「こんばんはーーー!」
ぴんぽーーーーん、と。
軽い感じでインターフォンが鳴り響いた途端、ぎくりと一同は動きを止め、続き、玄関扉の向こう側から、九龍の声が聞こえて直ぐさま、顔を見合わせた。
「葉佩君……。うわ、どうしよう、京一っ」
「どうしようったって……誤摩化すっきゃねえだろ?」
「そ、そうだよね。……その辺は、京一と皆守君に任せたから!」
別に、悪いことをしている訳ではないのだが、タイミングがタイミングだったので、龍麻はかなり動揺し、あたふたしながら玄関に向かって。
「……何とかなる、だろ?」
「多分な」
上手くは凌げるだろうと、京一と甲太郎は頷き合ったが。
「いらっしゃい、葉佩君」
「お邪魔します。………………あの。甲ちゃん、来てるんですか……?」
「あ、うん。来てるよ。……って、えっ? 葉佩君っ?」
玄関先から、龍麻と九龍の話す声が聞こえる、と二人が思った途端、ダッと廊下を駆ける騒々しい足音が響いて、バン! と九龍がダイニングに飛び込んで来て。
「何で甲ちゃんがここにいるんだよーーーーーーっ!!」
いきなり彼は、泣いているような、怒っているような、複雑怪奇な声で怒鳴り始めた。
「何で……って。九ちゃんが何処にもいなかったから、探しに来たんだ。ここにならいるんじゃないかと思っ──」
「──何言ってるんだよ、最初にどっか消えちゃったのは甲ちゃんの方じゃんか! 甲ちゃんがトンズラなんかしたから、俺は一人でマミーズに昼飯行って、鎌治と飯一緒してたら喪部の奴に喧嘩売られてあんなことになって、なのに甲ちゃんは、咲重ちゃんやルイ先生と何だかこそこそ話し込んで! 兄さん達は兄さん達で、どーゆー訳か、セクハラ校務員のこと嗅ぎ回ってる風だったしーーーっ! きっと、皆して俺に何か隠し事してるんだーーーっ! 何なんだよ、皆してこそこそーーーーっ!! 甲ちゃんの馬鹿! 京一さんと龍麻さんの馬鹿ーーーーっ!! うわーーーーんっっ!!!」
「九ちゃん、少し落ち着け」
「落ち着けるか、馬鹿ーーーーーーっ!!」
怒鳴るだけでは飽き足らず、甲太郎の傍らに立ったまま、ダイニングテーブルの上に突っ伏すようにしながら、ぎゃあぎゃあと泣き喚き出した九龍の様に、何事、と、三人が三人共思いはしたが。
京一と龍麻は、昼間の自分達を見られていたか、と。
甲太郎も、双樹やカウンセラーと会っていたのを知られた、と。
それぞれ、それぞれの理由で気拙さを覚えてしまい、強くは彼を嗜められず、又、咄嗟の上手い宥めの言葉も探し倦ねた。
「何で隠し事なんかするんだよっ! 何で? どうしてっ!? 絶対に、俺が絡んでることなのに、何で、その俺に隠すんだよっ。何隠してるんだよっっ。俺はこんなのは嫌なんだよ、免疫ないんだからっっ! 隠し事されんのなんかヤなんだーーーーっ!! そりゃ、俺だって隠し事してるけどっっ! 甲ちゃんに言えてないことあるけどっ! だからってーーーーーーーっっ。……あ、でもでもでも、俺も悪い? やっぱり、自分が隠し事してるのに、隠し事すんなって言うのはフェアじゃない? あーもー、だけどぉぉっ!」
そうして、三人が、今の九龍に掛けるに相応しい、『適当な言い訳』の部分もクリアした科白を模索している間に、彼は一層、錯乱を深めてしまい。
「甲ちゃぁぁぁぁぁぁぁんっっっっ!」
がばっ! と起き上がった彼は、ベソベソした顔で、甲太郎に迫った。
「……兎に角、落ち着け」
「だってぇぇぇぇっ! 俺、どうしたらいいのか判んなくてーーーっ!」
「…………判った。判ったから。何がどうしてどうなって、お前が何で泣きながら怒ってるのか、誰が何をどうお前に隠してると思ったのか、きちんともう一度話せ」
「うん…………」
いきなりドアップになった九龍のくしゃくしゃの顔を眺め、やれやれ……と溜息を零しながら、甲太郎は頭を撫でてやり、彼の促しに従って、こっくり、と頷いてから、九龍はポツポツ、昼食時の出来事から話し出した。
喪部とのことも、『お守り』のことも、それ等から思い立ったことも、京一や龍麻や甲太郎を見掛け、そこから嵌まってしまったドツボのことも、洗い浚
…………それを聞き終え、又、京一と龍麻と甲太郎は、一瞬顔を見合わせ。
「……九龍。そんな風に思い詰めちまったってんなら、話してやる」
京一は、龍麻と甲太郎に素早く目配せすると、何気無い声で話し出した。
「うう……。はい……、聞かせて下さい……」
「先ず、手っ取り早く片付く奴からな。俺とひーちゃんが、昼間、校務員のじいさんのこと嗅ぎ回ってたのは、純粋に『仕事』だ。あのじいさんが、夜な夜な女子寮の風呂を覗いてるらしいとか、セクハラしまくるだとか、そんな苦情が警備員室の方に届いててな。先輩警備員に、暇がある時にでも、ちょいと様子を見てみてくれって、頼まれて。それで、だ」
グスン、と鼻を啜り、椅子に座って自分へと向き直った九龍に、いけしゃあしゃあと、京一は大嘘を語り聞かせ。
「……ホントに?」
「あのじいさんが、セクハラ校務員って噂に高いのは、お前だって知ってんだろ?」
「…………確かに……。そっか…………」
コロっと、九龍は、京一の大ボラに騙された。
「ま、そういう訳だ。……んで。お前が思った通り、『お守り』のことや、それをお前に持たせた方がいいって、甲太郎に入れ知恵したのは俺達だ。──今更隠しても仕方ねえから、はっきり言うが。喪部って奴は、人間じゃない。あいつは、異形だ。異形に取り憑かれてるのか、元々から異形なのか、それは判らねえが、間違いなく、異形の氣を持ってる。だから、甲太郎に言って、お前に『お守り』を持たせたんだ。お前が倒れた日は、あいつが転校して来た日で、しかもルイちゃんが、お前が陰の氣にヤラれて倒れたって、俺達に連絡寄越したからさ。お前が倒れたのは、あいつの所為かもって話になって。又、お前が倒れるようなことがあっちゃいけねえって、ひーちゃんが、骨董屋……あー、JADEっつった方がお前にゃ通りがいいか。兎に角、あいつに『お守り』貸してくれって、交渉してよ」
「異形……ですか……。あいつが……?」
「そうだ。あいつは、『鬼』だ」
そして再び、京一は、全てが嘘ではないが、全てが本当でもない、微妙なホラを九龍に教え。
「『鬼』……。何で『鬼』が、ここに……? あいつは、何しに…………」
ひたすら騙され続けた九龍は、唸りながら深く考え込んだ。
「それは、俺達の方でも調べてる。──お前が倒れた日の朝のことを誰に訊いても、どうにも、喪部はお前に意図的に近付いたとしか思えなかったからよ。暫く、このことお前には隠しとこうってことになったんだ。何がどう転ぶか判らなかったし、お前に、変に気を張らせるのも、と思ってよ。……悪かったな、黙ってて」
「そうだったんですか…………。じゃあ、京一さんと龍麻さんの誤解は解けたとして……」
「……今度は、俺か?」
難しい顔になった九龍の視線が、京一から己へと注がれたのに気付き、甲太郎は苦笑する。
「うん。甲ちゃんの番」
「………………俺は、京一さんと龍麻さんから、喪部が異形だってことを知らされて、お前に、異形の氣の影響を防いでくれる『お守り』を持たせるように言われたから、どうしても、あいつのことが気になってな。だから、双樹に探りを入れたんだ。お前に協力するって言い出したあいつなら、何か、喪部に関わることを知ってれば、喋るだろうと思って。あいつと俺は、一年の時同じクラスだったから、多少はよしみもあるしな。カウンセラーの所に行ったのも、同じような理由だ。カウンセラーも、喪部が異形だって、気付いた一人だし」
九龍の眼差しを浴びながら、事情を語り出した甲太郎も、又。
京一のように、嘘ではないが本当でもない話、を彼へと告げた。