マミーズでゆっくり夕飯を摂って、時間を調整し、午後十時近く、九龍達は遺跡に潜った。

今宵開いた八番目の扉の向こうは、恐らく万人が、動力室、と認めるだろう、機械ばかりの場所だった。

「ここは……」

「何か……機械っぽい所だな。俺、苦手なんだ、こういうの」

「幽花ちゃんの驚きは良しとして。これを見て、苦手の一言で済ますか、甲ちゃん? もう一寸、感慨深いこと言えない?」

「…………頑張ってくれ。宜しく」

「そうじゃなくてっ! 証拠だしょ? これはどう見ても、動かぬ証拠っしょ!? ここは、超古代文明の叡智を以て築かれた場所で、単なる遺跡でも《墓》でもないって証拠じゃんか! 甲ちゃんだって文句付けようがない程、完璧な!」

「俺が文句を付けたのは、ここが、超古代文明にまつわる遺跡ってことじゃなくて、お前が唱えた、天香遺跡ラボ説だ」

「あー言えばこー言うなー……。そりゃまあ、事実だけどさ。もう一寸、お義理でも、一緒に興奮してくれたっていいじゃん……。張り合いないなーーっ。せーっかく、ここが単なる遺跡でも《墓》でもないって…………。…………ん? お……?」

「九ちゃん、どうした?」

「あ、何でもない。一寸、気になったことがあっただけ」

細い通路を辿った先にあった、とても広い部屋の、中央に鎮座ます巨大な動力炉と思しき物を見遣り、三人はそれぞれ、らしい反応を見せ、感慨も何も窺わせない甲太郎に、九龍はしきりとぼやいたが、何を思ったのか、難しい顔をした。

「随分、高いわね……。いえ、深い、と言った方が正解かしら?」

だが、脳裏に浮かんだらしいことを、彼は、へらりとした笑顔で今は隠し、幽花は、動力炉を取り囲むようになっている壁沿いの通路から、そろそろと下を覗き込んだ。

彼等がいる場所は、この部屋で言うなら、動力炉の頂点部分付近のようで、部屋の『一階』に当たる場所は、遥か下方だった。

「階段って言うか、梯子って言うかがあるから、一旦下まで下りてみよう」

どうなっているのか、そこからでは窺えない下を九龍も覗き、二人を促した。

機械仕掛けのその区画も何処までも『遺跡』で、語られる神話は、高天原から日本を治める為に天照大神より遣わされた、天孫・瓊々杵命ににぎのみことと、木花咲耶姫このはなさくやひめと岩長姫に関する件だった。

「瓊々杵命が色ボケせずに、両方の女を大人しく娶っときゃ、人間の寿命は長くなった、って話か」

あちらこちらを調べながら、「その辺りの逸話が描かれてる」と言う九龍に、ボソっと甲太郎は呟く。

「うっわーーー。身も蓋もない纏め方。甲ちゃんは、何処までも甲ちゃんだなー……」

「それ以外、どうやって纏めろってんだよ。簡潔なのが一番だ。お前の『日本の歴史の勉強』に付き合って、この辺の話は散々読んだから、俺は辟易してるんだ」

「何だよ、結構真剣に読んでたくせにぃっ。俺だって辟易してらいっ! 調子に乗って、異端な説が載ってる本まで読んじゃったしさー」

「異端?」

「うん。この話ってさ、たった一晩の契りで子供を身籠った木花咲耶姫が、身籠った子供は、国津神との間に出来た子供なんじゃないか、って瓊々杵命に疑われちゃって、潔白を証明する為に、火を放った部屋で子供を産むって続くっしょ?」

「……ああ、そうだな」

「その話の、彼女は部屋に火を放ったって件は、本当は、富士山の噴火口に飛び込んだんじゃないか、って主張する異端書。富士山は不死山って書くのが正しくて、竹取物語の中でも、帝がかぐや姫に貰った不老不死の薬を焼いたから、不死山って呼ばれるようになったって書かれてるくらい、不老不死伝説が絶えないし、秦の始皇帝に、不老不死の薬を探すように命じられた徐福が辿り着いた場所って伝説もあって、身籠った子が誰の子供であろうと、神の子が、『神』たる存在として産まれるにはどうたらこうたら、って説だったかなー」

フォローのしようのない言い種で、一応はこの国の成り立ちの話の一つ、とされている逸話を切って捨てた甲太郎に、ハハ……、と九龍は乾いた笑いを送り、ぺらぺらと喋り出した。

「九ちゃん……。お前、絶対、頭の中で色んな本がごちゃ混ぜになってる。記紀神話と、蓬莱伝説やお伽噺でしかない竹取物語をブレンドするな」

「あれ? ごった煮になってる? もしかして、闇鍋状態?」

「闇鍋より尚悪い。一回、脳味噌を洗え」

「どうやって洗うんだよ……」

「でも……面白いわね。人の寿命に限りが出来たことを語る伝説と、不老不死の伝説を結び付けるなんて」

彼の話に甲太郎は呆れ返り、何処で記憶が混ざってしまったのかと九龍は悩み、幽花は、くすりと笑った。

「生きとし生けるもの全てに寿命があるって摂理に理由を求めたいのも、不老不死に憧れるのも、生き物の業ってことっしょ、多分。良くも悪くも、知恵のある動物の、永遠の命題かもね」

「そう……かも知れないわね」

「不老不死、か……。神の領域だな。人なんかが、手を出していいこととは思えない」

「……甲ちゃんは、神様って信じてる? 幽花ちゃんは?」

「信じてるような、信じてないような。微妙、だな」

「私は……信じたくもあるし、信じたくなくもあるし。……そうね、言葉にするなら、皆守さんと一緒で、微妙、ね」

「そっかあ…………。……でも、俺もそうだな。神様なんか信じてないけど。信じてみたいとも思うよ。ここに転校出来たこととか、皆と巡り逢えたことに関しては、神様に感謝してもいいかなって」

──遺跡の語る神話より。

永遠の命や、神の存在に付いて、語り合ったりして。

探索を続けながら、彼等は奥へと進んだ。

区画の『終点』を目指して進む彼等の前に立ちはだかったのは、化け物と言うよりは、ロボット、と言った方が相応しい『機械』だった。

真実機械なのか、機械のように思える化人なのかの、真相は謎だったが。

「何だ、このポンコツは。ここの番兵ってとこか?」

「ポンコツねえ……。本当に、ポンコツなら有り難かったやねー。ぶん殴るだけで倒れるよーな相手だったら、どれだけ楽か。……あーもーーーーっ! お前達なんか嫌いだーーーっ!!」

遺跡の中枢の一つであるのだろうそこを守る彼等は、想像以上に手強く、アロマを香らせながら、曰く『ポンコツ』をのんびり眺める甲太郎を睨みつつ、九龍はAUGを振り回した。

「……それか? この間買ってたライフル」

「おうよ! ステアーAUG A3! NATO基準の光学システムも搭載出来る優れ物なアサルトライフル! 欲しかったんだー、これ。そこそこ、コストパフォーマンスもいいよ? 何より、軽いから腰に優しい」

「それは重要だ。長時間重たい物担いでると、腰をヤるからな」

「お、実感籠ってるー。甲ちゃんは、しょっちゅう腰が痛いだの何だのって言ってるから、腰痛関係は切実なんだな。……腰、細いもんなーー。魅惑の細腰ぃん」

「…………何処のセクハラオヤジだ、お前は」

──何時も通りの、馬鹿丸出しな発言をしつつ、銃弾をバラ撒き敵を倒して。

「うおおおおお!!!」

「あっ! ……九龍さん、大丈夫…………?」

「九ちゃん! だから、足許をちゃんと見て歩けっつっただろうがっ! 頭とか打ってないだろうなっ!?」

「…………へーいーきー! それよりもさあ、甲ちゃん、滑り下りて来てくれよ。甲ちゃんなら多分大丈夫だと思うし。そしたら、幽花ちゃんも。だいじょぶ、俺と甲ちゃんで受け止めるから! あ、スカートはきっちり押さえるんだぞー?」

──行き止まりだった通路にぽっかり空いていた穴から下へと落ちて、幽花や甲太郎に心配を掛けたりもして。

「さーーーて。行きますか…………」

辿り着いた化人創成の間の扉を、九龍は開いた。