何時見ても、何度見ても悪趣味としか感じられぬ、化人創成の間の扉の向こうで、少女、という呼び方が相応しいとは思えぬ程妖艶に、咲重は立ち尽していた。

「ふふ……。待っていたわ」

「お待たせー、咲重ちゃん」

「ホントよ。このあたしを待たせる男なんて、早々はいないわ。そんなこと、今まで一度だってされたことないのに、『デート』の約束をした相手に、すっぽかされたかと思っちゃったじゃないの」

「俺が、咲重ちゃんとの約束、すっぽかしたりなんかする訳ないじゃん」

「貴方が今夜の約束を守ったのは、あたしの為にじゃなくて、この《墓》の為にでしょ? つれない男ね。貴方のそういう処、嫌いじゃないけど。でも……────葉佩九龍。貴方のしていることは、迷惑なの。諦めて引き返す気にはならないかしら?」

赤くて長い髪を、幾度も幾度も掻き上げて、にっこり、と彼女は笑った。

「御免ねー。遅刻した挙げ句、リクエストにお答え出来なくて申し訳ないんだけど、そーゆー訳にはいかないんだよねー」

何処までも優雅に微笑む彼女に、九龍も、にっこり笑み返す。

「…………何を言っても無駄のようね。そんなことじゃないかと思っていたけれど……いいわ。じゃ、あたし達、ここで『さようなら』ね」

「えー、折角仲良くなれたのにー」

「うふ。あたしも残念よ。……大丈夫、苦しまずに逝かせてあげる。貴方達には、最高の夢を見せてあげるわ────

判ってはいたけれど、何を言ってみた処で九龍は引き下がらないと改めて確かめ、咲重は進み始め。

「ふっふっふー!」

戦いの始まりを告げた彼女よりジリジリと引きながら、九龍は何故か不敵な声を洩らした。

「何を笑ってるんだよ」

勝ち誇ったように笑う九龍を、甲太郎は訝しむ。

「他にも攻撃方法あるんだろうけど、咲重ちゃんの《力》の筆頭は、あの香り系だろうからさー。……見て見て、甲ちゃん! 洗濯バサミ持って来た! 後、粘土も!」

「……………………物凄く簡単に想像は付くが、一応訊いてやる。洗濯バサミと粘土を、何に使うつもりだ?」

「粘土は、鼻に詰める為。洗濯バサミは、鼻摘む為」

「……九ちゃん。お前、本当に、どうしようもなく頭が悪いだろう」

「何で、そういうこと言うんだよ! 俺だって考えたんだぞっ! こちとら命と未来懸かってんだから、何だってやったるわい!」

「俺は、そういうことを言ってるんじゃない。あの、武器屋と言うよりは何でも屋なネットショップから、ガスマスクみたいな物を買って来た方が、手っ取り早く且つ安全性はより高いんじゃないのか? と言いたいだけだ。さもなきゃ、墨木に借りるとか、な」

「………………………………………………おお」

「感心してる場合か。今更どうしようもないんだから、俺や白岐や双樹に、存分に間抜け面晒しながら戦え」

「へーーーい……」

『魔法ポケット』の中から、洗濯バサミと粘土の塊を取り出して、えっへん! と威張った九龍に、甲太郎はわざとらしく額を押さえてみせて、ガスマスクなんて思い付かなかった……、と九龍は、打ち拉がれながら、渋々、誰がどう見ても間抜けな『匂い対策』を取ってから、「口呼吸は喉が渇く」とぼやきつつ、咲重へと挑んだ。

十八とは思えぬ容姿と雰囲気を持つ咲重が、彼女にはそぐわぬ感じの熊の縫いぐるみをしっかりと抱き抱えている姿は、九龍の目には、似合う、と映った。

年相応で、とても可愛らしいと。

──彼女と戦い、彼女より抜け出た《黒い砂》が招いた化人と戦い、九龍が取り戻した、彼女の父親との想い出と、想い出の品の縫いぐるみは、今、正統な持ち主の手に戻って、阿門以外の男に自分の『弱さ』を知られることになった責任を取れと、冗談めかして迫りながら、彼女は、この先、九龍に手を貸す、とも言い出した。

貴方なら、自分でさえ近付くことの出来なかった、阿門の深淵に触れることが出来るかも知れない。

この学園の、『真実』を手に入れられるかも知れない、と。

そんな彼女の想いに応えるべく、九龍は有り難く、咲重よりプリクラを頂き、甲太郎達と共に、意気揚々、地上を目指し歩いていた。

「それにしても、さっきの貴方のあの顔ったら。傑作だったわ」

「…………咲重ちゃん。後生だから、それは言わないでくれる?」

「でも、思い出す度笑えるんですもの」

もう間もなく、大広間の天井に空いた穴の真下に辿り着く、という段になって、咲重が、又、思い出し笑いを始めた。

クスクスと、大広間に響く彼女の笑いに釣られたように、幽花も、堪え切れぬ笑いを洩らして、甲太郎は、深い溜息を吐いた。

「くっ…………。幽花ちゃんにも笑われた……。甲ちゃんには呆れられてるし……」

「……御免なさい、九龍さん。でも…………」

ぷーっと頬を膨らませた九龍に詫びながらも、幽花は、又、クスリと笑って。

「九ちゃん。いい機会だから、自分の馬鹿さ加減を、ここらで一度思い知っとけ」

甲太郎の溜息も深まった。

「ううううううっ……。……ひ、人の噂も七十五日って言うから! 俺は、前向きに生きてやる! ──という訳で、咲重ちゃん。この遺跡に関して、知ってることがあるんだったら、教えて頂けないでしょーか?」

「……それがねえ…………。貴方に協力すると決めたからには、リクエストには応えてあげたいのだけれど……、あたし、本当に何も知らないの。あたしだけじゃないわ。《生徒会役員》全員、何も知らない。貴方の知りたいだろうこと──この《墓》が何なのかとか、誰が埋葬されているのかとか、何故、《生徒会》はここを守るのかとか、それを知っているのは、阿門様お一人だけよ。あたしは唯、あたしを救ってくれた阿門様のお役に立てればそれで良かったから、他のことはどうでも良かったし、全て、阿門様の命令に従っていれば良かったし……。阿門様も、それを誰かに伝えるつもりはないと思うわ。……多分、阿門様以外の者が、それを知る必要などないって思われてるんじゃないかしら」

「成程ね……。そっかー、やっぱり、自力で頑張れってことかー……」

咲重や幽花に忍び笑われ、甲太郎に呆れられても九龍はめげず、恥ずかしい過去は振り切り前進あるのみ! と変えた話題を咲重へと持ち掛けたが、彼女は困ったように眉根を寄せながら、何も知らない、と首を振り、九龍は残念そうに、声のトーンを落とした。

「それが、宝探し屋の仕事だろ?」

「ま、ね。────おっしゃー、未だ未だ頑張るぞーーー!」

けれど、むー、と口を尖らせて、少しばかり項垂れる彼を、甲太郎が励ます風にしたので、彼は直ぐさま、ガッチリ握り拳を固めると、地上へ続く、穴を見上げた。