随分と長い間、廃屋街の片隅で九龍はいじけていた。
だが、彼はやはり、何処までも彼で、『どんなことでも情熱を持って、砕け散るまで打ち当たれ』が基本的なモットーであるのに変わりはないので。
機嫌の悪さや、激しい落ち込みから立ち直れないままではあったし、いじけ虫と化したままでもあったけれど、少しでも前向きになろうと心に決め、立ち上がった。
──もしかしたら彼等は、意識的に隠し事をしようとしたのではないかも知れない。
唯単に、自分的に最悪なタイミングで、皆のあんな姿を見てしまったから、隠し事をされている、と勝手に思い込んでいるだけかも知れない。
だったら、彼等一人一人にきちんと問えば、落ち込んだ自分が馬鹿だった、という結果で、今日の出来事は終わるかも知れない。
…………そう思って。
九龍は、警備員達のマンションを目指した。
もう、疾っくに放課後になったこの時間、一番いる確率の高い寮へ戻って、甲太郎を捕まえるのを後回しにしたのは、今日の甲太郎の行動が、『皆守甲太郎《生徒会関係者》疑惑』に絡んでいたらどうしよう、と思ったからで、それ以外の他意はなかった。
彼としては、「今日、何をしていたんですかー?」と問い質すには最も『無難』だろう相手を、一番目の押し掛け先に選んだだけだった。
目指す先に甲太郎がいるなどと、思いもしなかった。
──九龍には聞かせられないかも知れない、ロゼッタ絡みの話、と呆気無く龍麻に言われて。
「ロゼッタ……」
甲太郎は、本腰を入れて話を聞く姿勢を取った。
例え、何時間掛かろうとも構わなかった。
「うん。でも……、さーーて、何処からどう話したらいいやら…………」
彼の瞳が、かなりの真剣味を帯びたのを見て取り、龍麻も椅子に座り直し……、が、彼は、どうしよう? と隣の京一を見上げた。
「俺も、正直迷ってる。何をどう話したらいいのか……。つか……うーーん……」
と、見詰められた京一も又、酷く悩んでいる風に、腕を組んで唸り出し。
「今更、何を聞いても驚かない。何を言われても引き下がらない。だから、その……俺が知っておいた方が、九ちゃんの為になることがあるなら…………」
自分には、偉そうに、多くを求めることは出来ないけれど、と暗に言っているのがありありと判る風情と言い回しで、甲太郎は二人に乞うた。
「お前の気持ちは判るけどよ……。あーーー…………。…………じゃあ、まあ……お前にも話せるっつーか、お前には話しといた方がいいのかも、なことだけ、端折って、な」
「……ああ、それでいい」
「…………だとよ、ひーちゃん」
「うん。了解。──あのね、皆守君。御門とか如月とか、あの辺に調べて貰ったんだけど……、どうもね、ロゼッタは、五年前、葉佩君が行方不明になった事実とか、何で行方不明になったのかとかを、知ってるらしいんだ」
言えることだけでもいいと、珍しく、甲太郎が殊勝な態度を取ったので、仕方無いか、と青年達は事情を語り出す。
「陰の器がどうのこうの、を?」
「そう。東京の龍穴や、この国最大の龍脈を巡る陰陽の戦いのこととか、それに絡む企みの一つに葉佩君が巻き込まれたとかを、ロゼッタは知ってる。……だから、宝探し屋としてデビューしたばかりの彼を、わざわざ選んで、ここに派遣したんだよ」
「……一寸待ってくれ。以前、あんた達は、自分達の『力』絡みの所為で、今でも『人生波乱』だと言っていたから……、ってことは、五年前の出来事や、あんた達のことを、『その筋』の連中は知っててもおかしくないってことで、だから、ロゼッタが、陰陽の戦いのことを知ってた、って部分には素直に納得出来るが、何で九ちゃんのことまで? つい最近まで、あんた達も知らなかったことなんだろう? それに、そのことと、ここの《墓》と、何の関係が?」
「えーーーーー……と。まあ、その。その辺の『途中経過』は、今は忘れて。ちゃんと、話せる時が来るとは思うから。……で。葉佩君とここの遺跡との関係なんだけど。その辺に関しては、簡単に言うなら、『確率の問題』らしいんだよね」
「確率?」
「確率……って言うか、『相性』って言うか。……あの遺跡の正体までは、ロゼッタも知らないらしいけど、あの遺跡の、システム……って言うのかな? そんな部分に、度合いは判らないけど、龍脈が絡んでるってトコは判ってたみたいで、過去、何人かハンター送り込んでみたのに埒が明かなかったから、そのー……『陰の器の材料』だったって経験持ち──要するに、一度、龍脈と深く関わったことのある葉佩君なら、過去のハンター達とは何かが違って来るんじゃないか、と。……まあ、そんな感じ?」
所々が、かなり省略された説明ではあったけれど、龍麻は、友人達が調べてくれたことを、大まかに語って聞かせ。
「確率と相性と可能性の問題、ってことか? だが……九ちゃんはそれを知らないんだろう? 何で、ロゼッタは自分達の組織に所属してるハンターに、それを隠すんだ?」
甲太郎は、眉根を寄せた。
「その辺も、その……何と言うか……」
「まあ、あれだ。そういうことも、追々って奴だ、甲太郎。──兎に角、ロゼッタはそういうことを知ってて、そういう訳で、九龍をここに送り込んでんだ。…………何つったっけかな。……お、そうだ。《九龍の秘宝》とかいうモンが、あそこの遺跡には眠ってて、それは、ロゼッタみたいな組織の連中にしてみれば、かなりの無理をしてでも欲しいブツらしくてな。使えるもんは何でも使え、なノリで、奪取しようとしてるらしくてよ。…………で、だ。ここまでで話が終わってりゃ、色々、上手いこと誤摩化して、九龍の奴にも伝えたいトコなんだが……」
「……未だ、何かあるのか?」
「………………どうも、よ。今回の、探索ってのか? それでの、ロゼッタの中での九龍の扱いは、捨て駒みたいなんだよ」
「……何で、そんなことに…………?」
「《九龍の秘宝》ってのを、どうにしかして手に入れたいと思って、九龍を送り込んだはいいが、どうしたって、あいつは未だ未だ駆け出しの新人だろ? 可能性や確率や相性に賭けてはみたが、それだけで、過去に送り込んだベテランハンター達が達成出来なかったことを、新人の九龍に出来ると思い込む程、ロゼッタは楽天的な団体じゃない。どうにかこうにかでも奥に進めたら儲け物、秘宝に辿り着けなかったとしても、目的のブツに辿り着く道が或る程度でも開けちまえば、って腹積もりみてぇで。あいつに内緒で、もう一人、てめぇんトコのハンター送り込んでる」
「要するに……秘宝を得る為の地均しが出来れば、後は九ちゃんがどうなろうと、ロゼッタは構わない、ってこと、か…………」
「……まあ……そういうことになるな…………」
「あいつのこと、馬鹿にするのもいい加減にしやがれ……」
段々、酷く言葉を濁すようになって来た龍麻の後を引き継いで、京一が語った『続き』に、甲太郎ははっきりと、本気の憤りを滲ませた。
「…………兎に角、そういう訳でな。何処から何処までを、あいつに話せばいいやら、ってな」
「確かに……」
「葉佩君だって、馬鹿じゃないからね。適当に誤摩化しただけじゃ、彼は知らない方がいいんじゃないかな、ってことにまで、気付いちゃうかも知れないし……。でも、皆守君は、或る程度はこういうことも知っておいた方がいいかな、って思ったんだ。ロゼッタが、本当に、地均しさえしてくれれば後はどうでも、って彼のことを扱ってるんなら、遺跡の中の、閉ざされてる扉が数少なくなって来た今、彼に何が起こっても、協会員なら差し伸べられて然るべき手さえ、期待出来ないかも知れない。葉佩君、或る程度は、成果の方報告してるんだろう?」
「ああ」
「だったら、遺跡の各区画の中で《生徒会関係者》を倒して、出現する化人も倒せば、閉ざされてる扉は開かれてくって、ロゼッタも承知してるだろうからさ。後は葉佩君じゃなくても……って考えても不思議じゃないから、万が一の時、そういう事情も踏まえてる誰かがいないと、ね……」
甲太郎の目許に浮かぶ怒りを眺めながら、「本当に嫌な話だ……」と溜息を付きつつ、龍麻は、ぽつり、言って。
………………その時。その部屋のインターフォンが、少しばかり間の抜けた拍子で鳴った。