃんに渡した?」
「この間…………」
「そっかー! 喜んでたでしょ、明日香ちゃんっ。良かったねーーー」
彼女までが、プリクラを持っていたことを九龍は意外に感じたけれど、理由を知り、顔を綻ばせた。
「ガキみたいに喜んでんなよ。……それはそうと、九ちゃん。どうするんだ? 今夜、行くのか? 多分、双樹があそこでお前を待ち構えてるぞ」
明日香と幽花の友情が深まっていたのを、我がことのように喜ぶ九龍を、甲太郎は軽く蹴っ飛ばして、似非パイプを銜える。
「あ、遺跡? うん、勿論今夜も行くさね。行かずにどうする、甲ちゃん! 咲重ちゃんの期待には応えないと駄目っしょ。……お、そうだ。折角だから、このままマミーズ行って夕飯にして、今夜は三人で潜ろうよ、遺跡」
「このままか? 寮に戻らなくていいのか? その……具合の方は?」
「平気だって。健康状態、精神状態、共に良好! 装備の方は、俺一人でちょちょっと部屋戻って取ってくればOK!」
「……じゃあ、そうするか。お前がそうしたいなら、それでいい」
「応! じゃ、行こう、幽花ちゃんっ。今夜はちゃんと、サラダ以外も食べるんだぞー?」
「………………ええ。判ったわ」
遺跡に行くのか、と問う彼に、九龍は握り拳を拵えつつ答え、行こう、と甲太郎と幽花の背を押した。