目的──甲太郎か、『愉快なお兄さん達』を探す、という目的を持って、九龍は学内を彷徨い出した。

……一応は彼にも、風邪は引く程度の馬鹿だ、という自負があり、実際彼は、本当の意味での馬鹿ではないので、喪部が転校して来た日、己が体調を崩したことと、同日の内に甲太郎が『お守り』を渡して来たことと、先程、喪部と対峙していた最中、『お守り』が何らかの『力』を発揮し始めたことの関連性を、疑い始めたが為に。

『お守り』を渡して来たのは甲太郎当人だから、彼は、自分にそんな物を持たせなくてはならない理由を、一端だけだったとしても知っている筈で、でも、『理由』と、その正体は宝探し屋の世界の言葉で言う処の秘宝なのだろう『お守り』を、彼が、喪部が転校して来たその日の内に、誰にも頼らず手に入れられるとは思えない、と九龍は考えた。

甲太郎は《生徒会関係者》で、《墓守》かも知れないけれど──そして恐らく、それは正解なのだろうけれど──、だからと言って、秘宝と言える品までをもあっさりと入手出来るような、謎且つ独自のコネをも持っている、とは九龍には思えない。

だから、甲太郎は、一言で括るなら、超常現象、と言える類いの話に強く、『力』を持つ秘宝めいた品を揃えられるコネを持つ者達に、『理由』を教えられ、『お守り』を貸して貰った、と考えるのが妥当で。

あにさん達が、甲ちゃんに入れ知恵して、『お守り』貸したのかなー……。さもなきゃ、ルイ先生辺りか……。どっちが正解かまでは判んないけど。……んもー、何だよ、皆して俺に隠し事してーー!」

──そういう訳で、『愉快なお兄さん達』と甲太郎を探し始めた九龍は、歩きながら、ブーブーと文句を吐いた。

マミーズで喪部と言い合った時より、彼の機嫌は悪いままで、だと言うのに、恋人やあにさん達の『新たなる隠し事疑惑』が浮上した所為で、自分だけ仲間外れにされたような気分に陥って、彼は、更に機嫌を悪くした。

…………………………なのに。

────ふらふらと彷徨った果て、九龍は先ず、今日は仕事は休みの筈の京一と龍麻が、警備員服を着込んで、学内を歩いているのを見付けた。

何か、調べ物でもしているのだろうかと、物陰からじっと彼等の様子を窺っていたら、二人が、どういう訳か、校務員の境の行動を監視していることに気付けた。

……龍麻や京一が、何かを調べる為に学内を彷徨うろつくのは、別段不思議なことでも何でもないけれど。

彼等が嗅ぎ回っている相手が、セクハラ校務員・境玄道、なのが猛烈に違和感で。

………………何だよ、『そこ』も隠し事かよー! と、下降一直線だった機嫌を九龍は一層悪くし、『愉快なお兄さん達』の手が空くのを待たず、愚痴りながら、プリプリしつつその場を離れ。

更に校内を彷徨ってみれば、生徒会室のある方角から、何故か、咲重と何やら話し込みながら、校舎の方へと歩いて来る甲太郎を見掛け、気配を殺し後を尾けたら、話は終わったのか、彼は彼女と分かれ、保健室へと入って行き。

サボる気なのだろうかと、甲太郎がシケ込んだ保健室を、わざわざ廻った窓辺からこっそり覗き込んだら、今度は、彼と瑞麗が、深刻な様子で話し合う姿がそこにあり。

九龍の機嫌を示すグラフの線は、瞬く間に急角度で底に突き刺さり、刺さっただけでは止まらずに、底を突き抜けた。

……即ち、彼は、最高潮機嫌を悪くして、誰にも手が付けられぬ程、拗ねた。

「………………………………む・か・つ・く。何なんだよ、龍麻さんも京一さんも甲ちゃんもルイ先生も咲重ちゃんもーーーっ! ムカつく、ムカつく、ムカつくーーーーっ!」

──天香学園に編入を果たすまでは皆無だった、欲しいと願っていた友人を得てより、今日までの約三ヶ月。

『皆守甲太郎《生徒会関係者》疑惑』さえ除けば、九龍が築き上げた友人関係や、同級生達との仲は、概ね、順風満帆と言って良かった。

遺跡で一戦やらかした《生徒会》の皆とも仲間同士になれたし、担任や保険医達にも恵まれたし、甲太郎は親友兼恋人になったし、可愛がってくれる『お兄さん』も二人出来た。

皆々、九龍にとっては、大事な、大切な人達になった。

なのに、そんな人達の中で最も近しい甲太郎や、お兄さん達や、保険医に、徹底的に何かを隠されている、と勘付いた彼は、この約三ヶ月間の対人関係が良好過ぎ、且つその手の関係が引き起こす波乱に遭遇した経験が皆無だった所為で、必要以上に、大切な人達が揃って、自分にだけ何かを隠している、ということにショックを受けてしまった。

もしも、彼がこの事実に勘付いたのが、喪部の所為で機嫌の悪かった今日でなく、別の日であったら、少なくとも今の彼よりは冷静に現実を受け止められただろうし、彼等が示し合わせたように何かを隠しているのは、ひょっとしたら自分の為だろうか、と思い至ることも出来たのかも知れないが、生憎、彼が勘付いてしまったのは、昨日でも明日でもなく、今日で。

彼を知る、この学内の誰もが予想しなかった程ショックを受けた九龍は、それより暫くの間、ひたすらブチブチと、八つ当たりめいた独り言を洩らしながら、廃屋街の片隅に、一人身を潜めて落ち込んだ。

億劫だ、と思う本音を何とか押さえ込み、午後の授業に出てみたら、教室に九龍はおらず、昼休み、九龍がそうしたように、屋上その他、彼の行きそうな心当たりを甲太郎は探した。

だが、九龍を見付けること叶わぬまま放課後になってしまったので、もしかして、と彼は、京一と龍麻の部屋を訪れてみた。

残念ながら、そこにも探し歩いた彼の姿はなかったが、たった今帰って来たばかりの感のある、警備員服を着込んだ龍麻と京一には行き会えた。

「よう。邪魔するぞ……って、二人共、今日は休みじゃなかったのか?」

「おう、甲太郎か。ああ、休みだったぜ?」

「あ、いらっしゃい。上がってってよ、お茶でも淹れるからさ」

休みの筈なのに、何故仕事着を、と問う甲太郎と、問われた家主二人は、玄関先からダイニングへと傾れ込み。

「九ちゃん、見掛けなかったか?」

「何だよ、気が合うな。こっちも、九龍は一緒じゃねえのかって、訊こうとしてたのに」

早速、甲太郎が用件を告げれば、同じことを、京一に問われた。

「朝、一緒に登校したっきり、俺も会ってないんだ。午前中は、俺が、その……色々としていて。午後は、九ちゃんがどっか行っちまって」

「ああ、皆守君は皆守君で動いてたんだ? 俺達も、一寸色々としててね。…………葉佩君いないなら、丁度いいか……」

九龍とは朝分かれたきりだ、との彼の説明に、龍麻は、都合がいい、と洩らした。

「……九ちゃんがいない方が、し易い話でもあるのか?」

「うん、一寸ね。いない方がいいっていうか、葉佩君に話していいものかどうか、迷ってるって言う方が正解かな」

「…………どんな?」

「ロゼッタの話」

龍麻が言い出したことは、余り穏やかではなく。

九龍には聞かせられないことかも知れないが、己には聞かせておきたい話、とは何だと、甲太郎が若干身構えたら、龍麻は、さらっと。

ロゼッタ協会のことだ、と言った。